第六章 追い詰められた者 6話目
「――ショーはここまでだ! 俺のファンを傷つけた罪、その身で償うがいい!!」
義憤に満ちたその表情。残された観衆はそのほとんどがゲーヴァルトを応援し、ラストが倒されることを望んでいる。
取っ組み合い上等と言わんばかりに両腕を大きく広げて大股で構える姿は、元から大柄な方だった体格を更に大きく見せている。
そして自分にとっての切り札を破られたラストからすれば、更にその姿は大きく見えたことに違いない。
「やっちまえゲーヴァルト! 拳王様のお膝元で暴れたことを後悔させてやれー!!」
「闘王はあんた一人だ!! 皆の為に怪物をやっつけろ!!」
「っ……それでも、勝たないと……!」
(勝って証明しなければならない。主様ではなく、私自身の証明でもって……!)
それまで表情に出さなかった焦りというものが、一筋の冷や汗となってラストの表面を伝っていく。
「……直接攻撃は効いていた、ならば――」
「遅えッ!!」
宙に浮いていたことで攻撃は来ないと思っていたラストにとって、次の瞬間に眼前に迫るゲーヴァルトの姿というのは驚異以外の何者でもなかった。
「なっ!?」
「ブラスクグラップル!!」
「くっ、無駄だ! 【空間歪曲】で全ての攻撃は捻じ曲げられる――」
「攻撃じゃねえ。これはただの掴み技だ」
バリアを通過しようとする攻撃ならば、捻じ曲げられた空間内であらぬ方向に逸らすことができる。しかしそのバリア自体の表面を掴むことが目的となれば――
「ビートダウン・スマッシュ!!」
ゲーヴァルトはバスケットボールでダンクシュートを決めるかのように、バリアごとラストを地面に叩きつける。
「ぐはぁっ!?」
「……彼女が投げ飛ばされ、叩きつけられる姿なんて初めて見ましたよ」
モニター越しに見えた信じられない光景を前にして、シロは思わずつぶやく。
「確かに説明通りであれば、表面まではただのバリア。しかしそれを掴み、あまつさえ投げ飛ばし、フィールドに叩き付けるという攻略法は考えもつきませんでした」
「たっ、確か今ラストという方が張られているバリアって、全ての攻撃を逸らすことができるバリアの筈では――」
「飛び道具であれば、まず彼女本体に当てることなどできません。しかし、あのような攻略法があったとは……」
(どうやら、プランBの決行が必要なようですよ――)
――ジョージさん……!
◆ ◆ ◆
「ごほっ! ぐっ……まさか……っ、こんな……!」
久しく見ることが無かった、自分自身が流す血。主に全てを捧げているからこそ、その身体に傷をつけること自体が主に対する背信行為。ラストの内に渦巻いているのは、絶対防御をまさかの手段で破られたというショックと、その身に土をつけられたことによる激しい怒りだった。
「確かにその異次元空間に手を突っ込むことは自殺行為に等しい。だが、そのバリアごとシェイクして叩きつけた威力までも逸らすことはできないだろ!?」
ラストにとっては絶対防護のバリア。しかしゲーヴァルトにとってはただの人間大の大きさをしたボールに過ぎない。そうした認識の違いが、このような結果を生んでいる。
「このクレンチグローブは何でも掴む。マグマも、空気も、そしてこんな防御膜ですらなぁッ!!」
弾丸のような飛び道具ならば、その物体を逸らすことができる。しかし迫りくるのが地面、あるいは壁だったならば――
「ブラスクグラップル! ウォールブレイク・スラム!!」
地面に続いて、今度は壁。しかしそのようなフィールドを捻じ曲げるまでの魔力は【空間歪曲】に備わっていない。
先程の攻撃で攻略に確信を持ったゲーヴァルトは、攻勢の勢いをそのままにバリアを掴んでコロシアムの壁に投げ飛ばす。
「っ、かはっ……」
「ジョージ様!!」
「仕方ない……」
入り口近くの壁に叩きつけられ、そのままずるずると壁に寄りかかるようにしてラストが倒れるのを感じ取ったジョージは、遂に“乱入”を決意する。
「うっ……負けたく、ないのに……!」
通算二度目の敗北。それもこのような、対策を立てられなかった故のあっけない結末。そうしてラストの瞳から、一筋の涙が零れ落ちる。
「これで終わりだ!! ブラスクグラップル!!」
そうしてトドメとばかりにゲーヴァルトが最後に掴んだのが――
「――おいおい。この戦い、乱入はご法度じゃなかったか?」
「“無礼奴”は卑怯上等なのでな」
ゲーヴァルトが掴んでいるのは、刀の鞘。そしてそれの持ち主は――
「おおーっとぉ!? これは一体どういうことだァッ!?」
――刀王が、闘王と相対しているぞぉおおおおッ!?




