第七章 闘王対刀王 2話目
「ラウンドツゥーッ!!」
「やっちまえぇー! そんなひょろっちい奴なんざ、お前なら何度も潰してきたはずだぁー!!」
観客の一人――ゲーヴァルトが新人としてこのコロシアムに足を踏み入れた頃から知っているファンの男が、精いっぱいの野次と応援を飛ばす。
「ファイッッッ!!」
「やれっ!! いけぇー!! ……あれ?」
試合開始の声とともに歓声が沸き、それとともに二人はてっきりぶつかり合うかのように思われた。
しかし意外にも両者とも互いに一歩も動かぬまま、相手の出方を伺っている様子を続けている。
「……何やってんだ!? そんな奴相手に、様子見なんて――あれ?」
男は更に気がついた。二人だけでなく、それまでゲーヴァルトが戦っていた魔物ですら、そして観客、MCすらも凍ったかのように、歓声をあげることなく息をのむように二人の様子をじっと見続けていることに。
そしてようやく、男は理解した。
――自分までもが、凍り付いたように動けなくなっていることに。
(なっ!? どういう――)
それまで発していた気がしていた言葉も、頭の中に響かせていただけで、一言も口から出ていっていない。
そうして事態の異常性を認知したところで、男の視界にヒビが入る。
「っ!?」
ヒビは視界全体に広がっていく。まるで氷が瓦解していくかのように。そして音を立てて割れ、砕け落ちたその先には――
「――なっ、何が起こったぁあああああっ!?」
「まずはひとつ、俺がこのラウンドを貰った」
視界新たに見えたものは、地に伏せ倒れるチャンピオンの姿に対して、いまだ健在の挑戦者との対照的な光景だった。
◆ ◆ ◆
「――えぇっ!? なっ、何なの今の!? 視界が凍った!?」
混乱は相手側の控室でも起きていた。そしてもちろん、味方側でも。
事態が呑み込めないことをそのまま叫ぶシャルトリューをよそに、キリエは自分の目でも捉えることが出来なかった一瞬の原因に考えを巡らせる。
「……神滅式じゃない。別の何かだわ」
考えられるのは、範囲内の発動者以外の全てに時間停止状態のデバフを付与する何かが起こったこと。抜刀法・神滅式の場合、自身にゼロ秒抜刀のバフが付くことで実質的な時間停止による攻撃を確定させていた。
しかしゲーヴァルトの様子を見る限りでは、一太刀で済まされたとは考えづらい。
「何度も斬りつけられ、ねじ伏せられていた。恐らくあの男だけは、デバフ回避の装備を身に着けていたから行動ができた。しかしそこから先もまた、実力差で負けた」
直接の敗因を知ろうというのであれば、ゲーヴァルトから話を聞けば答えは簡単に出てくる。しかしキリエという人物にとって、そんな簡単な選択肢を取るなど、プライドが許さない。
「侍のスキルの到達点による時間停止は、神滅式のみと考えていいはず……だとすれば――」
――そうしてキリエが注目していたのは、モニターに遠目に映し出されたジョージの刀だった。
◆ ◆ ◆
(バッ……馬鹿な……っ!? 何が起きた!?)
負けた原因はゲーヴァルトなら理解ができる――それはあくまで実力の差が大きく開いていない場合の話である。
(一瞬だった……! 一瞬で俺は、六回も斬撃を――)
「斬撃の正確な回数は八回だ。途中までは目で追えていたみたいだが、途中の切り上げと最後の袈裟斬りは完全に見失っていたようだな」
回復を待っている間、退屈そうな目で見下してくるジョージを前に、ゲーヴァルトはまだ完全な回復に至っていない状態でありながらも片膝を立てて、立ち上がる。
「ふっ……ふざけやがって……!」
(最初の時間停止デバフはベルトが防いでくれた……だがその後のあの連撃スピードは何だ……!?)
試合開始時、ゲーヴァルトは前のラウンドからの引継ぎでTPが溜まっていた。対するジョージは試合開始状態の例にもれず、ゼロのまま。しかし試合開始の合図とともにTPが何故か自動回復を始めていた。
(どう考えてもTPを消費した何らかのスキル……でもあの速さはあり得ねぇ!)
改めてこのラウンドを振り返るが、ゲーヴァルトにとっては過剰なまでの情報量がこの戦いに詰められていた。
まずジョージ側は開始と同時にほぼゼロ秒の抜刀。そうして姿を見せた薄氷の刀身を地面に突き刺した途端に、まずは空間丸ごと凍結したかのようなエフェクト共に時間停止デバフエリアが発生、コロシアムを包み込んだ。
この時点で何が起こったのか、驚くあまりゲーヴァルトは反射的に体をびくつかせる。それを見たジョージはゲーヴァルトに時間停止デバフが効いていないことを即座に理解、元々の剣術できりふせるべく縮地によって一気に距離を詰めに入った。
「抜刀法・参式――霧捌!!」
そこからは時間停止が無効化されたゲーヴァルトですら理解が追い付かないスピードによる連続斬りが襲い掛かり、そして時間停止が解除されてようやく皆が勝敗を目にするという流れになっている。
「クソッ、あんなのチートだろ……!」
「悪いがこのゲームでチートを行ったプレイヤーの末路ならこの目で見ているからな、俺のは正真正銘の実力だと言わせてもらおう」
そうしてジョージは次のラウンドに備えて距離を取り、開始の位置につく。そしてステータスボードを開くと氷の刀を装備から外し、別の刀を腰に挿げる。
「っ!? 装備を変えるのか!?」
「安心しろ。強化じゃない。むしろもう少し遊びを加えてやった方が観客も見ごたえがあるかと思ってな」
今度はごく普通の特殊能力もない刀を腰に挿げ、そして追加で柄に装飾がなされたブロードソードを真っ白な鞘に納めた状態で背負い始める。
「――さて、変則二刀流の相手をしてもらおうか」




