054 力
東の森へ入るとスコルもついてきた。一緒に来てくれるようだ。
「ガル」
そんなスコルは何処か警戒するように周囲をキョロキョロと見回している。
そして、その後ろを、何処か怯えるような表情で学ぶ赤が歩いていた。あまりにも慎重過ぎる気がする。
「ヒトシュのソラよ。ここは魔獣が跳梁跋扈する恐ろしいところなのです」
と、学ぶ赤は警戒している。
何度も往復した場所だ。今更、ここにそんな危険はないと思っていたが、学ぶ赤の言葉を聞いて、改めて油断しないように、と気を引き締めた。
スコルと同じように周囲を警戒しながら、ゆっくりと歩く。
『うむ。ソラよ、良い心がけなのじゃ』
『うん。昨日も通ったばかりで、いつも来ているところだからね。少し油断していたかも。そういう意味では学ぶ赤さんがいてくれて良かったかな』
そのまま東の森を歩いていると、自分の横を歩いていた銀のイフリーダの足が止まった。その反応に気付き、すぐに周囲を見回す。
スコルも何かに気付いたように周囲を見回し、そして上を見つめた。つられて自分も上を見る。
「と、突然、どうしたのです」
学ぶ赤は突然足を止めたこちらに驚き慌てている。
『ソラ、魔獣なのじゃ!』
『みたいだね』
頭上から鋭い針のようなものが飛んでくる。皆の前に出て、それを左手に持った折れた剣で叩き落とす。
飛んできた先にある木の枝の上には薄暗い森の中でも分かる野獣の眼光があった。
『うん、魔獣だね』
『うむ。ソラよ、油断しないようにするのじゃ』
銀のイフリーダの言葉に頷く。
木の枝の上の眼光が増えていく。この場所に集まってきているようだ。
「ガアァァァッ!」
スコルが大きく吼える。
その咆哮に反応したのか、集まった魔獣の何匹かが木の枝から飛び降り、こちらへと向かってきた。それはいつか見た尻尾を膨らませた手のひらサイズの黄色い毛皮の小動物だった。
小動物は途中で足を止め、こちらと距離を取り、膨らませた尻尾から針を飛ばす。それを折れた剣で叩き落とす。飛んでくる針は骨の王の攻撃と比べたら遅い。自分でも見てから対処できる速度だ。
スコルを見れば、うんざりした顔で前足を使って器用にはたき落としていた。
心配だった学ぶ赤も袖の長い法衣をはためかせ針から身を守っている。こちらが思っていたよりも学ぶ赤は戦える人なのかもしれない。
「ガル」
スコルが吼える。それに頷き、小動物の群れへと二人で駆ける。
折れた剣で針を防ぎ、右手に持った石の斧で小動物を叩き潰す。スコルは群れの中心へと踏み込み、前足で踏み潰し、その牙で食いちぎっていた。
スコルが小動物をまるごと口の中に入れ、かみ砕き、飲み込む。そして、口の中で引っかかっていたのか、尻尾にくっつていた棘を器用に吐き出していた。
「スコル、そのまま食べて大丈夫なの?」
「ガル」
群がる小動物を処理しているスコルは、いつものことだ、という感じで吼えている。
スコルにばかり任せてられない。こちらも小動物を処理しないと、だ。
石の斧で叩き潰す、叩き潰す。こちらの体に取り付こうとした小動物を蹴り飛ばし、近くの小動物を叩き潰す。毛皮が傷んでもったいないという気持ちが沸いてくるが、今はそれどころではないと振り払う。
ずいぶんと数が多い。
これも学ぶ赤が語っていた均衡が崩れた、という影響だろうか。
「あっ、痛っ!」
死角から飛んできた針の一つが、角度が悪かったのか、服の袖を切り裂いた。中の傷自体はうっすらと血がにじむ程度で大したことはない。問題は服の袖に傷がついたことだ。手持ちの服はこれ一着だ。ただでさえ、度重なる戦いでボロボロになってしまっているのに、このままだと着る物がなくなってしまう。
着る物?
そこで学ぶ赤を見る。素材は分からないが上等な法衣を着ている。
恩を返して貰う時に期待しておこう。
小動物に噛みつかれる。それを振り払う。そして新しい小動物に石の斧を叩きつける。
また噛みつかれる。そのまま地面に叩きつける。
飛んできた針が刺さる。見えていても数が多くて対処しきれない。
今の自分では、そこまで苦戦する相手ではないようだが、とにかく数が多い。
「ガアアァァッ!」
スコルが小動物を威嚇するように大きな声で吼える。
「ガアアアッ!」
戦い続け、スコルがもう一度、威嚇するように吼えたところで小動物たちは逃げ出した。
戦いは終わった。
「数が厄介だったね」
周囲は小動物の死骸だらけだ。その殆どが叩き潰してぐちゃぐちゃになっている死骸だ。
「はぁ、もったいなかったなぁ」
殺した小動物たちを背中の籠に入れていく。スコルは、転がっている死体をそのまま噛みちぎり食べていた。バリバリと音を立てて喰らっている。
「ヒトシュのソラよ。戦いで傷を負ったように見えたのです」
と、そこで戦いには参加しなかった学ぶ赤が駆け寄ってきた。
「傷を負ったといっても殆どがかすり傷です。そのうち治ります」
学ぶ赤は、腕を組み、少しだけ難しい顔でこちらを見る。
「ヒトシュのソラに、私の力を見せておくのです」
そう言うが早いか学ぶ赤がこちらの傷に手をかざした。
「水流と門の神ゲーディア、水門を開き癒やしの力を授けて欲しいのです――アクアヒール!」
自分の傷の上にうっすらと水の膜が張られ、そして、それが体に染みこんでいく。
傷が、みるみるうちに消えていく。チクチク、ジクジクとした痛みも消える。
「これは、凄いですね」
「これが私の癒やしの力なのです。少しくらいの傷なら治すのですよ」
学ぶ赤がニヤリと笑う。
「これはどの程度までの傷を治してくれるのですか?」
「欠損は難しいのです。それとあまり大きな傷になると、こちらのマナが持たないのです。なので、あまり過信されると、それはそれで困るのです」
学ぶ赤は肩を竦めている。
自分が使う神法キュアよりも即効性があるようだが、学ぶ赤の言葉から考えると、あまり頼らない方がいいのかもしれない。
「ありがとうございます。もう大丈夫なので出発します」
自分が歩き出すと学ぶ赤が驚いた顔をした。
「ヒトシュのソラ、まだ奥に向かうのですか? 先ほどの戦いを見ていると無茶をしているようで心配になるのです。ここで一度戻ることをおすすめするのです」
自分としては充分戦えていたつもりだったが、学ぶ赤からすると不安な戦いだったようだ。
学ぶ赤の住んでいる地では、自分と比較して、もっとしっかりと戦える人がいるのかもしれない。
学ぶ赤は、書籍化すると、美少女に変更をお願いしますとか言われそうなキャラです。




