4コマ漫画と【女友】愛好家
【1234+0】のブースから離れた最初に向かったのは、会場の隅っこにある小さなサークル。
今日の準備時間に辺りを見渡しているとき、他のサークルが黙々と作業している中そこにあるサークルは和気あいあいと準備をしていた。
開場して僕たちのサークルが込み始めた時もちらちらと、そのサークルの様子をうかがっていたけど、お客さんが数人その前を通るくらいで僕が見ていた中では売れている様子はなかった。
ブースの作りはシンプルで何かスタンドを置くわけでもなく、プラカードと言ったアピールする看板を置いているわけでもない。
それでも行ってみたいと思ったのはそこのサークルがとても楽しそうだったから。
【1234+0】がほぼ真ん中にあるということもあり思ったよりも遠かったけど、人混みに埋もれることなく、何とかブースの前に着いた
けれどそこには誰もいない。
同人誌は置かれていて、ブース内には封のされたダンボールもあるから途中で帰ったというわけではないと思うけど……。
「……失礼だけど時間を無駄にできないし、少し立ち読みしてみようかな」
机の上に置かれている同人誌を取り、表紙からしっかり見ていく。
表紙には水色と白のドレスを着た銀髪のロリ少女と水色と白の短パンに花柄の制服を身に着けている男の娘が引っ付いているイラスト。
最近はやっているAIイラストと言われても普通の人なら疑ってしまうレベル。
ただ、少し指の長さが違ったり、目の位置や形が微妙に違ったりしているところから、AIイラストの可能性は低い。
その違いが分かったのは、この表紙の2人がヤマトだったから。
だけど親衛隊の人も騙せそうなくらい絵の完成度が高い。
中の方は……おぉ~。
同人誌の内容は男の娘ヤマト(僕)と女の子ヤマト(僕)が絡み合う日常が描かれた四コマ漫画。
表紙のクオリティが高いこともあり内容もクオリティが高い漫画かと思ったけど、そんなことは全くない。中はどちらかというとのほほんとした雰囲気が漂う可愛らしいキャラで書かれている。
いい意味で裏切ってきた。
2人は同一人物だから捜索でしか見ることができない絡みというのが面白い。
あと数話に一回の確率で他のVtuberさんも出て来ているのが面白い。
セリフも僕の口調にしっかり合わせて来てる。
多分これを描いた人は僕のことをよく知らないけど、たくさん売ってもらうために頑張って調べた人だと思う。
「あの~、すみません……。ウチのブースに何か御用でしょうか?」
同人誌を夢中で読んでいたせいで後ろに人が来ていることに気づかなかった。
振り返るとそこにいたのは袋を持った一人の女性。
見た感じ年齢は30代後半くらい?
「あ、すみません。同人誌が気になって勝手に読ませてもらいました」
「いえ! 気になさらないでください! そ、それで、その本はどうでしたか?」
「普通に面白かったです。特に表紙から目を引いて、内容はとてものほほんとした絵に内容。心が癒されました」
「あ、ありがとうございます! 実は娘が来年一人立ちで思い出にと私が描いて2人で一緒に参加してみたのですが、なかなか売れなく……。娘はそれでも楽しいと言ってくれたのですが」
確かに、ここはあまり注目されない場所だし仕方ない。
「その、娘の要望でヤマト様? という方の本を描くことになったのですが、何分私ヤマト様という方のこと詳しくないものですから、うまくかけたか心配で……。何か変なところがありましたか?」
「いえ、変なところなんてありません。よく調べられているなと思いました」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
いい作品をほめて感謝されるのはなんか嬉しい。
率直な感想だからこそ尚更。
あっ、忘れる所だった。
「あの、実は僕このイベントの実行委員みたいなことしていまして、1時30分から僕たちのサークルが他のサークルを紹介するコーナーがあるのですが、こちらのサークルを紹介してもよろしいでしょうか?」
「え、ぜひ! むしろうちのサークルでいいんですか? 全然売れていないのに」
「だからこそです! せっかく面白いの売れてないなんてもったいないので」
「そういうことでしたら、よろしくお願いします」
「ありがとうございます。サークル名は何というのでしょうか?」
「あ、えーっと、【福山家】でお願いします」
「はい。それじゃあこの同人誌5冊お願いします!」
600円の同人誌を5冊で3000円払いその場を後にする。
楓さんの家にあった使わないリュックサックを借りているので、その中に同人誌を入れる。
リュックはかなり大きいサイズで、これなら同人誌が50冊は余裕で入ると思う。
次に向かう場所は【福山家】からほんの少し歩いた場所。
開場の4角にあるサークルの1つ。
