八十八、いつも一緒だった
時限装置は一分で設定してある。
これで爆発する、はずだった。しかし何も起こらなかった。
なぜ。そう思った時、頭の中で光が灯った。白昼夢が見える。
そこには破壊された時限装置があった。
その傍らには、遺影を持ったしるこゾンビが一匹立っていた。憲司君の父親ゾンビだ。つまり、禅在が従えていたしるこレンジャーゾンビは四匹ではなく五匹いたのだ。憲司君の父親ゾンビは足が遅くて現場に到着するのが遅れたのだろう、その為、僕はその存在に気が付くことが出来なかった。
クライマックスでこんな複線がくるなんて分かる訳がないよ。
僕は無線機に向かって囁いた。ジョニーに爆破を頼もうとしたのだ。
ところが無線機は壊れていた。しるこレンジャーゾンビとの戦いの最中に壊れたようだ。否、意図的に破壊されたのかも知れない。
どうしたら良いのか分からず、とりあえず僕は腰のおたまを抜いた。
しるこはもうない。
ここの地面はしるこにならないので、競技場の中央で戦う限り神もしるこは持っていない。
やれることは殴り合うことだけ。
一気に駆け、おたまを振り下ろす。しるこの神はそれを素手で受け止め、僕の腹に拳をめり込ませた。あまりの痛みに一瞬体を動かせなくなる。その隙に神は足払いを仕掛けてきた。膝をつく。僕の体勢が低くなったところで、神はおたまを蹴り飛ばした。その間にすかさず立ち上がる。
唯一の武器さえ失った。ここからは素手と素手の勝負をするしかない。益々状況が悪くなっている。第一、不死身の相手に対してこんなことをしていても意味がない。考えろ。考えろ。
その時、僕はしるこ伝説の一節を思い出した。
『地上から天に星が流れた時、しるこ太郎はしるこの神を巨大な鍋に封印した』
そうだ。ここから爆弾を打ち抜くんだ。外壁の近くにはバックスペースが溶けた際のしるこがある。あそこまで走れ!
ところが、神に背を向けた瞬間、強く蹴飛ばされた。地面に転がる。
そして立ち上がろうとした時、神が跳んできて僕の膝の上に着地した。バキバキと骨の砕ける音がする。神は僕の上に馬乗りになり、拳を何度も振り下ろした。
もう終わりだ。このまま殺される。諦めかけた時、胸のポケットから何かが転がった。それは偶然にも僕の手の中に収まった。
神はそのことに気付いていないらしく、澄ました顔で独り言を口にした。
「あ、ボク、兄さんのこと、しるこで、ころさないといけなかった」
神は、勝利を確信しているからだろう、外壁の近くまで暢気に歩いていった。
殴られるのからは解放された。しかし僕は既に一歩も動けない状態だった。
あと出来ることは一つだけ。
神が再び僕に近付いてくる。
僕は神が手の届く距離まで来たことを確認し、話し掛けた。
「なあ、神様。違う。小次郎。最期に聞いてくれ。僕は君のことを嫌いだなんて思ったことは一度もないよ。嫉妬なんてしていないんだ。僕は君の面倒を看たかったんだ。そして、今もその気持ちは変わっていない。君が生きていた時、僕はいつも君の傍にいた。ずっと一緒だった」
神はキョトンとした顔で話に聞き入っている。僕は話を続けた。
「だからさ、小次郎……これからも一緒にいようか」
言い切ると同時に僕は腕を振った。あず美の瞳のようなゆで小豆が崖に向かって飛ぶ。死の覚悟という黒い感情が込められたゆで小豆は、崖を貫き、雲も貫く。
直後に爆発が起きた。崖が崩れ、大きな岩が落ちてくる。
僕は神の体にしがみ付いた。
このまま小次郎と僕が封印されれば、現実世界の母はきっと前向きに生きていくことが出来るだろう。
小次郎が、静かに泣きながら笑った。
その光景を最後に、僕の意識は消え、暗闇が全てを包み込んだ。




