三条ヶ原楓の家
「……暑い」
現在僕は炎天下の中、太陽の光を直接浴びながら迎えが来るのを六本木で待っている。
ゲームの収録から数日たち、今日から一週間のお泊り開始。
実は六本木に来るのは、ゴールデンウィーク以来。
収録が終わってから休みができた数日の間、僕は一歩も家から出ることがなかった。
それこそ、玄関に出ることも、太陽の光を浴びることも……。
世間では夏休み期間といっても、現在の僕はただのVtuber。
学校に行ってなければ、働いているわけでもない。
つまり、夏休みの課題もなければ、仕事の予定などもない。
外が熱い中エアコンをガンガンつけて、1人バラエティー番組や夏の甲子園をテレビでつけながらゲームやMytubeを見ながらゴロゴロ過ごした。
母さんがいたら体に悪いからと外に連れ出されていたかもしれないけど、母さんは収録があった翌日から仕事で昼間はおらず、帰ってくるのは夜遅く。
父さんと来夢もいない。
兄さんと義姉さんは現在宮崎の方に帰省中。
しばらく姉さんが東京の方にいることになり、そのための着替えと仕事用の道具を取りに帰っている。
つまり、僕は誰にも邪魔されない豪邸という天国の場にいたことになる。
そんな天国で生活していた僕は現在、その付けが回ってきたかのような地獄を味わっていた。
「あ、ヤマトンいた」
太陽の直射日光に耐えながら待っていると、聞き覚えのある声。
声のする方を向くと、そこには一台のボックス車と一人の女性が。
「ギャイ先生、お久しぶりです」
「うん。久しぶり。元気だった?」
「はい。体調を崩すことなく、配信活層をしています」
「見てるから知ってるよ~。あ、前回の配信でイベントの告知ありがとね。外は暑いし、後は車の中で話そうか。さぁ、乗って乗って」
「分かりました。運転、よろしくお願いします」
「は~い」
荷物を後ろの席に置かせてもらい、僕は助手席の方に乗せてもらう。
他人の車に乗ると急にドキドキしちゃうのってなんでだろう。
「今から直接向かうけど、どこか寄ってほしいところとかない?」
「と、得にないです。そもそも東京に何があるかもあまりわからないので」
「それもそっか。じゃあこのまま楓の家に向かうけど……覚悟してね」
「え?」
か、覚悟って何のこと?
もしかしてギャイ先生の運転はかなり荒いとかかな……。
それとも、今日は渋滞でかなり時間がかかってしまうとか。
何を覚悟すればいいかわからないけど、何が来てもいいように気合を入れなおす。
しばらくギャイ先生の運転する車に乗っていたけど、ギャイ先生は普通に運転上手いし特に渋滞があるようにも見えない。
ただ、交差点は人が多くて事故になったりしないかは少し心配だったけど、そこまで覚悟を決めるようなことではないと思う。
となると、ギャイ先生が言っていた「覚悟してね」とはいったいどういう意味だったんだろう。
「……ヤマトン。もうすぐで楓の家に着くけど覚悟はできた?」
「……え?」
「え、って、あれ、私覚悟してね、って言ってなかった?」
「え、そっちですか!? 僕はてっきり運転や渋滞の方かと……」
「違うよ。私運転には自信あるし、この時間帯で道路はあまり混まないから」
「なるほど……。それで、何で楓さんの家に向かうのに覚悟がいるんですか?」
「それは、楓の家が普通の家じゃないから」
「……え?」
ふ、普通の家じゃないってどういう……。
もしかして、あれが出たり……!?
「今度は先に言っておくけど、お化けとかじゃないからね」
「な、ならよかったです。……だとすると、何に覚悟がいるんですか?」
「……私の口から言わない方が面白そうだから内緒」
「そ、そんな~」
「でもつけばわかるよ。だから楽しみに待ってて」
「分からないんじゃ楽しみに待てませんよ……」
本当に何があるんだろう!
幽霊とかじゃないと聞けて、安心はしたけど逆に気になってきた。
……もしかして何かのサプライズ?
といっても、今は何も記念の日とかないし……。
あー! 早くつかないかなー!!
しばらく車を走らせていると、ある一軒家の家の前で車が止まった。
「ついたよ」
「ここが、楓さんの家」
見るからにどこにでもありそうな普通の一軒家。
あの後、100万突破してるのかな、と僕のチャンネル登録者数を見ても現在92万人でまだ100万人は超えていない。
100万人突破記念配信はするけど、今は楓さんの家に何があるのか気になって100万人突破というすごいことが、今はそこまで気にならない。
「ヤマトン、私車止めてくるから、そこのチャイム鳴らして誰か呼んで!」
「分かりました」
ギャイ先生に言われた通りにチャイムを鳴らすと、家の方からドタバタと足音が聞こえてくる。
「あ、ヤマト来たね。久しぶり~」
「お久しぶりです。楓さん」
「さぁ、入って入って!」
「お邪魔します」
玄関から家にお邪魔すると目の前にあったのは真っ白な壁。
もう一度言わせてもらうと、玄関から家の中に入ると、目の前にあったのは真っ白な壁。
廊下などは何もない。本当に真っ白な壁。
「あ、あの……なんで壁が?」
「あ、ちょっと待ってね」
楓さんは僕の質問に答えることなく、靴箱の上に置かれている昔よく使われていたと聞いたことのある黒色の固定電話から受話器を取り、ダイアル? を回していく。
四回ほど回すと、大きな音が鳴り次の瞬間、壁がゆっくりと右の壁の方に吸い込まれていく。
壁があった場所には廊下が出現した。
「……何これ」
正直何が起こったのかあまり見当がつかない。
なんで壁がなくなったのか、どうして壁の向こう側に廊下があったのか。
そして、どうして廊下の壁には扉がまったくないのか。
「ヤマト、こっちに来て」
「……あ、はい!」
靴を脱いで楓さんのところまで行く。
やっぱり、何処にもドアが存在しない。
「ヤマト、そこの壁に背中当てて」
「こ、ここですか?」
「そうそう。……あーもうちょっと右。あ、行き過ぎ行き過ぎ! もう少し左。……そう、そこね」
言われた通り移動するけど、これがいったい何なんだろう。と思っていると、急に真正面にいた楓さんが動き出した。
いや、動いてるの楓さんじゃない。僕の方だ!
「え、え? 何これ!」
半周すると、そこには一般家庭のようなリビングが広がっていた。
更に意味が解らない。
「ヤマト、壁際から少し離れてー!」
「は、はいっ!」
指示通り少し離れると、再び壁が動き出し今度は楓さんが入ってきた。
人がしているのを見て思い出したけどこの壁が回るっていうギミック、時代劇やレンタルショップで借りたコントとかで忍者の人がしていたものと同じだ!
「あ、ヤマトン来たね」
「……え?」
さっきまで誰もいなかったはずのリビングに、なぜかギャイ先生がいた。
「荷物車に忘れてたから持ってきたよ」
「あ、ありがとうございます。……え? どうやってこちらに?」
「普通に地下通路だけど」
「ち、地下!?」
地下と言われすぐに床を見るけど、何処にもそれらしいものはない。
「あ、ヤマト少しどいて」
「は、はい!」
少し横にずれると、楓さんはさっきまで僕がいたところの床をいじりだす。
すると、静かに端にある床が開き、地下通路への入り口ができた。
「…………」
あまりのすごさに言葉が出ない。
それと同時にギャイ先生の言っていた覚悟の意味がようやく理解できた。
「ようこそ、三条ヶ原楓のカラクリハウスへ」




