八十九、最後にすべきこと
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体がベタベタする。
しるこの感触とは違う。
目を開けると、ジョニーが目の前におり、僕の体には餅がこびり付いていた。
「どうなっているんだ……」
「おう、目を覚ましたか。爆発が起きた直後に、通用口から餅を投げ縄にしてお前の体を拾ったんだよ。幸いしるこの神はお前の体から離れていた。いやあ、奇跡の一瞬だったね」
「神は? 小次郎はどうなった!」
僕の言葉を聞いたジョニーは無言で僕の背後を指差した。
振り返ると、そこには岩の乗った巨大な鍋、シルコロシアムがあった。岩の形は綺麗に蓋の形をしており、隙間なくシルコロシアムを封じている。
「俺はさあ、土砂で埋まるような感じになると思ってたんだけど。凄えな、これ」
「お婆々様の指定した爆弾の設置箇所は絶妙だったんだね……」
しるこの神、小次郎は封印されたんだ。
感慨深くその光景を見つめていると、ジョニーがまた話し掛けてきた。
「折れた足を餅で固定しといたぞ。ギプスみたいなもんだ。それで歩けるはずだ」
「餅はそういう使い方をするものじゃないだろ。食べるものだ」
「しるこを散々投げ倒してたお前が言うなよ。さて、俺はリアルに帰るかな」
「僕とお母さんと一緒に、しるこの海に飛び込むか?」
そう言うと、彼は笑いながら手を振った。
「いや! 実は俺の帰る海はそこじゃねえんだ」
「え? 意味が分からないよ。どういうことだ?」
「こっちの世界に来るとき、しるこがなかったから雑煮で毒を飲んだんだ。お陰で俺はしるこ町の隣、雑煮町に辿り着いた。そこからこの町まで走って来たんだよ。つまりだな。俺の出口はそっちにある。雑煮町の雑煮の海に飛び込むつもりだ」
そ、そうなんだ。隣に町、あったんだ。へえ。そう思い、尋ねる。
「だからジョニーは餅を持っていたんだね」
「そうそう。なんせ、俺の本名は雑煮、雑煮伊衛門だからな」
「ありがとう。ジョニーえもん」
「うるせえ。あばよ。現実世界でまた会おう」
ジョニーは二本の指を額の近くで軽く振り、去っていった。
さて、僕も帰らなくてはいけない。
母を現実世界に連れ戻す。それがこの世界に来た本来の目的だ。
僕は、母はどこにいるんだ、と強く念じた。すると頭の中に光が灯り、景色が見えてきた。人のいなくなった商店街、溶けた町役場、崩れたしるこヶ丘、その映像はしるこ町のあちこちの廃墟を巡り、最後に僕の家を映した。
母が一人でしるこを食べている。
最後の最後で千里眼を使いこなせるようになったみたいだ。
僕は立ち上がった。全身痛むが普通に歩くことは出来そうだ。
そして、家へ向かった。
僕が自分の家を思い出すと、それは決まって夕暮れ時の景色だった。
しかし今、目の前にある僕の家は昼の光を浴びて、明るい。
扉を開ける。
「ただいま」
そう言っても返事はない。
居間の襖を開ける。
母は、まだしるこを食べていた。
いつものように不味そうに。
「小次郎を封印したよ。お母さん、一緒に帰ろう」
地獄はもうすぐ終わる。




