創作
時刻は十五時半頃。私はというとフィアルさんのお店の厨房にいた。なぜこんなことになっているかというと……。
「これまで鳥の巣にはパンの使用と一部食材の融通という名目で、多くのレシピを提供してもらいました。最近ではそこからのアレンジレシピの収益も馬鹿にならないのです。そこで、ここで一つ恩返しがしたいのです」
ということだった。
「そ、それなら、フィアルさんが考えた方がいいですよ」
「ですが、ライギルさんとエステルさん。お二人が前日から考えていたにも関わらず、上手く作れなかったのでしょう? ここは、先回りをするためにもアスカの意見をもらっておきたいのです。それに、食材は豊富にありますから、お望みのままの料理を出すことができますよ?」
ゴクリと思わず私は喉を鳴らした。お醤油だけでみそはない。しかし、それだけでも数々の料理が出来上がるはずだ。何より、フィアルさんのお店の方が高級店でスパイスなども揃っている。
宿よりも珍しいというだけで置いてある調味料もあり、和食の実現にはこの店の方が近道なのである。
「か、から揚げ(鳥専門)とか、すまし汁とか色々食べられますか?」
「それが何かは分かりませんが、ぜひ挑戦させてもらいますよ」
その言葉が聞きたかった! ということはなく、すでに私の中では答えが出てしまった。カツまではまあ、似ているだけでも何とか我慢できた。
しかし、から揚げのあの味が再現できるならもう絶対にやってもらうしかないのだ。レモンがなくとも、マヨネーズか振り塩かの戦争が起きなくとも、食べられるだけで満足だ。
「じゃ、じゃあ、まずは塩コショウとお醤油と小麦粉と水と適当なスパイスと……」
「適当? なんでもいいんですか?」
「う~ん。まずは醤油の味にプラスになるようなものですね。作るのはちょっと香ばしい感じの料理ですから、それを邪魔しないような物がいいです。先にちょっとだけしょうゆを味見して見て下さい。あっ、塩分高いですからあまり摂らないようにしてくださいね」
そういうとフィアルさんともう一人の男性がお醤油を味見する。今更ながらこの人は誰だろう?
「どうかしましたかアスカ?」
「いえ、その方は初めて見るのですがどなたでしょうか?」
「ああ、アスカは初めてですかね。うちの店の料理長ですよ」
「初めましてアスカ様。この店の料理長のトンガです」
「えっ!? フィアルさんが料理長なのでは?」
「私は店長ですよアスカ。もちろん料理は好きですし、厨房にも立ちますが……」
「そう言われますが店長はほぼ毎日、厨房に来てますよ」
「そうなんですか?」
「ええ。たまに来ないと思ったら、商談ですよ」
そっか、フィアルさんは店長であって、料理長じゃないもんね。私はリンさんが副店長でホールを任されてるから、てっきり厨房とホールの各責任者って思ってたけど、それじゃ共同経営になっちゃうよね。
「それで、お二人とも味を見ていかがですか?」
「確かに塩分が多いようですが、すっきりした味わいと砂糖でもスパイスでもある程度合いそうな味ですね。しかし、これならライギルさんも扱えたと思うのですが……」
「私も同意見です。これなら、安全にメニューを作っていけるのではと思います。ただ、匂いも味も割合強いですからスパイスとの調合は慣れないうちは難しいかと」
ああ~、二人の意見が一致したみたいだけど、そこにまさしく捕まっちゃたんだよね。向こうの二人は。
「それでから揚げというのは?」
「はい。簡単なものしか知らないのですが、塩コショウとお醤油と小麦粉を水で合わせて、材料の鶏肉に二十分前後浸けます。それをそのまま油で揚げるんですが……残念ながらスパイスの配合とかには詳しくなくて……」
「それだけ分かれば十分です。トンガ、まずはアスカの言った物を混ぜ合わせてどんな味になるのかを掴んでみましょう」
おおっ! 石橋を叩いて渡る巧者かな? 失敗談をうまく生かしているみたいだ。
「ところで鶏肉とは? 普通のベックバードの肉でもいいのですか?」
「私はベックバードが分かりませんが四センチ角ぐらいで、できれば肉の味が強い部位だと嬉しいです!」
むね肉でも美味しいけど、から揚げだけは私はもも派だ。まあ、病院食だと出てもほぼむね肉なんだけどね。味もめちゃくちゃ薄いし。
や、分かってるんだよ、あれが一日の摂取目安の塩分とかを考えた結果だってのも、動かない私が味の濃い物ばかり食べるのが良くないということも。でも、ももが良いの~。
「できればですか?」
「いえ、必ず! あっ、お店で出す時はニーズもありますし、価格もありますからどっちでもいいですよ」
でも、私にはもも肉を出してねと暗に告げる。まあ、味の濃い部分ってだけで、もも以外の可能性もあるけど、それはそれで美味しいなら問題ないのである。ベックバードなんて知らないしね。
「ではまず混ぜる順番は?」
「切った肉を袋……はこぼれちゃうのでボールに入れて小麦粉とお醤油と塩コショウを入れて、ちょっとずつ水を加えてください。順番は違うと思いますけど、大体の感じは伝えられますから。あっ、でも混ぜにくいですし、やっぱり肉は最後で」
「分かりました。それぞれの分量は?」
