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ソライフ  作者: 無為無策の雪ノ葉
竜の聖域

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090 鍛冶場

「どういった作業を行っているか、見ていても良いですか?」

 今日の予定は――特にない。武器を預けてしまっているので、狩りに行くことも出来ない。


 頭に金属の輪っかを着けた職人蜥蜴人が、腕を組み、少しだけ考え込む。そして、学ぶ赤と自分を見比べて、小さくため息を吐いた。

「分かったのです。今日だけは許可するのです」

「ありがとうございます。邪魔にならないように気をつけます」

 彼らの仕事の邪魔をすれば、それだけ武器の完成が遅れてしまう。


「隣の部屋は、先ほど、火を入れた炉になっているのです。ここからでは分からないくらいに熱いので気をつけるのです」

 職人蜥蜴人は腕を振りながら、部屋の奥へと消えていった。自分の作業があるのだろう。


 さて、見学の許可は貰ったがどうしようか。


 他の職人蜥蜴人たちも忙しそうに動いている。


 一人の職人蜥蜴人が壺からマナ結晶を取り出し、彼らが用意した鉄の容器に移し替えていた。その職人蜥蜴人は、周囲の職人蜥蜴人よりも背が低く、肌がつるつるだった。そんな、職人蜥蜴人が、作業を行いながら話しかけてきた。

「この器は、何処で手に入れたのです?」

「私、私なのです。私が作ったのです!」

 学ぶ赤さんが手を上げる。この地では物作りは職人だけしか出来ない特権だと聞いたはずなのだが、そういった作業を行ったと伝えても問題ないのだろうか。


「あ、ああ、なのです」

 話しかけてきた背の低い職人蜥蜴人は、学ぶ赤の勢いに押されるように、少しだけ顔を引きつらせていた。


「あんたは院に入るよりも、職人になった方が良かったと思うのです」

「私には職人の力もあったのです!」

 学ぶ赤の言葉に職人蜥蜴人は首を横に振った。

「職人蜥蜴人は、ば……変わり者が多いのです。あんたならなじめたのです」

「優れた形なのです。才能なのです」

 学ぶ赤は、壺を指差して、そんなことを言っている。職人蜥蜴人は学ぶ赤の、そんな様子を見て呆れていた。


「ヒトシュが作ったものなら、仕方が無いと思ったのです。同胞が職人の領域に踏み入るのは感心しないのです。後で院の方に抗議を入れておくのです」

「そ、それは、止めて欲しいのです」

 学ぶ赤はしょんぼりとしている。


 この結果は分かっていたはずだから、言わなければ良かったのに。それでも言ってしまったのは、壺を褒めて欲しかったからだろうか。

「学ぶ赤さんの壺、独特のデザインで悪くないと思いますよ」

「はい、なのです。分かってくれるのはソラだけなのです」


 そんなやりとりをしていると、先ほどの背が低い職人蜥蜴人がぽつりと呟いた。

「少ないのです……」

「マナ結晶が足りませんでしたか?」

「数としては破格の量なのです。これだけの量を持ってくる戦士は稀なのです」

「では、大きさですか?」

 そこで職人蜥蜴人が慌てて首を横に振った。

「これより大きいとか、扱いに困るのです。そうではないのです。今回、特注品が多いので、それが問題だと思ったのです」

「どういうことです?」

「弓程度なら結晶一、二個で交換出来るのです。鉄を多く使うような槍などは、この結晶が十個くらいは必要になるのです。そして、ヒトシュの戦士、あんたは大きな盾を要望したのです。それは、これ全部でも足りないくらいになるのです」

「もしかして、鉄を使う量で必要なマナ結晶の数が変わるということですか?」

「そうなのです。何故、これで引き受けたのか……」


「それは、ソラがファア・アズナバール様を鎮める為に動いてくれるからなのです」

 学ぶ赤が職人蜥蜴人の言葉を遮って、そんなことを言っていた。


「それは分かるのです。しかし、職人が生け贄になることはないのです。それを考える必要はないと思うのです」

 職人は特権階級のようだ。確かに、物作りが、ここだけでしか行われていないのなら、それが出来る人たちは貴重だろう。


 でも、と思う。


 同じ蜥蜴人なのに、自分は関係ないからというのは……。


 そこで、口を開いていた背の低い職人蜥蜴人の頭に大きなげんこつが落ちた。

「見習いが生意気な口を叩くんじゃないのです。その口を動かしている間に手を動かすのです」

 最初に出会った職人蜥蜴人が戻ってきたようだ。

「りょ、了解なのです」

 どうやら、この背の低い蜥蜴人は見習いのようだ。もしかすると、あまり見分けはつかないが、この蜥蜴人は子どもなのかもしれない。


 そう考えると、学ぶ赤は子どもに壺を自慢していたことになる。


 そっかー、そっかー。


「そんなに、暇そうにしているなら、彼らの解説でもやっていれば良いのです」

「えーっと、良いんですか?」

 これから忙しくなるのに、良いのだろうか。

「見習いが出来ることなんて限られているのです。それに、見ることも、誰かに説明することも、勉強になるのです」

 それだけ言うと職人蜥蜴人は隣の部屋に消えていった。その時に開かれた重そうな扉からは、もやっとした熱風が漏れていた。周囲が肌寒いだけに、その差が激しい。


「解説するのです」

 用意した鉄の容器にマナ結晶を移し替え終わった見習い蜥蜴人が、少しだけ口を尖らせて、そんなことを言っていた。


 疑問に思ったことを聞いてみようかな。


「鉄は貴重なの?」

「この下が鉄の鉱床になっているのです。数には限りがあるのです」

 下が鉱床?

「この建物から、洞窟か何かに通じているの?」

「何を言っているのです? ここに鉄が沢山残っていたから、作業場にしているのです」

「残っている?」

「そうなのです。ここの鉱床では、沢山の鉄が残っているのです。それを溶かして加工するのです」

 よく分からなかった。


「鍛冶場を見せて貰っても良いですか?」

「分かったのです。こちらなのです。熱いので気をつけるのです」

 重そうな扉を開け、隣の部屋に入る。


 そこは熱が充満していた。


 建物をくり抜き、そこを炉としているようだ。鉄を溶かす火力を得るためか、送風のための大きなふいごも見える。

「ここで鉄を溶かし、形を作っているのです」


「見習い、暇なら、水を足せなのです」

「は、はいなのです!」

 見習い蜥蜴人は解説の途中で駆け出した。解説役がすぐに消えてしまった。


 見習い蜥蜴人は外まで水を汲みに行ったのかもしれない。この建物は水に囲まれている。いや、水没している。水に困ることはないだろう。


「熱いのです」

 付き添ってきていた学ぶ赤が熱さで間抜けな顔になっていた。学ぶ赤は職人に向いていないようだ。

「出ましょうか」

 見たいものは見られたので鍛冶場から出ることにした。


 すると一人の職人蜥蜴人が近寄ってきた。手には紐のようなものを持っている。

「動かないで欲しいのです」

 近寄ってきた職人蜥蜴人は手に持った紐を、こちらの体に這わすように、伸ばしたり、縮めたりしている。

「分かったのです。もう大丈夫なのです」

 それだけ言うと、すぐに何処かに行ってしまった。もしかして、採寸していたのだろうか。


「ま、待たせたのです」

 水の運搬を終えたと思われる見習い蜥蜴人が息を切らせながら戻ってきた。

「解説の続きをお願いします」

 呼吸を整え、見習い蜥蜴人が頷く。

「任せるのです」


 そんな感じで、武具を依頼をした初日は過ぎていった。

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