七十二、言ってはいけない
町役場の中は静かだった。
裏口へ行き、内側から鍵を開ける。扉の外にはしるこババアとジョニーが待っていた。
二人を中に通し、再び鍵を掛ける。『黒猫』は引き続き見張り役だ。
三人揃ったので目的の事務室を目指すことにした。事務室は三階にある。階段へと向かうと、湿った足音が聞こえてきた。
それを聞いて、しるこババアが呟く。
「やはり警備にゾンビを使っておったか。落ち着いて仕留めるぞよ」
進行方向の角からしるこの塊が歩いてくる。しるこババアは左腕に結び付けてある鍋から少量のしるこを掬い、腕を振った。
ゾンビが抵抗する間もなく崩れる。
ゾンビがいようと然して問題ではない。
しかし、『ペリカン』のことが心配だった。彼は実際に奥さんが名誉町民になっている。もちろん自ら身を捧げたのではなく、無理矢理しるこにされたのだ。あまりに感情的になって窓口で派手に暴れると、ゾンビが警備をしているのだから、しるこにされてしまう可能性がある。
ただ、それは杞憂に終わった。彼から通信が着たのだ。
(こちら『ペリカン』。適当に引き下がっておいた。どういう訳か、しるこの神ちゃんストラップを貰った。いらねえ、こんなもん! 俺は正面入口の見張りに移る……)
僕達は胸を撫で下ろし、事務室へ向かった。
普通の職員は見かけなかった。おそらくほとんどの人がしるこにされてしまったのだろう、事務室に辿り着くまで数匹のゾンビと遭遇しただけだった。
その時、無線から慌てた声が聞こえてきた。
(こちら『黒猫』。まずい! 白…………ジジ……ジ……)
通信は途絶えた。警戒のため僕はおたまを、ジョニーは餅を、構えた。
(こちら『ペリカン』。裏で何かあったみたいだ。俺が様子を見てくる)
嫌な予感がし、僕は咄嗟に伝えた。
「行っては駄目です!」
しかし、返答はなかった。
どうするべきか迷っていると、ジョニーが、ここまで来たなら鍵を優先しよう、と言い、三人で手分けして事務室内を探すことにした。
鍵がまとめてある場所はすぐに見つかった。色々な鍵がぶら下がっている。
ところが、『しるこ会館』と書かれたフックには鍵がなかった。他を探しても見つからない。
「何者かが鍵を持ち出したようじゃな。スペアさえ見当たらん」
「スペアキーの管理なら守衛室じゃねえか? 裏口の近くにあった」
ジョニーの提案で裏口へ向かう。心なしかゾンビが増えた気がする。
僕達三人にとってゾンビは大したことのない存在だが、不安が広がる。
その不安は的中した。裏口の近くに、『黒猫』の緑のシャツと『ペリカン』の水色のシャツが落ちていたのだ。
それは、しるこにまみれていた。
くそ。こんな扱いかよ。
守衛室にも鍵はなかった。どこにあるのか考えていると、頭の中に光が灯った。その光が景色になる。白昼夢だ。
白昼夢は、僕に鍵の在り処を教えてくれた。
「……鍵は会議場にあります」
「なぬ? なぜそんな所にあるのじゃ」
頭の中の映像を見ながら、呟く。
「白玉が。白玉総一郎が、鍵を持って僕達を待っています……」




