古きもの
エヴァーシ村を出発して滅びた村の地下室で私が見たものは、銀で出来た見事な像だった。
「アスカ、なんかあったか?」
「あった、あったけど……」
この子の骨を見ると、私と同じぐらいかちょっと小さいぐらいだ。そしてこの服。
「ここは祭壇だったんだ」
「祭壇?」
「これ見てください。多分この村の人たちが信仰していた神様だと思うんです。村には綺麗な細工物がほとんどありませんでしたけど、これだけはすごく丁寧です。きっと、ずっと守られてきたんでしょう」
「じゃあ、この白骨は?」
「多分私と同じ巫女だと思います。ずっとここで祈っていたんでしょう」
でも、巫女がいるぐらいの神様なら、加護もそこそこあるはずだ。絵姿でも見たことのない神様だけど、これだけ信仰を集めているんだから、当時はかなりの力を持っていたはずだ。なのにどうしてこんなことになったんだろう? ここで必死に祈り続けたんだろうか?
「アスカ、どうした? 大丈夫か」
「えっ、なにがですか?」
「泣いてるじゃないか……。ちょっと休むか?」
「へっ、本当だ。はい……」
よく分からないうちに涙を流していたみたいだ。いったん、調査を終わりにして地上に戻る。
「もうすぐ昼だし、ちょっと飯を食べたら、ひと眠りしよう」
「そうだな」
「じゃあ、僕も準備をするよ。あまり匂いの強いものが出来ないから、切るのが主になるけど」
「うん」
今日の昼食はサラダと干し肉だ。あっさりとしたサラダに干し肉の塩分が合わさって美味しかった。
「んじゃ、テントを出して寝るとするか。二時間交代で最初があたし、後でリュートな」
「はい」
「私は?」
「アスカはアルナもいるし休んでな。あたしはあれで寝てるからね」
「はい……」
ジャネットさんの言葉に甘えて、私はテントにもぐりこむ。う~ん、あまり寝ていないから、よく寝れそうだ。
「アスカは?」
「寝たよ。全く心配かける奴だ」
「感受性が強いし、あそこで何か感じたのかもしれません」
「やれやれ、全くとんだ遺跡巡りだよ。そうだ。アスカが寝たからティタ、代わりに三階の報告よろしくな」
「わかった」
「じゃあ、僕たちも寝ます」
「ああ、きちんとね」
こうして、グースカと眠る私を尻目に話し合いが行われていたのだった。
「……巫女よ。新しき力の巫女よ」
「うん?」
あれ? さっき気持ちよく寝たはずだけど……。目を覚ますと、いつぞやの不思議空間だ。どうしたんだろ?
「シェルレーネ様?」
「私はそのような名ではない。もはや名を残さぬ神だ」
「あ、あなたは祭壇の……」
そこにはさっき祭壇で見つけた銀の像と同じ顔の人がいた。
「あの……どうして?」
「そなたの心性が私の波長に合ったのだ。無論、そなた自身が神との関わりがあることも関係しておるが」
「それで、私に何の用でしょうか?」
「用というものは無い。ただ、最後に話をしたくてな」
「話? 最後?」
うう~ん、よく分からないなぁ。とりあえず、気になっていることから聞こう。
「うむ、話してみよ」
「では、なぜ村の人の声に応えなかったのですか?」
これは聞いておきたかった。あそこにいる人はもちろん、この村自体がこの神様を信仰していただろう。だから、聞いておきたかったのだ。
「なるほど。人の子よ、ではまず昔話をしよう。かつてある大陸には二つの信仰があった。一つは聖なる神の信仰、もう一つが私を祭る光の神の信仰だ」
「えっと、二つは違うものなんですか? 同じように聞こえるんですけど……」
「確かにどちらにも不浄を寄せ付けぬ力がある。以前から似ていると言われることもあった。だが、この二つは違うものだ。光は影や闇を照らし、その副次的な効果として邪を払う。一方の聖は邪を払う過程で、光を伴うことが多い」
「は、はぁ」
「まあ、聖なる力を分かりやすく言うなら聖水だな。聖水が光っていると思うか?」
「場合によってはそうかもしれませんけど、イメージとしては祝福された水ですから、見た目は普通の水ですかね?」
「であろう。聖属性は基本的に邪に対して力を持つ色の無い力だ。それ以外は癒しなどだな。光の場合はそういったものは側面にすぎん。たとえ退魔の力があろうと、それは主な力ではない。あくまで光そのものを扱うのだ」
「何となくですが分かりました。それでその話がどう関係してくるんです?」
