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神官の青年の言葉は続く。
「ファフテマという名前と鍛冶から連想するのはそれくらいですよ。ですがですよ、ファフテマなら誰でも知っている名前ですから……そうか、分かりましたよ。旅の途中で、その名前を聞いて武器を作って貰おうと思った感じですね」
さらに神官の青年の言葉は続く。
「ただ、ですよ? 実力ある有名な人や王宮くらいしか相手にされないと思いますよ。ファフテマ工房は、確か、今は何代目か分かりませんが、昔から続く由緒ある鍛冶工房ですからね」
なるほど。
多分、そのファフテマ工房のことで間違いないだろう。
そのファフテマという人は、リュウシュの皆さんに鍛冶を教えた後、人の地に戻り、有名な鍛冶士になったのだろう。
にしても、何代もってどういうことなのだろうか。
リュウシュの皆さんの寿命が恐ろしく長い? それとも、あの地とここでは流れている時間が違うのだろうか。
いや、そんな不思議なことがあるわけ無い。
単純にリュウシュの里にも、そういう昔話があったと伝わっていただけだろう。
「多分、そこのことだと思います。場所を教えて貰っても良いでしょうか?」
神官の青年が頷く。
「もちろんですよ。ファフテマ工房は、ですね、領主宮の前にある広い道は分かりますよね。その大通りを少し進んだ先にありますよ。剣と盾が交差した看板があるのですぐに分かると思いますよ」
「剣と盾が交差した看板ですか?」
「ええ。その看板を使えるのはファフテマ工房だけですから、間違えることはないでしょう」
看板が専用とは……。
「ありがとうございます。明日、帰る途中に寄ってみます」
「それが良いと思います。ただ、先ほども言ったように権威ある工房ですよ。何か紹介状でもなければ難しいと思いますね」
紹介状、か。
そんなものはない。
まぁ、追い返されたなら、追い返されたで、そこまでの縁だっただけだ。
「それでは食事も終わったので寝所まで案内します」
神官の青年が傍らに置いていた燭台を持ち、立ち上がる。そして鍋の下の火から燭台のろうそくに火を付ける。
薄暗い神殿の中を神官の青年のろうそくの明かりだけを頼りに歩く。
「ろうそくがあるんですね」
「気になりますよね。そうですね、火の神殿や光の神殿であれば授かった力で明かりを確保しているはずです。ですが、お話ししたように無の神殿は何も力を受け取ることが出来ません。それは神官も同じなのです。こういった道具に頼るしかないという訳ですよ」
神官の青年はそう言って苦笑していた。
そういえば、この神殿では、この神官の青年以外の姿を見ない。表の神殿街では、一つの神殿に何人かの神官の姿が見えた。
……。
色々と苦労しているのかもしれない。
「ここが寝所ですよ」
案内された部屋は……埃が積もっていた。
かなり長い間使われていなかったのだろう、ろうそくの明かりに照らされて埃がキラキラと輝いている。
横になろうとしたら埃で咳き込んでしまいそうだ。
「あ、ありがとうございます」
「確か、ここにも燭台が……あった、ありましたよ。ここに火を点けておきます。寝る前には蓋をして消してください」
それだけ言うと神官の青年は何処かへ行ってしまった。もしかすると自分用の部屋があるのかもしれない。
……。
えーっと、なんだか放置された気分だ。
はぁ、まずは眠っても大丈夫なくらいは掃除をしようかな。
幸いにも神官の青年がろうそくの明かりを灯してくれたから、真っ暗闇ではないしね。
埃の海の奥にはベッドのようなものが見える。しかし、崩れた柱に押し潰され、使うことは出来ないようだ。見なかったことにしよう。
とりあえず床の埃を払って眠れるようにしよう。床で眠るとしても、普段眠っている場所よりは数段マシなはずだ。
埃を一気に吹き飛ばすことが出来れば簡単に終わりそうだけど……。
無の神法のフォースを使えば――いや、そんなことをすれば埃が舞い上がって大変なことになるかもしれない。
仕方ない。
小さな燭台を左手で持ち、剣を引き抜く。その剣を使い、押しのけるように埃を払っていく。積もった埃が塊になってごっそりと取れる。眠るのに困らない程度、綺麗にしたら終わりにしよう。
しばらく掃除を続ける。
ある程度、埃が見えなくなったところで壁を背に座る。今日くらいは横になって眠れるかと思ったが、儚い望みだったようだ。
……この神殿には人が足りない。
それもしょうが無いのだろうか。
手に持っていた燭台に蓋をして火を消し、目を閉じる。
そのままゆっくりと眠りへ落ちていく。
闇。
そして、夢を見る。
いや、これは夢なのだろうか。
見える。
ここではない何処か。
ろうそくの明かりに照らされているのは透明な容器。それは何処かで見たことがあるような――そう、自分が知っている錬金小瓶とそっくりだ。同じ素材が使われているのかもしれない。
透明な容器の中では何かが蠢いている。
ピンク色の塊がぐにゃぐにゃと……。
自分の手がその容器へと伸ばされる。
その手は、まるで自分の手ではないような、深い年月が刻まれた……、
そこで視界が闇に包まれた。
まるで映像が途切れたかのように、真っ暗な闇に包まれる。
目が覚める。
気がつけば、朝になっていた。
『俺』は何を見ていたのだろうか。
いや、今は、そんなことはどうだって良い。
今日はファフテマ工房に寄って、帰るだけだ。




