256 食
暗闇の中で新しく生まれた四つ足の魔獣は、咆哮を上げ、周囲をキョロキョロと見回している。
まだこちらには気付いていないようだ。
弓に矢を番える。そして、そのままマナの力を伝えていく。
放つ。
マナの輝きを纏った矢は暗闇を穿ち、飛ぶ。そして、キョロキョロと周囲を見回していた四つ足の魔獣の体に刺さり――そのまま突き抜ける。
突き抜けた?
この魔獣は思っていたよりも弱い?
駆ける。
体に大きな穴を開け、動きを止めた四つ足の魔獣へと近寄り、手を伸ばす。そして喰らう。
……。
あまりお腹にならない。物足りない。
生まれたばかりの魔獣だったから蓄えたマナが少なかったのか?
……。
いや、それよりも人が魔獣に変わったことだ。もしかして魔獣は全て人が元になっているのか?
人の成長した姿が魔獣?
マナを蓄えすぎると人としての形が保てなくなっていく?
分からない。
今まで僕が食べた魔獣は人だった? 人を食べていた?
いや、人から魔獣に変わった時点でそれは魔獣だ。気にするのはそこじゃない。
気にするべきは無駄にマナを消費して矢を強化したことだ。マナを貯めないと駄目なのに、ただでさえ空腹で辛いのに。無駄は抑えるべきだ。
生まれたばかりの魔獣は弱い。
いや、違うか。
マナをどれだけ蓄えているかが強さの違いだ。生まれたばかりでマナがあまり蓄えられていなかったから弱かった。そういうことだろう。
僕も頑張って蓄えよう。こうならないように頑張ってマナを手に入れよう。それが人に戻る近道だ。
戻る?
何故、戻るなんて言葉を?
……いや、今は考えるのを止めよう。
素材を持ち帰ろう。
せっかく倒した四つ足の魔獣だけれど、使えそうな素材は……ないか。生まれたばかりだったからか使えそうなものがない。
甲殻だけ持ち帰ろう。
明りを掲げて最初に倒した甲殻を持った魔獣の死骸がある辺りを見る。
……。
そこには何も無かった。
何故?
盗まれた? いや、あり得ない。ここには魔獣しか存在しない。魔獣が盗むとは思えない。
では? 場所が違う?
何処かに転がっていった?
明りを掲げて周辺を探す。何処にも見当たらない。
何故?
何故?
よく見ると甲殻があった場所に漂っているマナの濃度が濃くなっている。もしかして甲殻が溶けてマナになった?
大気のマナへと分解された?
何故?
そんな風に大気へと分解されるなら素材を集めるなんて出来ないじゃないか。ここに拠点を作ろうと思って素材を集めても、それが分解されたら意味がない。
……。
あれ?
でも、拠点の本棚や道具類は分解されていない。それに落ちていた木の棒や銀の糸も分解されていなかった。
何か法則があるのだろうか。
……。
共通点は?
もしかして加工されていれば吸収されない?
間違いない。きっとそうだ。
素材が手に入ったらすぐに回収して加工するべきだ。
次はそうしよう。
もっと、もっと魔獣を狩って食べて素材を集めて……。
やることは多い。
頑張ろう。
うん、とりあえずは、だ。拠点に帰るべきだ。
と、そこで矢が体で持てないことに気付いた。ここに来る前は体に納めて運ぶことが出来たのに、今はそれが出来なくなっている。
あのぐちゃぐちゃとした嫌な音も聞こえなくなっている。
マナを喰らったから?
安定している……から?
安定?
何が安定しているのだろう。
いや、嫌な音が聞こえなくなったのを喜ぶべきだ。
矢は……頑張って抱えて帰ろう。明りと矢を持つとちょっと大変だ。油断すると落としてしまいそうだ。でも、出来ないわけじゃない。これから戦いに行くわけじゃない。
後は帰るだけだ。
何とでもなる。
さあ、帰ろう。
翼を広げる。ばさりという音とともに翼が広がっていく。嫌な音が聞こえない。
やはり安定している。
もっともっとマナを食べよう。
矢と明りを抱えて飛び、拠点に戻る。
その後も魔獣を探し狩り続ける。倒してマナを得て、素材を集め拠点に持ち帰る。拠点に持ち帰った素材を加工してさらに戦いやすくしていく。
堅い殻を持った魔獣を倒して、その殻からまずは矢筒を作る。これで矢が持ち運べる。
狩る。
狩る。
狩る。
鎧を作る。盾を作る。
角を持った魔獣を倒し、その角を削って矢を作る。
毛皮を持った魔獣を倒して服を作る。靴を作る。マントを作る。
自身の中にあるマナの気配を殺し、遠くからマナを纏わせた矢で魔獣を貫く。倒す。
喰らう。
何度も、何度も、何度も、何度も!
力を取り戻すために、自分を取り戻すために繰り返す。
喰らう。
もし、魔獣の元になったものが人だったとしても!
喰らう。
マナに還り、循環するというのならば!
その環の中に自分がいるのならば!
いつか自分が消えてなくなった時に、僕が喰らったマナも還っていくのだろう。
だから、これは摂理。
だから、喰らう。
喰らって強くなって、人となり、目的を果たす。
そう、目的だ。
おぼろげにだけれど思い出してきた。
かつては人だった。
いや、違う。僕は、僕にあったのは人としての器だけだった。
人は意志があって人となる。
確かに、あいつが言っていたように、僕は、ただの器でしかなかったのだろう。銀の――銀の、銀の、言われるがままに、その使命に踊らされていた。
何も無かったから、それが自分の意志だと思っていた。
でも。
でも、だ。
旅の中で、戦いの中で、仲間との出会いの中で、自分は、その器が持っていた記憶ではなく、自分の意志を手に入れた。
だから、こそ、今、ここに生きている。
生き延びることが出来た。
だから、諦めない。
僕は確かめなければならない。
自分の意志を持たなければいけない。
確認せずに消えることは出来ない。
だから、喰らう。
もっと、もっと強くなるために!