「当時は他の大陸に私の信奉者が大勢いたものだ。しかし、ある時大量のアンデッドが世界中に現れたことがあった。これは魔王を名乗る死霊使いが引き起こしたことだったのだが、それに立ち向かう急先鋒として当然、私を信仰するものと聖なる神を信仰するものが立ち上がった」
「すごい話ですね。世界中ですか」
「うむ。大陸を問わず現れていたな。そこで二大勢力が立ち上がったわけだが……」
「ひょっとして活躍しなかったんですか?」
「バカを申すな。当然、どちらも大活躍だ!」
「なら、あなたにも強い力があったのでは?」
ますます、話が見えてこなくなった。
「そう急ぐでない。しかし、戦いが進むにつれ、二大勢力の力に明らかな違いが見て取れたのだ。まあ、元々違う力だから当然のことではあるが」
「同じように大活躍したのに違いがあるんですね」
「そうだ。元々、聖なる力自体は邪を払う、癒すこの二つに特化していた。信仰するもの、使えるものの中でどちらかしか出来ないものは少数という程にな。一方の光とは、邪を払うのは副次的でそもそもの効果ではない。払うことはできるが、光を使うものの中で癒しが使えるのは一握りだ。光ではなく水属性持ちによる癒しも多かった」
「でも、それって各属性の特色ですよね」
風は範囲回復できるけど、異常状態はどうにもできないし、火は回復は遅いけど、体調面に関して有効な特徴を持っている。
「だが、当時は人がどうなるかという不安の中での生活だった。ゆえに人は光を聖の下位であると吹聴し始めた。その時、目に見える効果が絶大だったからな。こうして光の信仰は薄れていき、聖なる神の下に置かれるようになった。いわゆる同一視だな」
「でも、神様としては違うんですよね」
「無論だ。しかし、いくら光の神を崇めたとしても、人々が思い描く姿が聖なる神だったとしたらどうだ? 信仰はどこに行くと思う?」
「聖なる神ですか?」
「左様。同一視されてしまえば、光の神を正しく神として認識できるものはたちまちいなくなった。神は寿命がない。しかし、ひとたび人に信仰されてしまえばその限りではない。すべての形ある信仰がなくなれば、神もまた消えるのだ」
「じゃあ、この村の人の信仰は?」
「わずかに私の真の姿を知る村だった。外界との接触がほぼなく、新たな神を良しとしない彼らはその信仰心で私という存在をここにつなぎ止めていたのだ。だが、ほぼすべての信仰をなくした私とその巫女が持つ力は惨めなものだった。たかだか、五体の魔物を防げぬほどに……」
「では、貴方に名前がないというのは?」
「もはや私を信仰するものはおらぬ。長年、人の世で集めていた力もこの場にてすべて使い果たした。それも、微々たるものだ。何もせずとも後数年で消え去っただろう」
「何とかしなかったんですか?」
「神とは受動的なもの。自ら行動を起こすものではない。それに……」
「それに?」
「自らを信じるものを守り切れぬ神にそれは大それたことだ」
「…………」
この神様は責任感の強い、すごい神様だったんだな。他の神様の下に落とされても、ひたすら自分を祭ってくれる人のために頑張ったんだ。
「でも、なんで私を呼んだんですか?」
「もうこの村には誰も来ず、消えるのを待つだけだった私にお前は最後に現れた光なのだ」
でも私、アラシェル様の巫女だしなぁ。
「なんと! そなた、高き信仰心を持っているとは思っていたが、あの女神の巫女か」
「あ、はい。まだまだ未熟ものですが……」
そういえば神様って人の考えが分かるんだっけ。ちょっと驚いたよ。
「かの神には大変世話になった。私の巫女の中にも、かの神により転生したものがいたのだ。このような巡り会わせがあろうとは……」
感慨深げに話す光の神様。多くの世界に干渉するアラシェル様って改めてすごい神様なんだなと思う。
「むぅ、そろそろ残りわずかとなってしまったか。かの女神の巫女よ、最後に我が力を受け取るがよい。我が巫女となるわけでもなく、何かが身に付くというわけでもないがな」
光の神様の姿が丸い球体になると私の中に吸い込まれていく。
「わわっ!」
「案ずるな。この力は汝が巫女として多くのものの信心を得ぬ限り発現せん」
「ち、力って?」
「もちろん光の力よ。私の最後の意地だ。聖なる神などに吸収される形で力を持って行かれるものか! この力は私と我が信仰のもとにもたらされたものだ!」
そう力強く叫ぶと、とうとう光は収まり消えていった。
「あっ……」
そして光が収まると共に、世界が崩壊していく。紛れもない神の力が消え、名も分からぬ一柱が消滅した証だ。




