第六章 追い詰められた者 3話目
「事前にフライングがあったようですがどうやらノーダメージ! これは公平性を保つために審議したいところですが、待ちに待った最終戦!! 誰もそんなことは望んでいない!」
「ラストめ、平静を欠いて勝てる相手じゃないのは見て分かるだろ……」
モニター越しに映る行動に駄目出しをしながら、ジョージもまた控室から出るつもりなのか、その場に背を向ける。
「どちらへ向かうつもりです? まだ貴方の戦術魔物が――」
「気にするな。もっと見やすい場所で戦いを見届けるだけだ」
そうしてジョージは控室から姿を消して廊下へと出るが、コロシアムの方へと続く道には万が一の乱入を警戒してか、拳王側の見張りが二人立っている。
「恐れ入りますが、ご観戦は控室にて行ってください」
「悪いが、もっと近くで見たくなってな」
この時のジョージは特段戦う意思もなく、軽い手振りを混ぜながらも道を開けてくれるように二人にお願いをする。
「通してくれないか?」
「申し訳ありませんが、ここを通すわけにはいきません」
その言葉の裏の意味として「ここを通りたくば我々を倒せ」という意思表示を、素手のまま戦う構えを取る二人から汲み取ったジョージは、肩をすくめるだけであくまで堂々とまかり通ろうと二人の間を歩こうとした。
「っ、通さないといったはず――」
敵対行動を取られたと判断した二人は、得物を腰にぶら下げたままの侍の方を振り返る。
しかし最後まで振り返る間もなく、二人の見張りは意識を失い、その場にばたりと倒れ伏す。
「……峰打ちだから安心しろ」
そうやってやれやれといった様子で肩をすくめるジョージの手には、柄だけで刀身が見えない透明な刀が握られていた――
◆ ◆ ◆
「――ラウンド、ワンッ!!」
(私にとっての王はただ一人、あの人だけ……!)
「――ファイッ!!」
開始の合図とともにTPを消費しない通常技として使える毒針を両手に構えたラストは、まずは相手の行動を見極めるべく毒針を放つ。
並大抵のプレイヤー、あるいはNPCであればこの毒針によるダメージと、その後に続くスリップダメ―ジにより短時間で死に至る。しかし相手は闘王を名乗る者であり、それが決定打となり得ないことをラストも分かっている。
しかしラストにとってはどうしても確かめたい事象が一つだけ存在した。
(さっきの毒針は確かにかすっていた筈……ならばなぜこの男は毒をくらった様子がない?)
自動回復があるとはいえ、そのスピードは既に何度も目にしてきている。
そしてそれは自身の毒を上回るものではないこともラストは確認していた。
(何故だ……この男には毒が効かない?)
「おいおい、そうやってショボい攻撃しかできないあたり、自分の職業が魔導師だってことを自白しているようなもんだぜッ!!」
さっきと同様、ゲーヴァルトは自己の回復ができない状況においてDoTという手痛いダメージが入るはずの毒針を、直撃は避けるもののかする程度のものを無視して真っ直ぐにラストの方へと向かって行く。
「くっ……!」
ゲーヴァルトの突撃を拒否するかの如く、元から生えている翼でもってラストは宙へと離脱する。しかしゲーヴァルトがそれを見過ごすことなどなく、コロシアムの壁を蹴って自らも高く跳躍する。
「へへっ、逃がすかよ!!」
「っ、【空間歪曲】!」
周囲の空間を捻じ曲げることで不可侵のバリアを張ることで、ラストはゲーヴァルトの回転蹴りを防ごうとした。
しかし途中で何かを察したのか、あるいは別の意図があるのか、ゲーヴァルトはとびかかりはすれど攻撃をすることなく、そのまま地上へと着地する。
「……何のつもりだ」
「逃がすつもりはないが、女を蹴るつもりもないんでね」
「ちぃっ、ふざけたことを!!」
先ほどから攻撃を僅かながらに当て続けていることでTPが溜まっていたラストは、今度こそ本格的な攻撃へと移行する。
「【刺突心崩塵】!!」
それまでなにもなかった空間から、致死の猛毒を携えた棘がいくつも顔をのぞかせる。そうした通常攻撃の性能を更に極悪なものへと変貌させたスキルを発動することにしたラストは、地上を死地へと変えるべく死の雨を降らせる。
「次など必要ない! そのまま悶え苦しみ、死に絶えるがいい!!」
今度こそ直撃すれば死は免れない威力と、自動回復すら秒で貫通する猛毒でもって、ラストは決着をつけようとした。
「こっ、これは恐ろしい!! 地獄を可視化したような、凄まじい攻撃が行われている!!」
MCや観客が悲鳴を上げる中、ゲーヴァルトはそのような絶望的な状況を前にしても、一切臆する様子はなかった。
「ふっ……無駄無駄!」
降り注ぐ死の棘その全てを、拳と蹴りで弾き飛ばすゲーヴァルト。ラストはその様子を見て最初は哀れとばかりに嘲り笑っていたが、その後数秒、そして十秒を超える時間【刺突心崩塵】を発動しても相手が一切息切れひとつすることなく攻撃をいなし続けていることに焦りを覚え始める。
(まさか……そんな、あり得ない! あの猛毒は主様ですら完全な回避を認める程のもの!)
かすることはおろか、着弾した後に発せられる爆風に乗った僅かな毒ですら、吸えば卒倒は免れない。しかしそんな中をゲーヴァルトは、文字通りに真っ向から立ち向かっている。
「残念だったな! 俺とあんたは――」
――相性が最高に最悪らしいな!!




