261 階層
寝転がっている銀のイフリーダへと手を伸ばす。
銀のイフリーダがその目を開け、顔だけを動かし、こちらを見る。
『随分と禍々しい手なのじゃ』
伸ばした手を見る。
角のように尖って伸びた指、握ればカチカチと音が鳴る。だが、弓を持つだけならこれで充分だ。骨のような腕も力強い感じがして悪くない。
悪くない。
『ふむ。敗北なのじゃ……これはこれで悪くないのじゃ』
銀のイフリーダが笑い、手を伸ばす。
そしてこちらの禍々しいと言った手を握る。その銀のイフリーダが輝き姿を変える。
こちらの右手を覆うような銀の手へと姿を変える。
『これならば、少しはその姿も隠せるのじゃ』
銀色に輝く右手。
まるでこの暗闇のように悪夢の中に沈んでいた僕を救い出してくれるような、そんな輝きを放っている。
『ありがとう』
お礼を言う。
……。
まぁ、でも、この右手が無くなったのは銀のイフリーダが放った魔法が原因だ。マイナスがゼロに戻っただけの気もする。
『ふむ。我は疲れたのじゃ。しばらく眠るのじゃ』
銀の手の輝きが薄れ、そのまま銀の手は静かになった。
とりあえず戦いは終わった。
やるべき事の一つが終わった。
後は地上に出るだけだ。
地上へと戻るための階段は見つけている。その階段を上って、階層を攻略していけばいつかは地上にたどり着けるだろう。
……。
いや、たどり着けるだろうか?
この階層から下に降りるための道が封じられていたように、この暗闇の階層に来る途中の階層の何処かの道が封じられているのでは無いだろうか。
そこを突破出来るだろうか?
分からない。だが、不確定な要素は排除すべきだ。
普通に階層を攻略していくのは無しだ。
となれば……。
拠点に戻り、準備をする。
『なんなのじゃ、ここは!』
頭の中に声が響く。
『眠るんじゃ無かったの?』
『おぬしは、この階層で何をするつもりだったのじゃ』
そこに作られているのは魔獣の素材を作った家だ。いや、家というよりは積み重ねた死骸の砦だろうか。
『特に何も。倒した魔獣の死骸がマナに分解されるのも勿体ないから保管代わりに加工して建物を作っただけだよ』
『狂っているのじゃ。簡単に言うが、この階層の天井に届きそうなほどの規模になっているのは異常なのじゃ』
確かに大きくなりすぎたかもしれない。でも、勿体なかったからね。
『狂っているって言い方は酷いな。頑張ったって言って欲しいよ』
『ふ、ふむ。おぬしの強さも納得なのじゃ』
銀のイフリーダの声が震えている。なんだか妙な感じで納得してくれたようだ。
まぁ、それは良い。
準備だ。
建物の中に入り、持ち手を付けた明りを取る。そして予備として用意していた鎧、盾、木の剣、マントを身につけていく。
この階層の魔獣を沢山狩ったからか、装備品の予備は大量にある。壊れても困らない。ただ、地上に出てしまえば、ここに戻るのは困難になるだろう。そして、持って行ける数にも限りがある。殆どがここに捨てていくことになるだろう。
……まぁ、仕方ないか。
そこまで重要なものでも無い。大切なのは世界樹の弓と世界樹の剣くらいだ。後は壊れたら、そこまでと諦めることにしよう。
この体になったことで食料も水も必要がなくなった。マナが食べられればそれで良い。便利になったが、それはとても悲しいことだ。
食事を楽しむことが出来なくなった。
思えば、食事には苦労していた。それでも色々なものを食べて、栽培して、やっと美味しいご飯が食べられるようになったと思ったのに……もう、それを楽しむことが出来ない。
カノンさんが名付けてくれた天舞。色々な料理。思い出が詰まっている。でも、それももう過去になってしまった。
こんなことになるとは思わなかった。
でも、全ては起きてしまったことだ。過去には帰れない。
今は決着を付けることを優先するべきだ。
過去を見て悲しむよりも前を見よう。
先に進もう。
持てるだけの荷物を持ち、出発する。
この暗闇の階層には、この闇には、とても長い間お世話になった。第二の拠点。再出発の場所。
行こう。
背中の翼を広げる。
この階層の壁を目指し飛ぶ。あまり高度を上げすぎると力に掴まってしまう。その力で地面に叩きつけられたら、今の自分でもただでは済まないだろう。
まるで爆心地のように、この大穴の中心から広がる力は、空を飛ぶものを叩き潰す。地面へと縫い付ける。だが、それは本来の目的ではないのだろう。それは、この地下に眠る者達を地上に出さないための封印なのだろう。だが、その者達は、その封じられた場所から分体を飛ばし、マナを得て、再び地上に戻ることを画策している。
飛び、階層の壁に辿り着く。中心地から離れた、この壁の部分にまでは力は及んでいない。
ここからなら、一気に地上へと戻れるはずだ。そう、僕がこの階層にやって来た時のように。
壁を掴み、登る。
かつての自分なら食料のことや水のことを考える必要があった。睡眠や疲労を考える必要があった。
だが、今の僕には関係ない。
蓄えたマナが続く限り動き続けることが出来る。今の僕はマナで動く生命体だ。
地上に這い出よう。
地上を確認しよう。
掴むところすら無い垂直の壁でも、吸盤のように手を貼り付け、登る。壁を登る。
こんな形で、こんな方法で戻ることになるとは思わなかった。
飛び降りた時は戻る時のことを殆ど考えていなかった。
それだけ焦っていた。
でも、今は……。
帰ろう。
地上ではみんなが待っているはずだ。




