第四章 リベンジマッチ 1話目 Decision of fight
「く・や・しぃーっ!!」
拳王側控室にある椅子の上で、シャルトリューは駄々をこねるように体を揺らしていた。
「勝てると思ったのにー!! ていうか、あれで烈風って謙遜しすぎでしょ! 突風というか何というか――」
「ハッ! いくら言い訳を重ねようがお前の負けは揺るがねぇっての」
既にこの場に拳王はおらず、残っているのはまだ戦いを控えているプレイヤーのみ。拳王はというと、自分が戦ったことで満足したのか、後の試合は特別に設けられた観覧席から眺めるということで控室からは既に去ってしまっている。
そうして残されたうちの一人は、かつてシロと戦ったことのある男、“蹴王”ヴェルサスその人だった。上半身裸の上に、赤のロングコートだけを羽織るというワイルドなスタイルのこの男は、蹴王の名の通り、蹴り技において王位に就くことを許されるほどの実力を持つ男である。
そんな男は今回、この戦いにおいてある一つの期待を持って臨んでいた。
「荒れ狂う暴風って、負けて控室で荒れ狂うところからきてるってかよ?」
「うるっさいわね! 誰だって一度は調子に乗る時期ぐらいあるでしょ! それにあんただって、次の相手の可能性としてあいつが控えているの分かってるの!?」
控室に置かれたベンチに堂々と腰を下ろす男にとって、確かに次に出てくる可能性としてあの男が出てくることは理解していた。
「あの“無冠の王”が出てくる可能性くらい、理解できる」
「だったら、余計に――」
「いいじゃねぇか、リベンジマッチ」
かつてヴェルサスはチェーザムでの戦いにおいて、シロとの一騎打ちに一度敗北していた。彼は抹消までは至らず生き永らえたものの、そこから常に、その屈辱的な敗北と向き合う日々を過ごしている。
「負けていっそあの場で消された方が潔かったかもしれねぇが、そうじゃなかったお陰でこうして再度戦うチャンスを与えられた」
相手に誰がいるのか、それは既にシャルトリューからの情報で把握している。
残っているのはワノクニに籍を置く忍者、白銀の陰。“初代刀王”の異名を冠する最強の侍、ジョージ。そして王位を持っていないにも関わらず、今作においても未だに最強格のプレイヤーとして真っ先に名を上げられる男。
――“無冠の王”、シロだった。
「この三人の内一人……三試合目で出張ってくる可能性が一番高いのは白金の陰……と言いたいところだが」
今は一勝一敗。ここで三勝にリーチをかけられるかどうかで、その後のプレッシャーのかかりが違ってくる。そう言った意味ではこの三試合目の重要性はかなり高い。
「……さて、どっちが出てくるのか」
拳王との謁見をかけたこの勝負において、ギルドでの最強格二人の内のどちらかが出張ってくる可能性が高い。
「……そろそろ行くか」
そうしてヴェルサスはベンチから立ち上がって、控室出口のドアの方へと向かう。
ドアの前で立ち止まったヴェルサスは、そこで相手側の白金の陰のようにこの場で唯一拳王側ではない、雇われの身としてこの場にいるプレイヤーを横目にする。
「……てめぇも同じく狙っている相手がいるようだが、お互い当たることを祈るとしようぜ」
「ふん……あたしは誰が相手だろうと負けないからどうでもいいわ」
いわゆるゴシックロリータと呼ばれる黒を基調としたドレスに身を包む小柄の女性は、ヴェルサスの言葉に対して素っ気ない態度でもって返事を返す。
「確かに相手は問わずにてめぇが一勝すれば終わりだが、戦う相手くらいは希望を持ってもいいんじゃねぇか?」
――なあ? “背徳の女帝”のキリエさんよぉ?
「――ッ!」
瞬間、投げられたナイフが蹴り落とされる。ナイフの軌道の先にあったのは、ヴェルサスの頸動脈。
「……そのナイフ、もっと速く投げられるのかと思ったぜ」
「あら? 相手に不戦勝で星を上げるつもりの発言だったのかしら」
キリエとしてはあくまで、“虚空機関”としての契約に従って拳王側に力を貸しているに過ぎない。
しかし彼女にはシャルトリューから聞いた三人の内に、しがらみのような関係を持つ人物が存在している。そんな人物がいることに対して簡単に触れられるような真似は、彼女にとってまさに不愉快でしかなかった。
「まっ、一度負けた相手にもう一度負けるような無様な真似を晒したら、あたしだったらその場で自刃ものね」
「言うじゃねぇか。自身はそもそも勝負にすら至っていないってのによ」
互いの神経を逆なでさせるような発言に、この場で唯一お気楽といった様子で居座ることが出来ている男が間に割って入る。
「まあまあ、お前らのうちどっちかが勝てばいいんだからよ。もっと気楽に行こうぜー?」
そうして二人の間に立っているのは、何かスポーツでもしていたかのような、身長一八〇センチを超える男。
「ぐっ、てめぇが割って入ると話がややこしくなるだろうが!」
「別にややこしくなることはねぇだろ? この後俺達三人でとっとと二勝をもぎ取って、その後俺とキリエちゃんでデートをする。それだけだ」
「勝手にデートを契約に組み込まないでもらえるかしら? あたしはあくまで四試合目に出て勝つことだけしか聞いていないんだから」
「まあまあ、そうお堅いことを言うなよー。何ならシャルトリューちゃんも一緒でも良いワケだし?」
「ぜっっっったいに嫌ですけどね」
まるで自らがプレイボーイであるかのような立ち振る舞いをするが、肝心の女性陣からの反応は悪い。しかし男はそんなことなど気にする様子もなく、あくまで自身の力を誇示することでキリエ達の目を自分に向けることを試みる。
「さておき、とにかくこのゲーヴァルトが最後に控えているんだから気にせず試合に臨んで来いってことだ。それに万が一、俺が初代刀王と当たれば一石二鳥だしな」
「一石二鳥……?」
発する言葉の意図を汲み取れないキリエが怪訝そうにゲーヴァルトと目を合わせると、ようやく耳を傾けてくれたとばかりに、笑顔でこう答える。
「ここで俺がそいつを倒せば、そいつに首ったけのあんたも俺に興味が湧くだろうよ!」
――“初代刀王”を、現役の“闘王”が倒す様を目にすればな!




