第六章 追い詰められた者 5話目
「――ななな、何ということだぁーっ!? こっ、これはっ、前代未聞……!?」
「はぁっ、はぁっ……!」
この時のラストが勝利のあてにしていたのは、【絶対的死滅】がもつ“即死”という確定的な結末だった。その結果としてこの場にもたらされたのは、副次的な効果である破壊力によって防護膜が一瞬消えたことによる最前列の観客らの大量死だった。
「――ラストの使う【絶対的死滅】の即死効果は、はっきり言って過去作において確定レベルのものだった」
爆風はコロシアムの入退場口から内部通路へと侵入し、気絶していた者にも死という結果を上書きする。そんな中でジョージは平気だといった様子で、先ほどと変わらぬ姿勢でラストが放った一撃による土煙が晴れていく様子をじっと見ていた。
「……だが奴の持つチャンピオンベルトというのは、それすらも通常のデバフ処理のように防ぐ代物らしい」
「こっ、怖かったぁー……全くもう! ジョージ様もいらっしゃるというのに、あの方は何を考えているのでしょう!」
「俺がここにいることなんてラストが知っている訳ないだろう。それに即死魔法を放ったとはいえ、その規模は最小限に抑えてあるつもりだ」
本来のパワーで放つ【絶対的死滅】の場合、まずコロシアム全体が即死圏内だったことは間違いないであろう。そして更にフルパワーともなれば、この娯楽都市が半壊しても何らおかしくはない。
魅了魔法で敵同士を同士討ちさせ、いざとなればマップ兵器級の範囲でもって死をばら撒くことも容易く可能にする。それが七つの大罪の魔物としての格であり、ラストが最強格と言われる所以でもあった。
しかし今回ばかりは、あまりにも相性が悪いと言わざるを得なかった。
「――そしてラストよ、どうやらお前の目論見は外れたみたいだ」
土煙が晴れるよりも早く、阿頼耶識はその姿を捉える。
「――あんた、いい加減俺をキレさせちまったみたいだな」
さっきとは違う、大きなダメージを負った姿。口の端から流れる血を腕で拭いながら、ボロボロになった服装のまま立つ男が一人。
「なっ!? 何故死なない!?」
「へっ、チャンピオンを舐めんなよ。それと、俺は女を殴らない主義だったが……こんだけの人間を殺されてるんだ、もうあんたを化け物として処理させてもらうぜ」
演技ではない本物の怒りを露わにするチャンピオンの姿が、そこにはあった――
◆ ◆ ◆
即死というデバフを抜きにしても、【絶対的死滅】自体が持つ破壊力は絶大そのもの。防護膜に阻まれたことによって観客らの死体は残っているものの、本来であれば死体すら残さず消し去るという、文字通り消滅という結果でもって即死が与えられるのがこの魔法の特徴。
「な、なななっ、なんで最前列の奴らが死んでんだよ!?」
「防護魔法は絶対じゃなかったのかよ!?」
「七つの大罪クラスの戦術魔物になると関係ないってか!?」
死体が残ったことで不気味さが増す中で、観客らの中には逃げ出す者もいる。そんな中で当然のように、最後まで戦いを見届けようとする者もいる。
「いざという時の為に自衛用のアイテムをいくつか貰っておいて正解だったぜ……」
「とはいえもう少し前列だったならうちらも漏れなく死んでたッスけどねー……」
使い捨ての消費アイテムとはいえ、シロが選んでいたのはこうした結果を見越してのもの。その中の一つを使ったことでクロウ達は助かったが――
「隣の奴は、運が悪かったみたいだな」
「…………」
ここまで饒舌に解説や拳王側のプレイヤーへの称賛を繰り返していた修行僧だったが、どうやら即死耐性の方はなかったようである。
「さぁて、ここまで派手に拳王側のプレイヤーすら消し飛ばしちまって、負けましたは通らないところまで来てるぞ」
表面上では余裕の表情で座ったままのクロウであったが、その手には残りの自衛用のアイテムが握られている。
それもそのはずで、挑戦者側である彼がまるでこのことを予見していたかのように生き残っていて、なおかつ座ったままであることに拳王側は不審に思っているのであろう。彼の周囲からじわじわと、隣で倒れている修行僧と同じ服装をした男らが、距離を縮めていたのであった――




