第八章 王とは 2話目
「――頂点からでしか見られぬ眺めがある。そしてそれは例え何であろうと当てはまる。……初代刀王の貴様なら、この意味が分かるな?」
当該ホテルにおける最上階スイートルームにて。下の階の部屋が十部屋並んだとしてもなおこちらの方が広いと思わせるほどに広々とした空間に、壁の一面がガラス張りとなったリビングにて、王の問答は始まろうとしていた。
「さて、どうだろうかな……」
かたやナックベアの頂点に立つ王。かたや王位を譲ったとはいえ、既に伝説と化した初代刀王の肩書を持つ男。一触即発とはなっていないにしても、いつ戦いが始まってもおかしくはなかった。
(ここまで来て唯の話で終わる訳がない……一体何を考えてやがる)
それまで外の世界を眺めていた拳王が、何かを見透かしているかのようにニヤケ顔を浮かべて刀王の方を振り向く。
「とぼける必要は無い。貴様からすれば、見世物の王など偽物に過ぎないことくらいとっくに分かっている筈だ。それこそ奴に始末されたとはいえ、蹴王の方がまだ本物に近いと言えるくらいだ」
ルームサービスとして置かれているワイン瓶のコルクを素手で開け、豪快にグラスに注いで一気に飲み干す。自らを酒豪と知らしめるには十分なパフォーマンスを見せつけるが、ジョージは眉一つ動かさない。
そしてそんなことよりも気になることがひとつ。
(蹴王がやられた……? あいつはそこまでして勝利を手にしたかったのか……)
ここで初めて耳にする情報。しかしジョージはフードの奥に隠されていてもなお、表情を変えることはなかった。
「“無冠の王”と呼ばれる勇者を相手に、最後まで自身の実力に従って戦う男と、土壇場になれば味方を殺してでも醜く生き延びようとする男。俺は前者が王に相応しいと思っている」
「そうか……俺はどんな手を使ってでも勝利をする姿勢を持っている方が強いと思っている。だが――」
「王の器ではない」
「……そういうことになるな」
事実として、ジョージ達三人で立ち上げた“無礼奴”はどんな手を使ってでも勝つことを目的とした無法集団だったが、そこに多くの人望は集まることはなかった。
結局極少数の賛同者と他のギルドからの引き抜きでできあがったのが“殲滅し引き裂く剱”という後継組織だが、その時には既に相当やり口が丸くなったといった方が正しいのかもしれない。
闇討ちや不意打ち、裏切りやなりすまし――そうした負の戦術が次第になりを潜めていく。代わりに戦果が真っ当に評価されたことによって名誉が舞い込んできた。そうした結果の一つとしてもたらされたのが、ジョージに与えられた“刀王”という位だった。
「……貴様はどうやら、両方の面を知っていると見える」
「知っているというより、そうして上まであがってきたことがあるとだけ」
「なるほどな……だからこそのあの戦い方か。嫌いじゃないが好きでもない」
「誰かに好かれるような戦いなんて意識したことはないからな。この戦争が繰り返される世界で生き延びることだけを考えてきた……それだけだ」
「……なるほど。ますます貴様に興味が湧いた」
そこで拳王はようやく腰を落ち着けるように、大きなソファにドカッと座ってジョージに手を差し伸べる。
「――ナックベアに来い。初代刀王」
「……なんだと?」
その誘いは拳王にとっては、強者を囲いたいという単純な言い分だった。しかし刀王以前に、“無礼奴”の切り込み隊長として身を尽くしてきたジョージにとって、それは今までの全てを否定するような一言だった。
「話はあの勇者から聞いている。最悪の場合、ベヨシュタット本国と一戦交える覚悟があることも含めてな」
「……それとこれとで、何の関係がある」
「それこそ、お前の流儀に則った話だ。ベヨシュタット本国が本格的に敵に回れば、王であるお前の喉元にまで刃が届きかねない。初代刀王がまともな戦いもできないままに消えていく……それは本当に勿体ない話だ」
「だから俺だけが前線から逃げ出して後ろに退け、と?」
――部屋の温度が、僅かながらに下がっていく。それはジョージが腰に挿げていた刀の鍔を、親指でわずかに押し上げているからであろうか。
「どんな手を使ってでも生き延びる……だったら今までの仲間すら裏切ることもできるはずだ」
「……そこまで堕ちる程、俺は剣士としてのプライドを捨てたつもりはない」
「そうか……それは残念だ」
てっきりこのまま座して会話をするつもりだったのだろう、拳王は重い腰をあげるかのごとく、ゆっくりと立ち上がる。
「では戦いの歴史に無意味に消される前に、少しだけその実力を味わわせて貰うとするか……」
「ハッ、結局こうなることは予想できていたさ……!」
今ここにコロシアムのようなセーフティのかかったお遊びとは違う、本物の王同士の戦いが始まろうとしていた――




