七十 、一般的に遅刻の理由は聞いても苛立つだけ
「たく、話が長過ぎだ。だが、大体の事情は知ることが出来た」
ジョニーが餅を齧りながら言う。
僕達は、二人で外の空気を吸いに出ていた。
「その餅はゾンビを殴っていたやつじゃないのか?」
そう聞くと、ジョニーは何でもないことのように答えた。
「あんころ餅みたいで、うめえ」
ジョニーは金と時間と放浪癖のある幼馴染であり、変人だ。ただ、その記憶さえもこの世界の誕生と同時に創られた偽りの記憶なのかも知れない。
「すまない。なんか、巻き込んじゃって」
僕は頭を下げた。
「いいってことよ。元々お前のことを迎えに来たんだし」
「え? どういうことだよ」
「俺も月の向こうから来た現実に存在する人間だ。忘れたのか?」
「……そうだったのか、だからゾンビに捕まってもしるこにならなかったんだ」
「そういうことらしいな。で、お前は『どうやって来たんだ』って聞くんだろ?」
「聞けば良いんだろ。その餅、本当にうまいのか?」
「まあいい。俺がここに来た理由は話すと長い。だが、あえて話す。遡ること一年と二ヶ月前、ある所にお婆さんとお母さんと小太郎がいた。三人は毒しるこを食べて入院し、お母さんとお前は眠り姫だ。俺はね。何度も見舞いに行ったよ。羊羹を持ってさ。でも起きる気配はない。そんな時、俺は餅を喉に詰まらせて生死の境を彷徨うこととなった。そしたら、お前が夢に出てきたんだよ。遠くの方でさ、しるこを食ってんだ。一生懸命呼んだが振り向きもしない。どうにかして連絡を取る方法はないかと考えたら、目の前に電話が現われた。電話を掛けたら遠くのお前が出たんだよ。俺は考えて、待ち合わせをした。そうすれば、目を覚まして俺の家に来ると思ったんだ。でーもー、お前は来なかった」
「生死の境は平気だったんだな。待ち合わせなら僕は行ったよ。約束通りに」
「それは夢の中でだろ。それに、その家は俺の家に似ているが俺の家じゃない。押入れの高さや便座の高さや額縁の位置の高さや観葉植物の高さが微妙に違う」
「高さにこだわりあり過ぎだ。それに植物は成長しただけじゃないのか?」
「話の腰を折るなよ。その夢以降、お前と夢で会うことはなかった。お前は眠り続けている。だが数日前、お前が目を覚まして病院を抜け出したっていうではありませんか。俺はお前の家に行った。そしたら、お前が倒れていたんだ。すぐ横にはセンスの悪いデザインのビンが転がっていた。俺は察しちゃったね。これが夢への道だって」
「で、どうしたんだ?」
「気前良くビンの中身を飲んだ」
「え? 馬鹿かよ! 死んだらどうすんだ!」
「馬鹿はお前だ。こういう時は『ありがとう』って言えよ。俺は来たんだから」
「あ、ありがとう。助かった……ところで、羊羹には意味があったのか?」
「ああ。お前が目覚めて医者や看護師や他の入院患者と抱擁を交わす感動の場面の時、背後にスイス銀行の金塊のように羊羹が山になっていたらシュールで笑えるだろ?」
スイス銀行に金塊の山はあるのかよ、と僕は思った。




