列の整備、そして1日目終盤へ
「ふぅ」
ステージを降り、一息つく。
上がってしまえばそこまで緊張しなかったけど、ステージを降りてしまえば「ようやく終わった」という気持ちになる。
「ヤマトさん、ステージでの発表はどうだった?」
「楽しかったですよ。最初は緊張しましたけど……」
「ならよかった。それで今後の予定なんだけど、私とギャイちゃんが終わった後休憩挟んで抽選会だったんだけど、抽選会の前にコスプレイベントの表彰入れるね。そこでヤマトさんが満点出した人とのファンサービスがあるから遅れないように」
そう言えば予定表には表彰の項目なかった。
何処に入れるのかと思ったけど、抽選会の前に入れるんだ。
抽選会の後に入れるものかと思ってた。
「分かりました。それで、このあと僕は何をすれば……?」
「この後は申し訳ないんだけど、ブースエリアで列整備の手伝いしてもらえる? 思った以上に列ができてるみたいで……できれば端にあるブースをお願い」
「分かりました。では行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
使った同人誌などの資料をステージ裏に置いてあるリュックサックの中に直し、ブースエリアの方に移動する。
暗くてもわかる。
ブースエリアは現在いくつもの列が出来上がっていた。
その数は2ケタ行くか行かないか。
獅喰蓮さまに言われた通り端にあるブースに向かおうと思ったけど、ここで大きな問題点。
端に行こうにもどの方面の端に行けばいいのかわからない。
どの方面の端も行列ができているから。
さらに言うと、どの端の列も人手が足りていないのがまるわかり。
ただ、よく見てみると片方の列には人の入りが少ないのに対して、もう一つの列の方は人の入りが多い。
「よし。人が少なくなりそうな列の方に行こう」
僕が向かったのは人が少なくなり始めている方。
別にさぼりたいから、楽したいからというわけではなく、人が少ない方を早めに安定させれば、この後に列ができてもすぐに移動することができる。
だから向かうのは人が少なくなりそうな方。
ブースエリアは暗いので、走らずに急ぎながら移動する。
周りにも気を配っていたからか、いくつか気づいたことがある。
今現在、大行列ができているのは4つ。
他は人が少なくなり始めているいわば小列。
その4つの大行列すべての場所に僕は行ったことがある気がする。
今僕が向かっている行列も僕は行ったことがある。
「正直、ここまでの影響力があったなんて思わなかった……」
僕が向かった場所は、紹介するサークルを選ぶ際一番最初に見た【福山家】さまのサークルブース。
僕が行こうか迷ったブースはここからすぐのところの端にあるブース【『女友』愛好家】さまのサークル。
他の行列も【音野咲高校二次元研究部】さまのブースに【ガーデンランド・ごろろっく】さまのブース。
こうしてみると、僕のサークル紹介が大成功に終わったんだと、実感することができた。それと同時に、忙しくしてごめんなさいと思ってしまう。
今僕ができることは少しでも列を整備して誰も怪我しないようにすること。
「皆様、押さないでくださーい!」
列の整備を始めてから30分後、少しずつ行列の数が減ってきた。
というのも、僕が紹介したのはそこまで同人誌やゲームが売れていなかった初心者サークル。
それに対し、僕の後の獅喰蓮さまが紹介したのはそこそこ売れている中堅サークル。
獅喰蓮さまの紹介サークルは人が多く、行列の対応も慣れていたためそこまで込み合ってしまうことはなかった。
更に獅喰蓮さまの後のギャイ先生に関しては、すでにブース販売が終了したサークルのネット販売紹介。
今更ブースに行ってもすでに同人誌などは置いていない。
列ができないのは必然で、時間が経て列は減っていく。
そうなれば列整備の人手は足りるどころか余りが出てしまう。
