第六章 追い詰められた者 4話目
――遠距離職対近接職。正確に言えばラストのような魔物《NPC》は職業というものを持たない。しかしゲーヴァルトの解釈に則るとするのであれば、そうなるのであろう。
そして飛翔することで距離を取ることができるラストの方が、本来であればこの勝負有利となることも誰もが理解できる。
――しかし遠距離側に決定打が無いとなれば、この話もまた変わってくる。
(私の毒が効かない……!)
「へっ、さりげなくウインクや投げキッスもするあたり、あんたもしかして俺に惚れてるな?」
「なっ、そんな訳あるか!」
(それにっ……幻術の類も……ッ!)
色欲を司るラストの本領発揮ともいえる魅了魔法。精神力がどれだけ高くとも、ラストの得意とするこの魔法だけは、今まで誰にも破られたことがなかった。
しかし目の前に立つ男は軽口を叩くことはあっても、決して心の底から惚れたという様子はない。
「……なるほどな」
(やはりラストには荷が重かったか。お前にとって相性が悪い相手は、これまで俺が相手してきたからな)
コロシアムの通路の壁に寄りかかりつつ、ジョージはラストの戦いを陰ながらじっと見ていた。
「このままだと第一ラウンドは確実に負ける。そしてTPもそこそこに溜まった第二ラウンドは、あっという間だ」
「それでは、どうされるおつもりですか?」
外の光が差さない更なる影――通路の奥から、しかしすぐそばから女性の声が発せられる。
声だけでイメージするとすれば、“淑女”という単語が思い浮かぶだろう。そんな声色をした女性の声は、剣士側の事情を知っているのか、この戦いの勝敗に気がかりな様子である。
「このままですと、拳王との謁見の話が――」
「分かっている」
女性に急かされるような声をかけられるが、ジョージはただ一言言い返すだけで、あくまで戦いの行く末を見届けるつもりでいる。
(せめて一ラウンドでも取れれば……しかし相手は恐らくバッドステータス耐性が極端と言えるほどに高い)
毒によるDoTを基本軸に据えたお前の普段の戦い方だと、まず勝つことは不可能だ――
◆ ◆ ◆
「――どしたどしたぁ!? ちまちました攻撃しかできないかぁ!?」
一場面だけを切り取れば、ラストの猛攻を何とか凌ぐゲーヴァルトという図に見えるだろう。しかし戦いを頭から見ていた者にとっては、ラストが必死に放つ攻撃がゲーヴァルトによって全て軽くあしらわれているという、全く真逆の結果をもたらしている。
「くっ……何故だ! 何故毒で死なない!?」
「何故って、それは俺が“チャンピオン”だからさ!!」
とはいったものの、ゲーヴァルトほどに徹底された対策を持つプレイヤーは存在しないといえるだろう。彼以外の通常の同じレベル帯のプレイヤーであれば、多少の軽減はされるものの、無効化されることはなくラストの攻撃は通用する。
しかしゲーヴァルトが腰に装備している“チャンピオンベルト”と呼ばれるそれは、デバフを含む一切のバッドステータスを無効化する効果を持っている。
「チャンピオン頑張れー!!」
「相変わらずピンチの演出が上手いじゃねぇかチャンピオン!! そろそろ反撃して一気に決めちまいなー!!」
「チャンピオン……?」
「ええ。ゲーヴァルト様はこのコロシアムにて定期的に開催される格闘トーナメントにおいて、文字通り王座を防衛し続けているチャンピオンなのです」
“闘王”の王位を得る条件――それはこのアルカディアにて開催されるトーナメントにて優勝すること。そしてチャンピオンベルトとはその副賞のようなもので、効果は先程述べた通り。つまり格闘戦において拳王に次ぐ実力を持つプレイヤーが魔法職からよく飛んでくる各種デバフ効果を拒否できるという、まさに魔法職キラーなセットとなっている。
「っ、ならば――」
自らを【空間歪曲】で包むことで完全防御を達成したラストは、自身の持つ最強最大の魔法でもって事態の終結を図ろうとしている。
「絶対的な死の呪文でもって、貴様を殺す!!」
「っ! ……大丈夫かラスト? その当てが外れたらお終いだぞ?」
ただでさえ【空間歪曲】の維持で激しくTPが消費されていく中で、ラストはその残り全てをつぎ込むかの如く両手を天に掲げる。
自身が持つ全ての魔力を混ぜ合わせれば、深淵の闇が球体上に圧縮されていく――
「――【絶対的死滅】!!」
球体が地面に落とされた次の瞬間、防護膜ですら一瞬消し飛ぶほどの死の暴風がコロシアムに吹き荒れていった――




