222 鍛冶の髭男
「えーっと、では、その人とは会えますか?」
奥の男がこちらを睨む。そのまま、奥から順番にこちらを睨んでくる。
そして、一番手前の男が口を開いた。
「お前のような流民のガキが親方に会えるわけがないだろうが、よぉぉぅ」
なんだか馬鹿にされている気分だ。
この人たちは、その親方の弟子たちなのだろうか。
「先ほどから言っているように、その親方さんと会って話したいだけなんです。無理でしょうか?」
これで駄目なら諦めて帰ろう。
「ああぁんっ?」
手前の男がこちらを脅すように睨む。しかし、全然、恐ろしくない。
「すいません。あなたとは話していません。奥の、この中で、一番偉そうなあなたに聞いています。その親方さんと話すことは出来ませんか?」
手前の男を押しのけ、奥の男の元へと向かう。
「おい、何処に行こうと……」
手前の男がこちらを押しとどめようとする。が、軽い。
鍛冶作業をやっているとは思えないくらい、非力だ。こんなにも非力で鍛冶仕事なんて出来るのだろうか。
「お、おい、こ、この小僧、なんて力だ」
次々と男たちがのしかかってくる。
そのどれもが軽い。
こちらを掴む男たちを引き摺り、少しだけ偉そうな男のところまで歩いて行く。
「お、おい、何だ、この小僧は」
少しだけ偉そうな男がこちらの勢いに押されたかのように後退る。
「これが最後です。その親方という人に会わせて貰えませんか?」
「お、俺がこんな小僧に圧されている、だと」
脅しているつもりはない。この人の反応は過剰だ。
「それで、どうなんでしょうか?」
「こんな小僧なのに、何故か歴戦の戦士を前にしているような圧力を感じるなんて……いや、気のせいに決まってる。鍛冶に打ち込みすぎて熱にやられちまったか」
少し偉そうな男は軽く頭を振り払い、こちらを睨む。
「小僧が、こんなところまで来て何の用だっ!」
そして、おびえを隠すように叫ぶ。
いや、用件は最初から言っていたはずなんだけど……聞いていなかったのだろうか。
それならもう一度だけ言うしかない。
「その親方さんと会って、話がしたいだけです」
「ちっ、親方の命を狙ってやがるのか! こんな小僧がっ!」
何でそうなるのだろうか。
無理矢理、この人の前まで来たのが悪かったのだろうか。もう諦めて帰った方が良いのだろうか。
何というか、この地の人たちは本当に人の話を聞かない。思い込みだけで――自分が思ったことしか信じない。
付き合いきれない。
もう帰ろう。
どうにも、この地は自分に合わない。
「何を騒いでいる」
と、そこへ静かな、それでいてこちらまで良く通る声が聞こえた。
声の方へと振り返ると、そこには髭の男が立っていた。良く伸びた顎髭が薄くなった頭まで伸びている。まるで獅子のたてがみのような髭だ。まぁ、その頭頂部は薄くなっているのだけれど……。
「お、おやっさん、これは……」
少しだけ偉そうだった男が慌てている。
「おい、誰か状況を話せ」
薄くなった獅子の男が顎をしゃくる。
「あ、はい。親方、流民の子どもが、入り込んでしまって……」
「それならすぐに追い出せ」
薄っぺらい頭頂部の獅子の男がもう一度、顎をしゃくる。
「それが、この小僧、どうやっているのか動かないんです」
「きっと、魔獣が化けてるんすよ」
「こいつ、話を聞かないんですよ」
男たちは好き放題に好きなことを言っている。
「あのー」
とりあえず、この獅子髭の男が、ここで一番偉い人のようだ。
「この王宮の至宝の鍛冶作業を邪魔した、その意味が分かるか」
獅子の髭がこちらを無視して、男たちを叱っている。
「親方すいません」
男たちは頭を下げている。
こちらを見ていない。完全に無視している。
「あのー、あなたがファフテマさんですか?」
獅子の髭男がこちらを威圧するように睨む。
「そうだ。私が王宮の至宝と言われている十六代目ファフテマだ」
「えーっと、そのファフテマさんにお話が……」
獅子の髭がさらに強くこちらを睨む。
「お前のような子どもの玩具を作ってやれるほど暇ではない。私と出会えた幸運を胸に故郷に帰るんだな」
どうやら、この人も話を聞いてくれない人のようだ。
ただ、十六代目という情報を得ることは出来た。リュウシュの里からヒトシュの地に戻ったファフテマさんは十六も世代が変わっても続くくらいに、とても有名な鍛冶士になったようだ。
その情報だけでも炎の手さんは喜んでくれるかもしれない。
本当は、出来れば、リュウシュの里のこととかを話して、あなたの祖先が行った功績と、その現状を伝えたかったのだが、これはもう仕方ない。
この地の人たちとは会話が成り立たない。
「わかりました。帰ります」
帰ろう。
もう、ここで出来ることはない。
振り返り、そのまま入ってきた扉へと歩く。
「おい、待て」
と、そこに獅子の男の待ったがかかる。
「何でしょう?」
「その、背中の剣、見せてみろ」
獅子の髭男が、こちらに手を伸ばす。
剣、か。
「どうぞ」
獅子の髭男のところまで戻り背中から剣を引き抜く。そして獅子の髭男に渡す。
「ほぅ……」
獅子の髭男が受け取った剣を傾け、ゆっくりとなめ回すように見回す。その目は、何処か陶酔するような――欲に目がくらんだかのように濁っていた。
「この剣、何処で手に入れた?」
「ファフテマさんが技術を伝えたリュウシュの里で作って貰いました」
まぁ、その量産品でしか無いんだけどね。
「……勿体ないな。この剣は、お前のような子どもが使うには勿体ない。剣が泣いている」
ん?
「えーっと、それはどういう……」
「この剣はこちらで預かろう。強すぎる武器は持つ者を腐らせる。心配するな、ちゃんと相応しい者に渡してやる。その方が、この剣も喜ぶだろう」
ん?
「何を言って……」
獅子の髭男が剣を持って、何処かへ行こうとしている。
「私は仕事に戻る。お前たち、今度は、こんな子どもを入れるような真似はするな」
「はい、親方!」
獅子の髭男はこちらを無視して奥に消えた。
「さあ、ガキ、帰るんだな。お前の望みは叶ったんだから、これで満足だろう」
「親方に武器を見て貰えるなんて、良かったな!」
男たちは口々に好きなことを言っている。
これは何だ?
剣を盗まれたのか?
……。
ふ、ざ、ける、な。
剣をよく知りたいから貸してくれというなら、快く貸しただろう。欲しいと言えば、炎の手さんのこともある、渡しても良かった。
だが、これは……何だ。
こんな、こんな……。
……。
怒りを覚える。
このまま、ここで怒りにまかせて……。
と、そこで、すぅーっと頭が冷えた。
むなしくなった。
帰ろう。
もう拠点に帰ろう。
「分かりました、帰ります」
こいつらに価値はない。
それが分かっただけでも収穫だ。