僕たち【1234+0】はこの後の進行もあるため、ギャイ先生が紹介している途中で列の整備から外された。
ステージ裏に行くとサークル紹介前とは違い、今度はコスプレをしたお客様が何名書いた。
その中には僕が唯一満点評価した女の子もいる。
「あ、ヤマトさん! こっちに来てください!」
獅喰蓮さまの方に向かうと、そのすぐそばにはエントリーナンバー2『リアル10才の5年生女子』様もいた。
「ヤマトさん、入賞者受賞の前にヤマト賞の受賞になるから、リンゴさんとのステージ上での写真撮影お願いね」
「ヤマト賞、分かりました。……リンゴさん?」
「うん。『リアル10才の5年生女子』さん。流石にその名前を呼ばれるの恥ずかしいみたいだから『リアル5年生』でリンゴさん」
「あ、なるほど……」
リンゴ様の方を見ると、恥ずかしそうにコスプレ衣装の裾を指でつまみながら、母親と思われる女性の後ろに隠れながら僕の方を見てくる。
「リンゴ様、初めまして。神無月ヤマトです」
「っ!?」
リンゴ様の目線に合わせて軽く挨拶をすると驚きながら隠れてしまった。
「ごめんなさい。この子恥ずかしがり屋で……。ヤマト賞に受賞した時は大喜びしていたのに……」
「いえいえ、気にしないでください。僕も5年生のころは似たような感じの子だったので」
「そうなんですか? とてもしっかりした子にしか見えないですよ~」
「よく言われますけど、僕が5年生のころはただただ兄さま後ろに隠れることしかできませんでしたよ。それに比べたらリンゴ様は衣装をおつくりになって、凄いと思います」
「ウフフ、ありがとうございます。ほら、リンゴちゃーん。お祖母ちゃんとママと一緒に作った洋服を憧れのヤマトお兄ちゃんに見てもらわなくていいの?」
「だ、ダメ!」
リンゴ様はまだもじもじとしているけど、お母さまの後ろから体を出してくれた。
「は、初めまして、り、リンゴです……。ずっと会いたかったです! わ、私も中学校卒業したらや、ヤマトお兄ちゃんみたいなVtuberになります!」
「ありがとうございます。でも勉強はしっかりしましょうね」
「はい!」
ようやく顔を出してくれたと思ったら、まさかのVtuberになる宣言。
まだ1年目もたっていないのに、僕にあこがれてVtuberを目指す人が出てくれるなんて、少し感激する。
「獅喰蓮さま、ヤマト賞の受賞は何をするんですか?」
「リンゴさんのお願いはヤマトさんとの写真撮影みたい」
「賞状とかは?」
「用意してないよ。ヤマトさんが突発に開いたものなんだから。そのせいで紅葉ちゃんがどれだけ愚痴ってたことか……」
「すみません。……それにしても賞状がないのは少し寂しいですね」
賞状の代わりになるもの……そうだ!
「獅喰蓮さま、あれの在庫ってまだありますか?」
「あれ? ……もしかしてヤマトさんが描いた」
「はい。まだ残ってますかね?」
「あれなら、残ってるよ。今から持ってくるね」
「ありがとうございます」
獅喰蓮さまには“あれ”で何のことか伝わったみたい。
これで写真撮影だけという寂しい受賞式を回避できる。
「あの、ヤマト様。あれって何ですか?」
「ああ、あれって言うのは……」
ここで言ってしまったらもったいない気がする。
言っても問題ないけど、最大限に喜んでほしい。
「秘密です。あとで渡しますので楽しみに待っててください」
「えー!」
「良い子に待てばいいものがもらえますよ。いい子で待てますか?」
「はーい!」
小学5年生とはいえまだまだ子供だと思った。
小学生の思い出なんて今後一生のもの。
だったら最高の思い出にしてあげないとね!
「ギャイさん終わりました。これより10分の休憩に入りますので、スタッフは今のうちに授賞式と抽選会の準備に移ってください!」
スタッフさんたちがあわただしく移動し始める。
もうすぐで1日目が終わると思うと少し寂しい気がする。
でもそれは僕だけじゃないはず。
そんな思いを吹き飛ばすくらい、最後まで大いに盛り上がろう。




