八十三、それでは選手の入場です
走りながら僕達は更に詳細を決めた。
たった数分間の打ち合わせだ。問題点や無茶な点は幾つもある。
まずは時間、タイミングだ。神の足止めと逃げる時間、爆弾設置までの時間、それから爆発から逃げる時間もある。それぞれどれくらい時間が掛かるのか予測もままならない状態で一発勝負しなければならない。
次に本当に一人だけ残して逃げることが出来るかだ。神の強さは尋常ではない。しかもシルコロシアムでしるこにならないのは鍋の部分、つまり外壁と床だけ。客席や廊下、係員と戦士達の利用するバックスペースは全て神の武器になる。
最後に、禅在がどこにいるかだ。それによって戦況が大きく変わってしまう。
ただ、悩んでも仕方がない。もう祭りは始まっているのだ。
やがて僕達はシルコロシアムの通用口に着いた。神はすぐ背後にいる。
鉄の扉の鍵を開けようとするが、慌てて手間取る。その間に神は足元の地面をしるこにし、回し蹴りのように足を振った。鞭のようなしるこが一文字の軌道を描いて僕達を襲う。
「なー!」
声を揃えて叫びながら三人同時にしゃがんでかわす。
しるこがシルコロシアムの外壁に当たり、ギャリギャリと擦れる音が鳴る。
それを見てしるこババアが叫んだ。
「見よ! あれだけの攻撃を受けても、壁と扉には傷一つ付いていないぞよ!」
「ティアラちゃんよ! 今は感心している場合じゃないだろ」
「鍵開きました。急ぎましょう」
中に入ると薄暗い廊下だった。
現在は封鎖されている施設なので、明かりは緑の非常灯だけ。気味が悪い。その上、思っていた以上にバックスペースは広かった。
偽の作戦ではシルコロシアムに入る予定はなかったので、施設内の地図は全く把握していない状態だ。とりあえず扉が完全に閉まり切らないように、隙間にあんこを詰め、それから中央の競技場を目指す。
勘で走るしかない。すぐ背後に神はいるのだ。
次第に明るく輝く出口、すなわち競技場への入口が見えてきた。
ゴールが見えると元気になるのは人の性だ。僕達はスピードを上げて走った。
すると背後から声が聞こえてきた。
「そっち、あぶないよ。止まって。ボクのこと、まってて」
ジョニーが怒鳴るように返事をする。
「うそつけ! お前以上に危ねえもんがどこにあんだ!」
「ハハハ。ばれたー? そうだよ。ボク、あぶない。ハハ」
そう言うと、神は走りながら壁を叩いた。
瞬間、辺りが真っ黒になる。壁も天井も気が付けばしるこだ。それは形を崩し始めた。もうすぐ出口だ。
「跳ぶのじゃ!」
しるこババアが叫ぶ。
三人同時に頭から跳ぶ。同時にバックスペースはとろけて消えた。
僕は前転をして立ち上がり、すぐに振り返った。
しるこの中からジワジワと神が出てくる。
その隙に僕達は荷物の受け渡しをした。しるこババアが鞄を背負う。
神はこちらに向かってまた走りだした。僕達は三人バラバラになって逃げた。
バックスペースがしるこになって神の武器は増えた。
ただ一つ良いこともあった。バックスペースが消えたことで通用口が競技場から直接行けるようになったのだ。ここからでも出口が見えている。
神の一番の目的は僕だろう。神が一人に狙いを定めて走っているうちに、しるこババアとウエスタンハットを被った男はシルコロシアムを脱した。
走っている最中、無線機からジョニーの声が聞こえる。
(よう、神様。小太郎なら俺のウエスタンハットを被って逃げたぜ)




