孤児院訪問
食事も終えて、食器を片付けに行った後でこれからのことを話し合う。
「じゃあ、セティは神殿には連れて行かないんですね」
「本来ならそうするところなんだけど、そもそも神託で孤児院に居るように言われてるの。そんなことは初めてで環境だけでも知っておかないとと思って来たのですわ」
「そうだったんですね。ラーナちゃんのことでご迷惑をおかけします」
「何か関係があるのですか?」
「実はですね……」
私は夢のような空間での話をする。一応、ムルムルには手紙で伝えてるんだけど、テルンさんはそこまでは知らなかったみたい。
「なるほど。さすがはシェルレーネ様。慈愛の女神というか考えなしというか……」
「随分辛辣ですね」
「私がまだ巫女見習いとして各地を回っていた頃も何度神託に悩まされたことか。あの方は無理に難しく表現なさろうとするので真意もつかみにくいのです。今回の件も理解はしましたが、他にもやりようがあったようにも思いますし……」
「苦労されたんですね」
「今はムルムルに肩代わりさせているようで、申し訳ないと思っています。どうしても年長の私が神殿に居て彼女を地方にやってしまいますから」
「でも、本人は楽しんでるみたいですけどね」
「それがせめてもの救いですね。ですが、神殿への報告が大変です。巫女の資格がありながら神殿に行かないというのは前代未聞ですので」
「見習いということではいけないんですか?」
「そもそも巫女見習いと言うのは名目上で、若くして巫女になるものがしきたりなどに馴染むまでの猶予だったので、本来存在しないんです。それも神殿での生活が前提でしたので、通るかどうか……」
「神託でも難しいのでしょうか?」
「神託だからこそですね。今までの巫女の出身地などからは不公平だと言われるでしょう。見習い扱いと言えど巫女がそのまま街に留まるのですから」
「じゃあ、無理なんですか?」
「そうならないように何とかしてみます。セティがどのような子かは会ってみないと分かりませんが、本人の意志も大事ですから」
「お願いします」
セティちゃんだってラーナちゃんだって、きっとまだまだみんなと一緒に居たいはずだ。何とかそのまま生活できるようにしてあげたい。
「一応シスターにも頼んでいるのです」
「シスターさんに?」
「はい。彼女は敬虔なシェルレーネ教徒ですから。たまに様子を見に行ってもらい、巫女として十分な知識と生活が出来ていることを保証してもらえればと」
なるほど。後見人って感じなのかな? それなら何とかなるかも。それからも孤児院のことやムルムルがまだ神殿に来たばかりの頃の話を色々と聞くことが出来た。最初は借りてきた猫みたいに静かな子だったとか想像つかないな。
「~それで……。あら、もうこんな時間ね」
十六時の鐘が鳴って時刻を知らせてくれる。
「本当ですね」
「そろそろ向かいましょうか。さすがに時間ぎりぎりに着いたのでは体裁も悪いですし」
「そうですね」
私は教会に行くに相応しい服装に着替えて一緒に向かう。その前にと。
「エレンちゃん」
「どうしたのおねえちゃん。お出かけ?」
「うん。それと出かけてる間にディースさんが来たら、遅くなりますって言っておいて。ティタを預けてるの」
「分かった。お母さんに言っとくね」
「お願いね~」
エレンちゃんに言伝を頼んで教会へと向かう。
「こんにちは~」
「アスカおっそい!」
「ひゃ!」
教会に入るなり待ち構えていたムルムルに怒鳴られた。
「な、なに?」
「テルン様がいないから私一人で相手してたのよ。よりにもよって貴族の人と」
「えっ!? き、貴族の人は?」
「もう帰ったわよ。一人で相手するのは大変なんだからね。もっと早く帰ってきてくださいよ!」
「まあまあ、ムルムルは普段、地方にいることが多くて神殿でも貴族の方とはほとんど関わらないでしょう? いい経験になったのでは」
「それとこれとは話が違います。随分若い巫女さんですねってやな目で見られるんですよ。領主様の弟とか言ってましたけど、もう嫌です」
「う~ん。そればっかりは慣れしかないかしら。私も昔は苦労したもの」
「慣れたくないですよ」
「ムルムル、大変だったね」
「アスカ、慰めて~」
本当に嫌だったのか珍しくムルムルが私の胸に飛び込んできた。
「むっ! アスカ成長したわね」
「まあ、ちょっとは背も伸びたけど……」
「はぁ……いいわね。私は駄目そうだわ。今はまだアスカと同じぐらいだけど、来年くらいは抜かれてそうねどっちも」
「どっちも? まあ、背が伸びてくれる分には私は嬉しいよ」
「あら、御三方ともこのような場所にいないで、お部屋に戻られては? もうすぐ出発のお時間ですよ」
「そうだったわ。さ、行きましょ」
元気を取り戻したムルムルに連れられて私たちは部屋に行く。
「今回の慰問だけど、どちらかというと巫女の確認的な意味合いも強いから、出来るだけ私たちのどちらかと一緒に居させてほしいのよね。だから、それに合った服装でお願い」
「お願いされても……。だったら、テルンさんに大人っぽい格好をしてもらう方がいいかな? きっとそっちに注目が行くと思う」
「なるほど、一理ありますわね。では私はしっかり衣装を着ますので、ムルムル。よろしくお願いしますよ」
「私ですか!?」
「もちろんです。アスカ様と年齢も近いですし、その方が相手も安心するでしょう」
「分かりました。頑張ります」
テルンさんの期待のまなざしにやる気を出したムルムル。なんだかんだ言ってテルンさんのことすごく尊敬してるみたい。
「では、少々着替えてまいりますわね」
奥の着替えスペースに行って着替えるテルンさん。時折聞こえる衣擦れの音が大人っぽい。
「アスカは孤児院の子たちのことよく知ってるの?」
「前に劇をしに行ったからそこそこかな? でも、しょっちゅう行ってるわけじゃないよ」
「でも、初対面ってことはないのね。よろしくお願いね」
「ムルムルって意外とこういうの苦手なの?」
「苦手っていうか私が子どもの相手をする時って、巫女として接してくれるから好意的なのよね。話をするのも短時間だし、きちんと相手をしたことってほとんどないのよ」
意外だ。結構はきはきしてて民衆からの人気も高いムルムルにこんな一面があったなんて。
「大丈夫だよ。私と会話してるみたいな感じでやってれば。みんなよく話も聞いてくれるし。でも、そういうことならジャネットさんがいればよかったね」
「あの女剣士の人?」
「うん。子どもの相手とかすっごく上手いんだよ。私もびっくりしたけど、知ってる人の中では一番うまいかもね」
「そういえば今回はまだ見てないわね。どうしたの?」
「今、新しい装備を作ってもらいに王都の方に行ってるんだ。後一週間ぐらいは戻らないと思う」
「う~ん、残念ね。教えてもらえるかと思ったのに」
「そんなこと言ってないで、自分なりのやり方を見つけりゃいいのさ」
「何いきなり」
「ジャネットさんの真似。似てた?」
「似てた! っていうか言いそうね。そうよね、頑張ってみる」
「あらあら、お話は終わり?」
「テルンさん。準備は大丈夫ですか?」
「ええ」
「それじゃ行きましょうか」
私たちは再び教会の礼拝堂に赴く。
「みなさま、準備はお済ですか?」
「はい」
「では、私が案内させていただきます」
「シスターさんが?」
「ええ。後々のことも含めてですけれど」
そっか、テルンさんの言った通りなら、これからもシスターさんは孤児院に通うんだから、今のうちから会っておいた方がいいんだね。ちゃんと考えてくれてるんだラーナちゃんたちのこと。
シスターさんの案内の元、私たちは孤児院に向かう。もちろん護衛の人たちも一緒だ。今回は神殿の行いなので、いつもの二人だけではなく他にも数名護衛が付いている。
「出かけるのって本当に大変なんだね」
「今は出先だから少ない方よ。巫女二人だから質は高いけど」
「へ~、護衛にも色々あるんだね」
「そうね」
少し歩くと孤児院に着く。区画としては同じ区画にあるので、そこまで距離はない。
「こんにちは」
「あら、シスター様。本日はよろしくお願いいたします」
「こちらこそ。では、奥に入らせてくださいますか?」
「はい……どうぞこちらに」
院長先生がみんなを奥に案内する。ここで護衛の人はいつもの二人になる。他の人は孤児院の外を守るみたいだ。
「こちらへお願いします。狭いところで恐縮ですが」
「いいえ。ありがとうございます」
案内されたのは劇でも使った食堂だった。まあ、ここ以外に広い場所もないしね。庭もあるけどあっちでお話は無理だろう。
「みなさん。今日は水の巫女様が来てくださいましたよ」
「えっ、本当に来てくれたの?」
「すっげぇ~」
「こら、騒がないの」
「「は~い」」
子どもたちが静かになると、いよいよテルンさんから自己紹介だ。
「ただいま紹介に預かりました、水の巫女のテルンと申します。みなさんよろしくお願いします」
「同じく、紹介してもらいました水の巫女のムルムルよ。よろしくね」
「「よろしくおねがいします」」
元気に子どもたちが返事を返す。一先ずは安心だな。
「あれ? アスカも来てる」
「アスカさんでしょう?」
「なんで~?」
「付き添いだよ。みんなと会ったことがあるからって。そこのムルムルとはお友達なの」
「アスカねぇすごい! 水の巫女様とお友達なんだ」
「えっ、まあね」
へへへっと笑顔で返す。子どもたちからもムルムルと友達だって尊敬されるなんて、なんだか嬉しいな。そこから私繋がりでムルムルにみんな興味が移ったみたいで、一気に取り囲まれちゃった。
あれ? 打ち合わせと反対になっちゃったな。まあ、私とムルムルで子どもたちの相手をしたらいいかな、と思ってたんだけど……。
「ん……」
「どうしたのラーナちゃん?」
ラーナちゃんは席に座って膝をポンポンと叩く。来てほしいのかな?
「どうしたの?」
「ここ」
ラーナちゃんに言われるまま席に座ると、ストンと私の膝に移ってきた。
「私の膝の上痛くない?」
「大丈夫」
「あっ、ラーナまたアスカねぇ独り占めしてる。ずるいわよ」
「セティ。早い者勝ち」
「むぅ。次は負けないわよ」
私は誰かの所有物なのだろうか? 早い者勝ちでもないんだけど……。
「あら、アスカ様はたまに来るとおっしゃってましたが、随分仲が良いようですね。では、私も失礼して」
「わっ!」
テルンさんがセティを抱っこするとそのまま膝の上にのせてしまった。図らずもアラシェル様の巫女とシェルレーネ様の巫女同士の構図が出来た。
「み、巫女さま?」
「大丈夫ですよ。楽にしてください」
「……はい」
最初は緊張していたセティちゃんだったけど、少しずつ慣れてきたようだ。これなら、お話しできるかな?