分量? オリジナルのから揚げどころか、料理ですらまともに作ったことのない私には難しい質問だ。確か……結構粉っぽっかったから小麦粉多めかな? 私が悩んでいるとフィアルさんが意見をくれた。
「水は多めですか少なめですか?」
「そこまで入れないと思います。全体の半分以下かなぁ?」
「ではまずそれを軸に入れていきましょう。小麦粉五で醤油が二、塩コショウが一で水を三にしてみましょう」
「ですが、水は少量ずつにしましょう店長」
「そうですね」
さすごはプロの料理人たちだ、すぐに準備も進んでいく。そして、から揚げのような物ができたのだけど……。
「悪くはないですね」
「しかし、これなら別の料理の方が……」
「う~ん、シャバッとしてるしもうちょっと香ばしさとかが出るんだけどなぁ」
「つまり材料が足りてないということですか? ちなみに普段鳥を揚げる時は先に小麦粉をつけるのですが……」
「そ、そういうのは先に言ってください! 私は食べたことがあるだけで作るのは専門外です」
「なるほど。それなら、そこは改善しましょう。しかし、それだけでは香ばしさが足りませんね。水で溶いた時もとろみがないのですぐに分離してしまいますし……」
「分離……とろみ……。そうかっ!」
「何か分かったのですかアスカ?」
「はい。わようしぇっちゅう、んんっ! 和洋折衷いかなる料理にも使えるとろみ調味料、片栗粉です」
「片栗粉?」
「いわゆるでんぷんってやつですね」
「でんぷん?」
おっと、この世界は美味しい物は美味しくだった。ジャガイモがあるとしても、それが美味しいならそこから派生するものがないのも当然だ。私はどういうものかを何とか伝える。
ジャガイモらしき物を適当に生のままつぶして綺麗に成分をすくう。それだけを何とか伝えた。だって、そんなの料理人じゃないし分かんないもん。大体、スーパーで買える物を作るっておかしいよね。
「多分こんな感じです。よく分からないので間違ってるかもしれませんが……」
「美食家のアスカに聞けばすぐにでもできると思っていたのですが、どうやら中々に難しいようですね。ですが、これは料理の幅をかなり広げることもできそうですし、近日中には必ず完成させて見せますよ。まずはすまし汁だけでも作らせてもらえませんか?」
「そっちは多分簡単です。醤油とだしがあればいいんですけど、昆布はないと思うので代わりにキノコさえあれば出来ますから。でも、みりんとかお酒とかないのが残念だなぁ」
「お酒? ワインではだめですか?」
「トンガさんっでしたっけ? みりんは私も作り方は知りませんが、私の言っているお酒は米から作るんですよ。いや、お酒の作り方を知ってるわけではないですけど……」
「ふむ。適当で構いませんからメモを取らせてもらっていいでしょうか。アスカが旅に出るまでに間に合うかは分かりませんが、少しずつでも実現して見せますよ」
「本当ですか! お酒はどの道飲めないのでいいですけど、調味料としては必需品みたいな物ですからよろしくお願いします」
私は思いつく限りの味と、作り方をメモしてフィアルさんに渡す。残念ながら和食のコース料理が食べられるのはまだまだ先になりそうだけど、期待して良さそうだ。
「そういえばこれってライギルさんたちに話してもいいですかね?」
「構いませんよ。出来れば向こうが言い出したことのみにしてくれると助かりますけどね。あちらも研究熱心で、中々こちらは時間が取れませんから」
「仕込みに時間がかかる料理を店長が作りすぎなんですよ。せめてコンロの数を増やしてくださいよ」
「店のサイズから考えると今でもぎりぎりなんですよ。私もどうにかしたいのですが……」
「いっそのこと王都に店を出す話を受けますか?」
「そんな話があるんですか?」
「ええ。アスカが前に連れてきた貴族からですね。一年は経つというのに熱心なことですよ。ただ、この店を任せられるほどの料理人がいませんし、王都に支店を出すのではなく本店の移動になるので、躊躇しているんですよ」
「でも、いい話なんですよね? ここのパンも美味しいですし」
「ええ。もっと質の良い小麦粉を融通してくれるという話もあるんですが、王都に行けばジャネットやアスカにも会えませんからね。少なくともお二人が旅に出るまでは考えていませんよ」
「そうなんですね……あっ! 店長候補ならエステルさんとかどうですか? 本人もお店を持つのは前向きですし」
「彼女がですか? まあ、来てくれるというならいいのですが、実際どこまでできるか分かりませんし、すぐには無理ですね。美味しい料理を振舞うのは出来ても、コストなど店を開くとなるとバランスが必要ですからね。料理長も優秀ですが、それでも私が厨房に立たないと回らないことがあるぐらいに忙しいですから、彼女が誰かを使うことにも慣れてもらわないといけないですし」
「それは困りますね。経営になるとさすがに難しいでしょうし」
「そこだけでもどこかの商会に頼めればいいのですがね」
そんな話をしながらも時間になったので、今日はお開きになった。結局私が食べられたのは、から揚げもどきだけだった。しかも、たいして美味しくなかったし。




