表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

番外編1 俺達、結婚します。

―――秋の初め。少しずつ冷たい風が混じるようになってきたその日、俺は上司に結婚の報告をした。


返ってきた答えは心からの「おめでとう」で、それから少し意外だったとも言われた。


少しだけ長い休みが欲しい、と言うと普段の仕事ぶりのおかげか返事は色よいOKで、これで実家にとりあえず行ける、と内心ほっとしたのは言うまでもない。


…雅子がうるさいからだ。


「あのよ向坂…」


「あ?」


そんなある日のことだった。上司に報告を終えて自分のデスクに戻ると、例によって例のごとく俺の同僚横川が、やけにおどおどしながら話しかけてきた。


何?と聞き返すとチラチラこちらを伺いながら言葉を続ける。


「おまえ…休みとったんだってな」


「とったけど?」


「その理由なんだけどさ…その…まさかとは思うんだが…俺の聞き間違いだと思うんだが…」


「あぁ、結婚するからだけど」


「頼むから嘘だって言ってくれよぉ〜!!」


答えを受けるや否や、横川はそう悲痛な声を上げた。


「オマエは一生プレイボーイなんじゃなかったのかよぉー。結婚しない仲間だと思ってたのは」


「おまえだけだ」


この俺とおまえを一緒にしないで欲しい。


椅子に座る横川を思いっきり睨み付けてやった。


「つーか、横川は結婚しないんじゃなくてできないんだろ」


「そんなほんとのこと言うなよぉ〜!!」


「えっ!?向坂センパイ、結婚するんですか!?!?」


割って入ってきた声は、もはや人の話に首を突っ込むのが通常スキルとなっている、東海林だ。


甲高い声+今は驚きに開かれた大きな目。


向かいのデスクに居ながらここまで毎回話に入ってくるとは、相当図太い。


「するけど。…そんなに驚くことか?」


「あたりまえじゃないですかぁ〜っ!『あの』向坂センパイですよ!!一体誰ですか!?誰が難攻不落のセンパイを落としたんですか!?」


「そうだよ…俺もそれを知りたいんだよ…どんだけレベル高い女が言い寄っても全く相手にしてなかったオマエが…気になって夜も眠れないよ…」


「あたしたちの知ってる人ですかぁ?」


東海林が目をキラキラさせて見上げてくる。


横川が恨めしそうに見上げてくる。


俺はそんな二人を無表情に見下ろす。


「……知ってるんじゃないか。この会社の受付嬢だから」


そう言うと、二人は一瞬固まって。


『あの、髪長くて背が高い美人なひと!?』


…そう、ハモッた。


―――俺は前から思ってたんだが、こいつら結構いいコンビだと思う。


…悪い意味で。


つらつらと考える俺を尻目に、横川と東海林の会話はエスカレートしていく。


「いや〜、あの人かぁ。確かにあの人ならありかもな。噂じゃ気も利いてなかなかの情報通らしいし」


「あぁ〜っ、あたしもそれ入社してすぐ聞きましたよ!分からないことがあったらまずその人に聞けば大概のことは知れる、って」


そっかあの人か〜、としきりに頷く二人を、俺はぴしゃりと遮った。


「違う。そっちじゃない」


『は?』


「…髪はボブの、背は低くて至ってふつうの顔の方」


『…え、そっち?』


言いながら、そうか客観的に見れば空ってそう見えるのかと初めて思った。


「って、あの…それ、向坂先輩自分で言っちゃいますか?」


「そうだ向坂、仮にも自分の婚約者だぞ?」


「だから、客観的に見たらって話だろ。俺から見たら―――って、なんでオマエらにこんなこと言わなきゃならないんだ?東海林、その生暖かい笑みはやめろ」


「えぇ〜、無理ですよぉ。だって、あのセンパイが」


「…いつからなんだ?」


変な方向に流れそうだった話を戻してくれたのは、打って変わって真面目な顔をした横川だった。


…ちょっとはまともな会話もできるじゃないか、と思ったのはさておいて。


俺は質問に対して、逆に質問で返した。


「それはどこにかかってる『いつから』だ?好きになったとき?付き合ったとき?それとも結婚を意識したとき?」


「全部だよっ」


横川は噛み付くように言う。


全部って、そんなの。


「最初からじゃねーの」


「…は?入社して初めて会ったときからってことか?一目ぼれ?」


「違う、そうじゃなくて。物心ついたときからってこと」


そう告げると、横川と、同じように聞いていた東海林が一瞬きょとんとする。


「もしかして二人…幼なじみなんですか?」


「あぁ」


「…マッ、マジですかそれー!えぇ〜っ、すごい!!向坂センパイの幼なじみなんて憧れるんですけどぉ!」


ついに東海林は椅子から立ち上がる。


「ていうか、羨ましい!もはや妬ましい!」


「東海林、ちょっと落ち着けよオマエ…。それにしても向坂、今までそんな情報、ひとっつも聞こえてこなかったぞ?なんで黙ってたんだ?」


「そーですよぉー!なんで教えてくれなかったんですか!?知ってたら他の子だってやりようが」


「それだよ」


これから昼休憩の俺は、上着と財布を手にして東海林の言葉を遮った。


「―――それがあるから誰にも言ってなかったんだよ。周りが何するか分かったもんじゃないだろ?空に辛い思いはさせたくないんだよ。分かったか?」


それだけ言い残して、俺は部屋を出た。


―――一瞬沈黙が流れて。


「きゃー!空だってぇ〜!聞きました、横川センパイ!」


「聞いた聞いた。ベタ惚れだな」


そう声が届いて、言うんじゃなかったと心底後悔した。




「ただいま…」


「お帰りー、どした?なんか疲れてる?」


「半端なく」


あの後いつも通り仕事をこなして―――至る所であの最悪コンビの冷やかしを受けたせいで、体力の消耗は著しかったが―――、いつも通り定時で帰ってきた。


電車と徒歩でもともと減っていたエネルギーが、もはや擦り切れたと言っても過言ではない。


俺は部屋に上がるなり、合皮のソファーにうつぶせで倒れこんだ。


「ご飯、私作ろうか?」


花さんと戯れていた空が、珍しく気遣わしげにそう俺の顔を覗き込んだ。


うわ、俺のこと専属コック扱いするこいつにそんなこと言われるくらい、俺疲れて見えてんの?



びっくりしながらも、体は起き上がらない。あぁ駄目だ…力入らね。


こんな状態なんだから、正直言って空の申し出はとてつもなくありがたい、というのが本音だ。


本音なんだけど―――。


「オマエ、俺を殺す気か?」


「今ここで死にたいの?」


…これも切実な問題なんだよ!だってオマエ、料理できないだろ!?なんか毒とか作っちゃうだろ!?


そう胸中では叫んでいても、実際は黙り込んでいる俺。


これ以上空の逆鱗に触れちゃ困るから、人生賢い選択をして生きましょう。


「…空、べつにオマエの料理が駄目だって言ってるわけじゃないぞ?ただ、人には向き不向きがあるって言う話で」


あぁだめだ、余計嘘っぽいこれ!


冷や汗を流す俺に、空は予想外に吹き出した。


「ぶ…っ、言ってるからそれ。いーよもう、私は料理しない方が良いっていうのは昔から分かってたことだし。それより花さん抱っこする?どーせ癒し欲しいとか言うんじゃないの?」


「…うん、言う。花さん連れてきて」


「はいよ」


うつぶせで寝る俺の前に、花さんが空の腕から降ろされる。


今日も悩殺の勢いだな花さんは…。


ゆっくり撫でてやると、彼女は本格的に枕元に座り込んで、喉を鳴らしはじめた。


「あー…まじ癒される。花さん最高」


小さく呟くと、それまでそばにいてその様子を眺めていた空が、呆れたため息を吐いた。


「……相変わらず花さんバカだね、海は。私、なんかできてるもの買ってくるから待ってて」


じゃ、行ってくるから―――そう続けてそばを離れようとした空を、俺は手首を掴んで引き止めた。


「いいよ、買ってこなくて」


「え、だってご飯―――」


「いいから」


「なんで……んっ、」


空の言葉を最後まで聞かずに、俺は唇を塞いだ。


中腰の空と、うつ伏せから上半身だけを起こして振り返っている形の俺。


掴んだ手首は、そのままで。


触れ合うだけのキスなら問題ないけど、だんだん深くなってくるとこの体勢はきついものがあった。


ていうか、軽くチュッとするだけのつもりだったんだけど、どうしよコレ。止まんねー。


「う…みっ…、はっ」


「……っ、」


だーかーらぁー、そういう声出すから俺だって止まらなくなるんだろ?


完全にソファーから立ち上がって、空の後頭部を右手で押さえ込んだ。


びく、と反応する空を無視してさらに舌を絡める。


耳に届く声は、どんどん艶っぽさを増していった。


…ヤバイ。俺が、ヤバイ。


一瞬だけ唇を離して、鼻と鼻が触れ合う距離で空、と名前を呼ぶ。


なによ、という強気の返答が可愛いんだけど、今は。


「ゴメン…このまま続けていいか」


「はっ?」


「もう止まれそうもない。これどうにかしないとメシなんて喰えねー」


これ、というのが空にも分かったらしい。顔を真っ赤にさせて、俺の胸に両手をつく。


「バッ…バッカじゃないの!?自分でどーにかしなさいよっ」


「バカはオマエだ!なんで相手がいるのに一人でしなきゃいけないんだ!オマエ鬼か!」


「うるさいうるさいうるさい!だって最初にキスしたの私じゃないもん!自業自得なんだから自分で責任とってよぉー!」


「ほー。じゃあオマエは俺がここでビデオとか上映会始めちゃっていいってことか?そういうことだな?」


「それは…っ」


ぐっと言葉を詰まらせる空に、俺は勝ったと勝利の笑みをその口に刻む。


「だろ?嫌だろ?だから―――いてっ」


いきなり右足の甲にちくっとした痛みを感じて、俺は顔をしかめた。


見ると、花さんが爪をだして引っ掻いている。


「にゃー」


「なんだよ花さん、やきもちか?仕方ないなぁ〜じゃあオマエもこっちくるか?」


抱き上げようとして手を伸ばすと、


「フーッ!!」


………めちゃめちゃ威嚇された。


なんだ?空をいじめるなってことか?


「花さーん!ありがとう、今このバカがね〜」


「おい、バカってなんだこのやろ」


しかも空が手を伸ばすのには、花さんは威嚇せずにおとなしく抱かれている。


なんなんだ二人して!


もう諦めた、と台所に向かう俺の耳に、空の消え入りそうな声が届いた。


「海…」


「あ?」


「あの…嫌なんじゃないからね?その…恥ずかしい、だけだから。まだ、い、痛いし…」


「―――」


回れ右して、空のもとまで戻る。


頭をポンポン、と叩いて俺は苦笑した。


「分かってるよ。そんな泣きそうな声出すな」


「な、泣いてないし…」


「言うと思った」


ま、なんだかんだ言って幸せなんだよな、と改めて思う。


「…そういえばね、今日杉浦先輩に海とのこと聞かれた。実は幼なじみだって言ったら『最初っから聞いてない!』って怒られた」


「だろーな。今日上司に結婚するって報告したから」


情報はいくらでも漏れてるだろ。


「それよりオマエ、なんもされなかった?」


なんのことを聞いたのかは空も重々承知しているのだろう、笑顔でこくりと頷く。


「結婚ってなるとさすがに皆戦闘意欲失うみたい。あと何より、杉浦先輩と一緒にいると権力強いから」


「あー…なるほどね。すっげぇ納得。まぁ、助かるな、俺がずっと一緒にいられるわけじゃないし」


そう言うと、空は一瞬安心しきった笑顔を覗かせた。


「…うん。私は大丈夫だから。海は、しっかり稼いできてね」


「…これ以上、まだ稼げと?」


「…あのね?誰のせいでそうなったか分かってる?もし赤ちゃんできたら、お金ないと困るんだから」


う…それを言われると弱い。


「ま、まぁお金は任せとけ。だてにエリートじゃないぞ」


「そ、ならいいけど」


ソファーに腰を下ろしながら、空は呟く。


「―――でもしばらくは、ふたりきりの結婚生活楽しみたいなぁ」


横顔に、心臓が跳ねた。


―――最後は、こいつの言う通りにしちゃうんだろうなぁ。


そんなことを思った、ある初秋の晩だった。


はい、お待たせしまして申し訳ございませんでした!番外編となります^∀^お気づきの方もいらっしゃるでしょうが…そうです、『1』ということは2もあります(笑)時系列的にはこれより更にもう少しあとになりますかねー゜∀゜そんなわけで、もうしばしお待ちを\(^O^)/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