そのサークルは準備の時に見た感じ1人でこのイベントに参加していると思う。
遠くから少し見ただけなので性別はどちらかわからないけど、一人黙々と作業していたのは覚えている。
2階席で凛音さんを待っているときにチラッと見てみたけど、全く売れていないということはなかった。
ただ、お客さんが来てもあまり動いている様子は見られない。
お客さんがいないときは自分の同人誌を静かに読んでいる。
そんな子がいるブース。
隅に人が少ないこともあり難なく、目的のブースに着いた。
辺りには人がいない。
いるのはブースに1人。
「あのー、すみません」
「……」
返事がない。
前髪が長いせいで目元が見えない。
これでは寝ているかどうかもわからない。
「あのー、少しいいですか!」
「……」
さっきよりも強くいってみたけど反応がない。
本当に寝ている? かと思ったけど、机の下から紙がめくれる音が聞こえた。
多分寝てはいない。
だからこそ、僕のことを無視しているのが分かる。
ここまで無視されたのは生まれて初めてかもしれない。
少し貴重な経験。
でも、そろそろ僕のことを気にしてほしい。
同人誌の表紙にはギャイ先生の完結済み作品【女の友情は本物ですか?】のイラスト。
この漫画はアニメ化していない漫画だけで終わった作品。
ギャイ先生が出した漫画の中でもかなりマイナーな方だと思う。
出てくるキャラは全員女の子だけど、女の子の種類もたくさんあって、それぞれが友情を強めていくという百合系の作品。
僕も漫画全巻持っているけど、喜怒哀楽の【喜】と【楽】が多く【怒】と【哀】も少ないけれどしっかりあるというのが面白く、発売されたその日に買って読んでいた。
こういう系の作品を好きな人の意識を自分の方に向けさせる最強の言葉が存在する。
「【女友】の好きなカップリングって何ですか?」
「っ!? じょ、【女友】知ってるんですか!?」
「はい、全巻持ってます」
「ど、同士です! あ、俺【女友】の同人誌を描いているコショーって言います!」
うすうす気づいてはいたけど本当に男の子だったとは。
女の子と言っても見間違えてしまうほどかわいい。
「僕は皆様の執事、神無月ヤマトです」
「ヤマトさんですね! それで、どのカプが好きなんですか? 俺は【タカ×ツバ】押しです!」
「いいですね【タカ×ツバ】!」
【タカ×ツバ】とは【女友】に出てくる2人の女の子。
鷹音というイケメン系女子と翼という王道ヒロイン系女子のカップリング。
【女友】では王道と言える。
もちろん鷹音が攻めで翼が受け。
「僕は【ヒヨ×タカ】ですね。一番見ていてドキドキします」
「あー、分かる~! いつもはしっかりしている鷹音がヒヨコ相手だと受け手に回ってしまうの! ヤマトさん、マニアックですね!」
このカプがマニアックなのは誰かが作ったとある診断で【ヒヨ×タカ】派はドエムだと出たから。
信憑性は皆無だけど、なぜかこの診断を試した人で【ヒヨ×タカ】派がドエムばかりだったことからマニアックな組み合わせになってしまった。
「あ、すみません。つい興奮してしまって……」
「いえいえ、大丈夫ですよ。僕も楽しかったですし」
コショー様はカプについて十分に話し合ったことで落ち着きを取り戻してくれた。
僕も移動時間を考えると急ぎたいから、早くに正気に戻ってくれて嬉しい。
「それで何冊ご購入ですか?」
「5冊でお願いします」
「はい。1つ300円で1500円になります」
財布の中から2000円を取り出しコショー様に渡す。
コショー様がお釣りを取り出している間に、チラッと中身の方を読んでみる。
最初の2,3ぺーじだけしか見れなかったけど、絵はうまい。
話の内容も流石コアなファンだけに面白い。
「とても面白いのに思ったよりも安いですね」
「はい、マイナー作品なので、皆さんに知ってもらいたくて……」
それはつまりコショー様はもっとこの作品を知ってほしい。だから安い値段で売っているということ。
だったら話は早い。
「実は僕主催側の人間で1時30分からサークル紹介があってコショー様のサークルを紹介したいんですけどよろしいですか?」
「えっ!? ぜ、全然オッケーですよ! むしろ俺のサークルでいいんですか?」
「はい、コショー様がお釣りを取り出している間に少し拝見しました。流石【女友】を愛しているだけのことはあります。数ページだけですけど面白かったです」
「そ、そうですか。ならお願いします。俺一人なのでこの場を離れることができないんですけど、同じ【女友】好きとしてヤマトさんが良い紹介をしてくれるのを楽しみにしてます」
「はい! 因みにサークル名は……」
「それなら決まってます! 『【女友】愛好家』です!」
【女友】の同人誌をリュックにしまいコショー様のサークルを後にする。
後3サークル。
サークル集めだけなら時間内に余裕で終わらせそう!




