332 ぶちかませ、レーム
「覚悟するのです」
次の国が弓を構える。
『待って!』
真っ赤な猫が、その射線を塞ぐように立ち塞がる。
「何故、邪魔をするのです」
次の国が立ち塞がった真っ赤な猫を抜けようとその右側へ。真っ赤な猫はすぐにそちら側へと動き、次の国の動きを封じる。
今度は左側へ。真っ赤な猫もそちら側へ。二人で向かい合いじりじりと牽制を繰り返している。
……。
何をやっているのだろうか。
「えーっと、次の国は何のために、この公国に来たんですか?」
僕の言葉を聞いて、次の国が足を止める。そして、何かを思い出したかのように手を叩く。
「そうなのです! そこの、魔王の城に入るための力を寄こすのです!」
次の国が立ち塞がっている真っ赤な猫の横から、なんとか顔だけを覗かせて叫んでいた。
黒いマナを纏ったラーラは無反応だ。
……。
言葉が通じていないのだろうか。
いや、違うか。あの庭園で話した時は普通に会話が出来ていた。
――そうだ。僕たちは普通にこちらの言葉で話しかけているのに、ラーラはしっかりと意味を理解し、返事をしている。昔のラーラは古代語が喋れただろうか。覚えていない。
……。
いや、魔王と同盟を組むくらいなのだから、古代語を喋るくらい普通か。
「話がしたい」
ラーラに問いかける。
「今更、話すことはないと思いますが?」
ラーラが首を横に振る。
「な、なんでこやつの言葉には返事をするのです!」
次の国が大きく口開けてこちらへと振り返った。
……次の国は無視しよう。
「魔王に手を貸すのは止めませんか?」
「何を今更」
黒いマナを纏ったラーラが笑う。
『何で! 何で! 私の声が聞こえないの! 何で!』
真っ赤な猫がラーラへと叫ぶ。
しかし、その言葉は届かない。
「魔王は人の解放を謳っています。でも、やっていることは真逆です」
「それが?」
黒いマナを纏ったラーラは首を傾げる。それが、だって?
どういうことだろう?
「えーっと、神からの解放という言葉を信じて魔王の側に着いたのでは?」
黒いマナを纏ったラーラが笑う。楽しそうに笑う。
「そうでした。そうでしたね」
笑っている。
「もういいから倒すのです。その方が早いのです」
次の国は弓を振り回している。
……。
いや、倒したら駄目だと思うのです。魔王の宮殿に入るための手段を聞き出せなければ、ここまで来た意味がない。
「ふふ。私を倒せるなら、その答えを教えましょう」
ラーラが笑っている。
答え、か。何故、魔王の味方をしているか、か。
『もう! どうしてそうなるの!』
真っ赤な猫は地団駄を踏んでいる。
『もうここまで来たら戦うしかないと思うぞ』
『そうですね』
……でも、だ。
ラーラのこの自信は何だろう?
もしかして、わざと負けるつもりなのだろうか。
「僕たちに勝てると? あなたがカノンさんやセツさんほど強いとは思えません」
「魔王陛下の将軍たちですね。ですが、それはどうでしょう」
ラーラが手を伸ばす。
そこに黒いマナが集まる。
黒いマナが集まり、長い棒に、杖へと、その姿を変える。そして、杖の先端から刃が伸びる。まるで命を刈り取るかのような黒い刃が伸びる。
「行きますよ」
ラーラが黒い刃を持ち、こちらへと歩いてくる。
『戦いは避けられないようだな』
『ですね』
真っ赤な猫を見る。
……。
『うむ。我らに刃向かった間違いを正すのじゃ!』
銀のイフリーダはやる気だ。
真っ赤な猫は大きなため息を吐き出し、ラーラの方へと向き直る。
『分かった。ラーラには、ちょっとお仕置きが必要ってことね』
「ん、あ、どういうことなのです?」
次の国はキョロキョロと首を動かしている。
「とりあえず大人しくなって貰います」
『ああ。まずは自分が行こう』
レームが剣を引き抜く。
『ちょっと! ここは私に譲るところじゃないの!』
真っ赤な猫が叫ぶ。が、それを無視してレームが駆ける。真っ赤な猫の背を飛び越え、頭上からラーラへと斬りかかる――といっても本気ではない。あくまで動きを封じる程度の一撃だ。
……。
「それが本気ですか?」
ラーラの姿が消える。
次の瞬間には黒い刃の一撃によってレームが吹き飛ばされていた。
レームは本気ではなかった。だけど、だ。それでも剣の素人のはずのラーラに、こんなにも簡単に吹き飛ばされるだろうか。レームが、こんな、何も出来ず、為す術もなくやられるはずがない。
それに、だ。鎧を着込んだレームを吹き飛ばす? どれだけの力があればそんなことが出来る? そんな力があるようには見えない。
カノンやセツが黒いマナの力を得たとしても、こんな――レームを一撃でなんて出来るはずがない。レームはそんなに弱くない。
どうなっているのだろう?
真っ赤な猫も驚いた顔で飛んでいったレームの方を見ている。
『どう……なっているの?』
これが本当の黒いマナの力?
いや、そんな……。
セツと戦っている僕は黒いマナの力を知っている。それは恐ろしい力だった。セツの力を何倍にも高めていた。だけど、あれは元々、戦うことに、戦う素養の、資質と経験のあるセツだから、こそだ。
ラーラは――かつてのラーラは戦う力なんて殆ど持っていなかったはずだ。
いくら黒いマナの力を使っているからって、突然、戦いの才能に目覚めるなんてあり得ないはずだ。
この城で戦った騎士たちは弱かった。話にならないほど弱かった。
もし、黒いマナで何とかなるのなら、騎士を強化していれば、僕たちはもっと苦戦したはずだ。ここまでたどり着けなかったはずだ。
おかしい。
『レーム、無事ですか?』
レームからの返事はない。
……。
「人なんて全て滅びれば良いのです」
黒い刃を構えたラーラが笑う。
笑っている。




