270 友人
暴れ馬から飛び降り、墓標のように並んでいる剣の元へと歩く。それは間違いなく炎の手さんが作った剣だった。
金色のレームが持っていた、彼が気に入っていた剣。
いくつか並んでいるのは、あの後も交流があり、いくつかヒトシュの地に渡ったからだろうか。
……。
この剣で戦ったのか。
確かに悪い剣じゃないけれど、相手が、敵側の作った武器なんだぞ。もっと優れた武器があることだって分かっていただろうに……それでも戦いを挑んだのか。
負けることが分かっていて戦ったのか?
いや、違うはずだ。
何か可能性を信じて戦ったはずだ。
無策ではなかったはずだ。
それは何だったのだろうか。
並んでいる剣の一つに手を伸ばす。
その時だった。
その場に流れているマナが歪み始めた。何か強い意志が、想いの残滓が、この地に漂っているマナを借りて具現化しようとしている。
それは、歪み、現れた。
過去の想いが姿を現した。
『ここは古戦場。戦士の魂の眠る場所。その眠りを覚ますのは誰だ』
うっすらと体が透けて見える、想いが具現化したその姿には見覚えがあった。
……。
……金色のレーム!
まさかと思ったけれど。
石の城で戦った骨の王がそうであったように、強き想いはマナの力を借りて、残滓として焼き付く。残り、漂い続ける。
『レーム、僕だ』
だから語りかける。
レームの残滓がこちらへと向き直る。その顔は苦痛と後悔に満ちていた。
『ここは戦士の魂の眠る場所。立ち去れ』
『レーム、僕だ』
だから、もう一度語りかける。
『立ち去らぬと言うのならば……』
『レーム、僕だ!』
もっと強い想いで語りかける。相手のマナへと語りかける。
『力を持って排除する』
『レーム、僕だ!』
言葉が届かない。
金色のレームの残滓が揺らめく。周囲のマナを集め、力を作り出そうとしている。
ただ焼き付き、残っただけの存在。そこに意識なんて残っていないのかもしれない。ただ、焼け付き、残った思いを繰り返しているだけなのかもしれない。
『レーム、僕だ! 僕がソラだ!』
……。
金色のレームの残滓の動きが止まった。
『ソラ……?』
『そうだ。僕がソラだ』
金色のレームの残滓は何か迷っているように揺らめいている。
『僕がソラだ』
『違う、違う。ソラは、ソラは……』
金色のレームの残滓が頭を抱えて揺れる。
『レーム、聞いてくれ。あのソラは、レームが戦ったのは僕の体を乗っ取った過去の亡霊だ。かつて石の王国にいたアイロという男だ』
金色のレームの残滓が、強く、明滅するように揺れている。
『あ、あ、あ、ああああああ』
『レーム、僕はここにいる。帰ってきたんだ』
金色のレームの残滓はうめき声を上げ、強く、強く、揺れている。
近寄る。
そして、揺れている金色のレームへと手を伸ばす。
その残滓の胸元を軽く叩く。
「れ、れーむ、ゆうじん、だろう?」
僕の拳は金色のレームの残滓をすり抜けたけれど、叩くことは出来なかったけれど、でも、想いは伝わったはずだ。
金色のレームの残滓は空を見ている。
もう明滅していない。揺れていない。
ただ、空を見ている。
そして、こちらへと顔を向ける。
『ソラ……なのか?』
『ああ、こんな姿だけど僕がソラだ』
姿形は変わってしまった。マナの色も変わってしまっている。
それでも、僕は僕だ。
僕がソラだ。
ソラは、僕が手に入れた僕の名前だ。
あの男の記憶から作られた僕ではなく、僕自身が手に入れた僕という存在の形だ。
『そうか、そうだったのか』
金色のレームの表情が変わる。苦痛に満ちた表情から穏やかなものへと変わっていく。
『最初から間違っていたのか。だから自分の言葉が、あの時のソラ王に届かなかったのか』
金色のレームが目を閉じる。
瞑想するかのように顔を伏せる。
『自分の勘違いが、愚かさが、無数の死を生んでしまった』
この戦場跡には無数の鎧が転がっている。戦いの傷跡が残っている。かける言葉がない。浮かばない。
『最後に真実が知れて良かったよ』
金色のレームが目を開け、こちらを見る。
その姿は、何処か、はかなく、今にも消えそうな……。
……。
『ありがとう。ソラ。最後に、もう一度、君に会えて救われた気がする』
……。
救われてない。
終わっていない。
「れ、れーむ」
だから呼びかける。
僕のわがままだと分かっていても呼びかける。
「ゆ、ゆう、友人を置いていくのか!」
呼びかける。
金色のレームが大きく目を見開き、こちらを見る。
「ま、まだおわって、い、いない。まだ終わっていない。付き合えよ」
金色のレームの胸元をもう一度、叩く。
その拳は金色のレームの体をすり抜けるけれど、でも伝わったはずだ。
「まだ、だろ?」
それを聞いた金色のレームが笑う。
『自分の友人は随分と……ああ、そうだった』
金色のレームの残滓が揺らぎ、姿が消えていく。
……。
そして、その下にある大地が盛り上がる。
そこから白い骨の手が現れる。
骨の手が刺さっていた剣を握る。
大地から骸骨の騎士が生まれる。
骸骨の騎士が強く、咆哮を放つ。
周囲のマナが集まり、騎士の鎧と首に巻き付けるような外套を生み出していく。
『いつの間に、そんな特技を身につけたんだい?』
『自分の友人は酷いヤツだ。こんなになってまで戦えというのだからな』
骸骨の騎士が剣を肩に乗せ笑う。
骨だからカタカタと鳴るような笑いだけど、だけど、そこには意志の光があった。
だから、もう一度、今度は、その騎士の鎧の胸元を叩く。
『僕は帰ってきたよ。ただいま』
あの時、迷宮に落ちた後、言うことが出来なかった言葉を伝える。
『やっと迷宮から帰ってくるなんて、友人を待たせすぎだ』




