272 かつて
森に踏み入る。
……。
森の中に、以前は無かった道のようなものが作られている。これなら暴れ馬でも問題無く進めるだろう。
森の中を進む。
……。
魔獣の姿を見かけない。
『魔獣の気配を感じない』
何処にも見えない。外からでは異様な雰囲気に包まれていたように見えたのに、中は不気味なくらい静かだ。
『ふむ。確かに感じないのじゃ』
『ああ。この辺りは交易のための魔獣狩りが終わっているはずだからな』
暴れ馬の上からレームが教えてくれる。
『交易?』
『ああ。交易は続いていたんだよ。皆で協力して、魔獣を狩り、交易をし易くしたのだが、それが仇となって一気に都市部まで攻め込まれてしまった』
骸骨姿のレームが肩を竦めている。冗談ぽく話してくれているが、内心は穏やかではないだろう。自分が、自分の住む国の滅びる原因を作ってしまったのだから。
『そうなんだ。となると、当分は安全に進めるかな』
『魔獣に関してはそうだろうな』
魔獣に関しては、か。
確かにその通りだ。
この禁忌の地には、魔獣よりも厄介な――かつてはそれが頼もしかった人たちがいる。
いくら、マナの流れで気配が読めるから、と油断していては危ない。僕が迷宮の闇の中でやっていたようにマナの気配を抑え込み、隠れている可能性だってあるのだから。
森の中を進む。作られた道を――道とも言えない道を歩く。
『交流がなくなってからは道を通っている人は殆ど居なかったみたいだね』
以前はもう少し歩きやすかったのだろうか。道の上に草が生え、森の侵食が始まっている。
『ソラの、ああ、いや、ソラのことではないが……』
レームが骸骨頭の頬を掻いている。掻くような頬は見えないのに。
『そうですね。そこは魔王と呼んで欲しいです』
都市の廃墟で出会ったボロ布の男は魔王と呼んでいた。ならば、そう呼ぶのがあいつには相応しいだろう。
『では、魔王と呼ぶよ。その魔王が治める地に好き好んで来るような愚か者がいるだろうか』
『それは……確かに』
平原の戦場跡。多くの死が生まれていた。その殆どはヒトシュだろう。そんな死を生む存在が治める地に向かうのはただの自殺行為だ。
……当然、か。
『それに、だ。この地には、人が、もう殆ど生き残っていない』
人が残っていない?
『それは……』
『ソラ、自分の故郷は滅びたんだよ』
レームの骨の眼孔に暗い炎が灯る。
『人はもう居ないということですか?』
レームは首を横に振る。
『あくまで、この地には、ということかな。自分も知らないような遠くの国になら……いや、近くでも公国に人はまだ居るだろう。あの国は最後の戦いにおいて不干渉を貫いた。だから、生存している。だが、それもいつまで持つだろうな。魔王が攻める気になれば終わりだ』
レームは肩を竦めている。公国、か。確か、あの赤髪の少女ローラの故郷だっただろうか。故郷に戻った青髪の少女は無事なのだろうか?
『近くではそれくらいですか』
『いや、獣人の住む獣国があるには……ある、が、しかし、あそこは……』
レームの口調は何処か苦々しいものだ。
『どうしたんです?』
『獣国を国と呼んで良いのか、獣人を人と呼んで良いのか、少し思うところがあるんだよ』
レームの言葉には何処か棘がある。獣国を、獣人をあまり良く思っていないようだ。
『それは? しかし、獣人もヒトシュなのでは?』
『ああ、すまない。色々な種族が仲間にいたソラには不快だったかもしれない。獣人にだって良いヤツは居るだろうことは頭では分かっているんだよ』
そう言ってレームは自分の頭を軽く叩く。そこにあるのは白い頭蓋骨だけだ。
『だが、故郷を狙っていた相手を、こちらの足を引っ張ろうとしていた相手には、どうしても偏見を持ってしまう。あいつらは今の状況でも笑っているだろうからな。次は自分たちの番かもしれないというのに、だ』
レームが拳を力強く握りしめている。それだけ思うところがあるのだろう。
……。
残っているのは公国と獣国、か。どちらも一筋縄ではいきそうにない国のようだ。だが、レームの話を聞いて、魔王が攻めればあっさりと滅ぼされてしまいそうな印象を受けた。
……あてには出来ないだろう。
そんなことを話しながら森の中を進む。
姿形の変わってしまった僕たちには昼も夜もない。食事も必要としない。
足を止めるのは暴れ馬を休ませる時くらいだ。その暴れ馬も魔獣だからか、あまり休憩を必要としない。
そして、森を抜ける。
そこはかつて石の城があった廃墟。
だが、そこには何も無かった。
石の城が消えている。崩れかけていた石の橋は残っている。だが、その先にあったはずの石の城が綺麗に消えていた。
どういうことだ?
いや、分かる。分かるけれど……。
魔王が壊したのだろう。だが、石で作られた城を壊し尽くすなんて、どれだけの労力が必要か。はっきり言って無駄だ。尋常なことではない。
……。
それだけ目障りだったということか。目に入れたくなかったのだろうか。
あいつの考えは分からない。分かりたくない。
でも、ここまで来れば拠点まではあと少しだ。
消えてしまった石の都の廃墟を進む。
しばらく進めば再び森だ。
そして、ここも交易路だった名残なのか、道が作られていた。
道だ。
だが、このまま進んでも良いのだろうか。
この道は間違いなく拠点に続いている。
迷いながらも進む。
そして森が見えてきた。
そして、そこには道を守るように二人のリュウシュが立っていた。
迷いすぎたようだ。
二人がこちらに気付く。
隠れる場所のない平原だ。気付かれて当然だ。
さあ、どうしよう。




