第四章 リベンジマッチ 4話目
「オラオラオラオラァ!! そろそろギア上げていくぜぇッ!!」
TPも十分に溜まった今、ようやくヴェルサスの本来の戦い方である“制圧”を目的とした怒涛のラッシュが仕掛けられる。
「ふっ、くっ!」
金剛脚による蹴りは、一撃一撃が文字通り必殺級の威力。ボッ! という風圧とともに真っ直ぐ打ち出される蹴り、あるいはブォンッ! という風切り音とともに薙ぎ払われる回転蹴りを全て見切りながらも、シロは反撃までとはいかずに様子を伺うことしかできずにいる――ように見えていた。
(なるほど……確かに攻撃の面では今まで戦った中では頭一つ抜けていると見てよろしいようですね)
「あの男……まさかガイデオンに匹敵する破壊力を持っているのか……?」
「ガイデオン……?」
「ん? ああ、気にするな」
モニターに映る映像を見て呟やかれた独り言がユーゴーによって拾われるが、ジョージは特にそれ以上は深く喋ることもなく再びモニターに視線を移す。
「それにしても、シロ先輩があんなにおされるなんて……」
自分にとって完全無欠の先輩に等しかった存在が、蹴王を名乗るヴェルサスというプレイヤーに、防戦を強いられている。それまでのどの場面においても、ある程度の余裕を見せていたシロが、この状況に置いて緊迫した表情を浮かべている。そのこと自体、ユーゴーは信じられずにいる。
「確かに防戦一方に見えているが、ヴェルサスにとってもこの攻撃はあまり続けられない、続けたくないものだがな」
「えっ……? どういうことです?」
ユーゴーの問いに対して、シロガネはモニターから視線を外さずに答えを返す。
「見ていれば分かる」
「えぇ……」
見ていれば分かる――その答えの通り、ユーゴーはモニターへと再び視線を戻す。するとそこには先ほどよりも更に苛烈なラッシュを前に回避の一手を取るばかりのシロの姿が映っている。
「……ここから一体、どうやって――」
――どうやって逆転するというのですか、先輩。
◆ ◆ ◆
「チィ、中々粘るじゃねぇか……ッ!」
「そちらの方こそ、そろそろ息があがってもよろしいのでは?」
断続的にTPを消費しながらも、通常であればとっくに決着がついているであろうキックの嵐の中をシロは生き延びている。
時にはわき腹を、頬を、腕をかすらせながら、シロはじっと相手の様子を伺い続けていた。
そうした中で突然として、蹴王は何を思ったのか戦いの主導権を握っていた筈のラッシュを止めて最初と同じ見の姿勢を取り始める。
「ハァッ、ハァッ……」
「……ふぅ……おや? 休憩ですか?」
「ああ、そういうことにしといてやるよ……」
(……マズいな)
実のところを言えば、ヴェルサスは途中からシロの意図に気づいていた。何故回避に徹し、何故反撃をしてこないのかを。
(だいぶ手札を見せちまった……)
本来であれば一方的なラッシュなど受ける側にとっては不利の極みであり、ある程度の反撃をするか、あるいは一気に距離を取って離れない限り被弾のリスクが付いて回る。
しかし裏を返せば、ギリギリのところでよけ続けられるだけの実力があれば、相手にそれだけの負担を強いらせることもできる。
現にここまであらゆる蹴り技やスキルを駆使してシロを追い込んでいたヴェルサスであったが、最終的な結果としては僅かなかすり傷程度で本格的なダメージは一切与えられていない。
(反撃してこねぇとは思ったが……まさかこっちの技を全て明かすつもりか……?)
そしてこのヴェルサスの予想は、シロの思惑の八割に当たっていた。
(……さて、気づきましたか。しかしもう相当攻撃パターンを見せてしまったのでは?)
一方的なラッシュ――とはいえ、その中に含まれる攻撃パターンは無限にある訳ではない。
いくつかの攻撃を繰り出す、あるいは組み合わせて複雑に見せかける――そんな中でシロは次に来るであろう攻撃を、少しずつであるが読み始めていた。
(顔面への蹴りに見せかけての振り下ろし……特にこれを見せてくれたのは助かりました)
頭への攻撃を防ごうとしたところを、ガード貫通の蹴り下ろし。これを反撃を含めたやり取りの中で繰り出されれば、シロのLPは再び大きく削れていたであろう。
(しかし相手もまた、読まれたことを前提で更に攻撃パターンを変えてくるでしょう……ですが――)
――いくら変えても根幹の部分にまで、手癖レベルのものだけは早々に帰ることはできない。
(次はこっちから仕掛けましょう……!)
そうしてシロは何か意を決したかのように、真正面からヴェルサスへと剣を構たまま駆け寄っていく。
「あぁーっとぉ!? シロ選手、ラッシュを嫌って今度は自分から仕掛けるかぁー!?」
(んな訳ねぇだろ、あれはどう考えても何か破る策を見つけたって突っ込み方だ)
しかし最初と同じ、向かってくるなら“後の先”を取ればいいと、ヴェルサスはあくまで構えたまま。
「次は剣もろとも吹っ飛ばし――」
「どこを見ているんです?」
前方からくる斬撃――が直前で消えたかと思えば、背中に突如一閃、熱を帯びた痛みが生じる。
「なっ!? なんだ今の攻撃はぁあああっ!?」
突然の痛みに思わず膝をついたが、続いての攻撃をくらうまいとヴェルサスは背後に蹴りを繰り出しながら振り向く。しかしそこに敵の姿はなく、そして再び声が聞こえてきたのは、己の背後の方。
「正面からのカウンターはあれど、オートガード系のスキルなし、と……確認ができたのなら、以降反撃して問題なさそうですね」
超攻撃型のスキル構成――その中に自動的に防御をするようなスキルなど、存在しない。
「いくら攻撃型のスキル構成をなさっているとはいえ、最低限一発は防げるようなオートガードスキルを取ることをお勧めしますよ……とはいっても今更遅いでしょうが」
声のする方を振り向くと、そこには元の余裕を持った笑みを浮かべるシロの姿がある。
「……自前のラッシュとカウンターで凌いでこれたからな。そんなもんに頼ったことはねぇ……それに、次からは後ろからもカウンターを取ってやるよ」
「カウンターではなく、ガードの話をしているのですが……今回の敗北で、その辺りも学習するといいですよ――」
――なにしろこの後、貴方は二ラウンド連続で落とすことになるのですから。




