208 ヒトシュの地
「それじゃあ、スコル、行ってくるね」
「ガルルゥ」
スコルが小さく頷く。
さあ、境界の先に向かおう。
スコルは前足を揃えてちょこんと座り、こちらを見送ってくれている。
「スコル、拠点の守りは任せたよ」
「ガルゥ」
スコルが小さく頷く。スコルなら大丈夫だろう。安心して任せることが出来る。
「行きましょう……?」
荷台から降りた青髪の少女が隣に立つ。
「そうですね」
旅に必要な荷物は持った。
行こう。
境界を越える。
濃い土から薄い土、まるで線でも引いたかのように区切られた境界を越える。
ゆっくりと一歩踏み出し、線を越える。
……。
越えた。
特に何も起こらない。
何事もなく境界を越えた。
あっさりだ。
何の感慨もわかない。
ただ、ここからがヒトシュの住んでいる地だというだけだ。
……進もう。
青髪の少女と二人で道なき道を歩く。
この禁域の地までの道は作られていないようだ。
ただただ歩く。
歩く。
周囲に魔獣の気配はない。
いや、何処にも感じられない。森の中では必ず何処かしらに感じられた魔獣の気配がここにはない。
ヒトシュの地では魔獣が住んでいないのだろうか? いや、真っ赤な猫耳のローラも青髪の少女も魔獣の存在を知っていた。魔獣はいるはずだ。
となると、考えられるのは……駆逐した?
住みやすくなるように人が魔獣を狩り尽くしたのだろうか。
そんなことを考えながら歩き続けていると、やっと道が見えてきた。道と言っても人が雑草を踏みつけて作ったような獣道だ。ここはしっかりとした道を作るほどの場所ではないのだろう。
辺境。
ヒトシュの住処からは外れた地。
そんな言葉が浮かぶ。
道は二手に分かれている。北と南。
「では、ここで?」
青髪の少女が南の道へと進む。
「大丈夫ですか?」
思わず言葉が漏れてしまう。
「大丈夫?」
青髪の少女は足を止め、こちらへと振り返る。その顔は言っていることがよく分からないという表情だ。
……。
よく考えてみれば、この青髪の少女は真っ赤な猫耳のローラを追って一人で森の中まで旅してきていたのだ。一人になることを心配するのは、この青髪の少女に対して失礼なことかもしれない。
「あ、いえ。何でも無いです」
青髪の少女がくすりと笑う。
「ここまでありがとうございました。食料も助かります?」
「いや、でもお姉さんが……」
青髪の少女が首を横に振り、こちらの言葉を止める。
「大丈夫です。迷宮のある都市は北にあります。この道を北に進めば、しっかりとした道に辿り着きます。そのまま北に向かってください」
青髪の少女は微笑んでいる。
「ありがとう。それでは、いつかまた」
「はい、それでは?」
青髪の少女は最後のそれではのところで首を傾げていた。
そして、小さく手を振り、歩いて行く。
青髪の少女は南の道を進む。
ここで道は分かれた。
……。
無事に故郷にたどり着けると……いいな。
自分は……、僕は……、迷宮に向かおう。
今回の旅で攻略は出来ないかもしれない。でも――下見だけでもやっておけば、何が必要か、次のための準備が出来るはずだ。
獣道を北へと進む。
歩く。
薄い。
何がとは言えないが、周囲の空気というか、雰囲気というか、そういったものがこのヒトシュの地に着いてから薄くなったような気がする。
『うむ。マナが希薄なのじゃ』
銀のイフリーダの声が頭の中に響く。
思わず周囲を見回すが銀のイフリーダの姿は見当たらない。
『マナが希薄?』
『うむ。それゆえ、人は弱く、魔獣も弱いのじゃ。例外は迷宮くらいなのじゃ』
やはり声だけが頭の中に響く。銀のイフリーダの姿は見えない。
『なるほど。ところでイフリーダの姿が見えないようだけど……』
『うむ。我の姿が見えなくて寂しいのは分かるのじゃ。ここは空気が美味しくないのじゃ』
空気が美味しくないから現れたくない?
『あー、そうなんだね。うん、そうだね』
とりあえず同意だけしておく。
獣道を北に進む。
しばらく歩き続けると青髪の少女の言葉通り、しっかりとした大きな道が見えてきた。幅の広い道だ。自分が大の字に寝転がってもまだまだ余裕がある――そんな道だ。舗装はされていないが、往来が激しいのか、草がなくなり土が見えている。
しかし、人の姿が見えない。
道には、人の足跡、動物と思われる足跡が無数に残っているが、肝心のその姿が見えない。
どういうことだろう?
不思議に思いながら北へと歩く。
しばらく北に歩き続けると、前方から――道の先から大きな音が聞こえてきた。
その大きな音はこちらへとどんどん近寄ってきている。
慌てて道から外れ、周囲の雑草の中へと伏せる。
雑草に隠れてこちらへと迫っている何かを確認する。
雑草の中でしばらく待ち、そして現れたのは人の集団だった。人数は二十人程度。
金属の鎧、剣、槍、弓――見たことのない形の弓や口が広がった拡声器のようなものを持った人もいる。全員が武装している。
その集団はガチャガチャと金属鎧がこすれ合う大きな音を立てながら規則正しく並び道を歩いている。
人がいなかったのは、この集団が通るから?
武装した集団は隠れたこちらに気付くことなく、南を目指し通り過ぎていった。
南?
南は青髪の少女が向かった方向だ。
大丈夫だろうか?
2018年9月25日修正
特に何も怒らない → 特に何も起こらない




