098 洞窟
準備を終え、出発する。
木々が殆どなく、岩肌がむき出しになった山を歩いて行く。
岩と岩の間には、ちろちろと小さく水が流れている。これを目印に歩いて行けば洞窟に辿り着くはずだ。
ときどき聞こえる、こちらを威嚇するかのような飛竜の鳴き声が鬱陶しい。
その度に、堅い拳さんや戦士の二人が、びくりと体を震わせ反応している。警戒し過ぎな気がする。もしかすると、だまし討ちに近い形で自分たちの神の元へ向かっているのがバレていないか、そんなことを考えてビクビクしているのかもしれない。
「あの飛竜は竜の王の使いなんですか?」
「生け贄を出さなかった時には里を襲撃する、生け贄を運んでいる時は襲ってこない、それらのことから、ファア・アズナバール様の使徒だと思われているのです」
学ぶ赤さんが答えてくれる。
見上げた空には、数え切れないほどの飛竜が、我が物顔で飛び交っている。
もし、あの飛竜が邪なる竜の王が使役しているものだとしたら、少し厄介かもしれない。
「竜の王と戦っている時に乱入されないでしょうか?」
「それは大丈夫なのです。ファア・アズナバール様が居られる洞窟には、やつらは入ってこないのです」
今度は堅い拳さんが答えてくれた。
「どうして、そう言えるんですか?」
「物理的に入れないからなのです」
「物理的に?」
「そうなのです。やつらが入るには洞窟の入り口が小さすぎるのです」
洞窟の入り口が小さい?
それって……。
「竜の王はどうやって出入りしているんですか?」
飛竜が入れない大きさの入り口の洞窟の奥に住んでいる。それって、竜の王はかなり小さいってこと?
「ファア・アズナバール様が外に出ることはないのです」
「もし、外に出られるなら、洞窟を破壊して出ると思うのです」
堅い拳さんの言葉を学ぶ赤さんが引き継いで答えてくれる。出かける度に洞窟を壊すなんて、とてもスケールが大きい王様のようだ。
山を少しだけ登り、そこから周り込むように岩と岩の間を抜け、裾へと降りていく。崖下を歩くような感じだ。
ぐるりと山の中心へと向かうように歩き続け、日が暮れ始めた頃には、岩肌をくり抜いて作られた大きな入り口が見えてきた。
「ここが入り口なのです」
洞窟の入り口は大きい。飛竜でも、羽をたためば普通に入れそうだ。ただ、羽をたためてまで飛竜が入ってくるとは思えないし、通れても一匹がやっとの大きさだ。入っている途中で渋滞が起きるだろう。
一瞬、飛竜が入れそうではと思ったが、堅い拳さんの言うとおりだったと思い直した。
「今日はここで野営するのです」
このまま突入はせず、一泊するようだ。
最後の休憩だ。
「そういえば、洞窟の中の明るさはどうなっているんでしょうか?」
うっかりしていた。学ぶ赤さんたちは暗闇でも物が見えるため、それを基準にしている可能性がある。いざ、竜の王と戦うという時に暗くて見えないなんて状況は勘弁して欲しい。
「大丈夫なのです。祭壇のある場所は陽の光が差し込んでいるのです」
「それって……」
「天井に穴が開いているのです」
なるほど。
竜の王が外に出かける時は、その穴を壊して外出するのかもしれない。
野営の準備が終わり、いつもの干しキノコを食べる。
『なんだか、学ぶ赤さんがキノコに飽きたって言っていたのが分かった気がするよ。三日間干しキノコしか食べていないから、それだけでも、もう飽きてきたよ』
『最初は美味しいって言っていたのが嘘のようなのじゃ』
銀のイフリーダは皮肉そうに唇の端を上げ、ニヤリと笑っていた。
食事を終え、簡易寝具に横になって眠る。
そして、その日は……夢を見なかった。
朝日の眩しさに目が覚める。
『いよいよだね』
洞窟は昨日と変わらず、大きな口を開け、自分たちが入ってくるのを待っている。
「今日、戻ってこなかった時は里に戻り、失敗したことを伝えるのです」
堅い拳さんが、この場に残る戦士の二人に指示を出している。そして、戦士の二人から、矢などの戦う為の道具など、荷物の一部を受け取っていた。
その戦士の二人に見送られ、洞窟の中へと入る。
洞窟の中は、地面から石が尖った棘のように伸びている。上を見れば、天井からもつららのように石が伸びていた。天井から尖った石が落ちてこないか心配になる。
薄暗い洞窟を進む。
湿り気を帯びた空気に答えるように、つらら石から水がしたたり落ちていた。
と、その途中で足が止まる。
「うえ」
思わず声が出た。
洞窟の奥から、生臭い、何かが腐ったかのような異臭が漂ってきた。
匂いは奥に進めば、進むほど強くなっていく。
鼻が曲がりそうだ。
先頭を歩いている二人は気にした様子がない。匂いを感じないのだろうか。
我慢できず、法衣の袖を破り、それを丸めて鼻の中に入れる。これで匂いは我慢できるようになった……はずだ。
そのまましばらく歩き続けると、小さな祭壇が見えてきた。
「目的地なのです」
石が盛り上がって作られた天然の台座の側には、明かりの灯っていない燭台や祭儀の為と思われるよく分からない道具が並んでいる。
そして、その祭壇の後ろは崖になっていた。
崖の下には……大きな翼を持った巨大な赤竜が丸くなっていた。四つ足に長い首、巨大な羽、まさしく竜だ。
『これが邪なる竜の王……』
ついに辿り着いた。
「ソラ、ここから降りるのです」
堅い拳さんが手頃な柱に紐を結びつけ、崖下へと降ろしていた。その紐は、先ほど受け取っていた道具の一つなのだろう。
長く伸びた紐を伝い、下へと降りていく。
「これ、普段はどうしているんですか?」
「生け贄は祭壇から飛び降りるのです」
堅い拳さんの短い言葉の中には隠しきれない怒りの色が含まれていた。
高い。
この高さから飛び降りれば、死は確実だ。
身を差し出す、まさしく生け贄だ。
紐を伝い、こちらを一飲みできそうな、大人と赤子ほどのサイズ差がある巨大な竜の元へと降りていく。
『これ、帰る時が大変だよね』
そして、丸くなって眠っていたはずの竜の王の首が動いた。




