六十三、主人公補正
二十人ほどのこるし屋達がしるこで乾杯をし、盛り上がっている。
「いやぁ、太郎様がいれば親衛隊なんてチョロいだろう」
「しるこゾンビなんて一瞬で泥団子ですよね?」
「そして、しるこの神を封印してくれるんだろうなあ」
肩身が狭かった。
実は、一度現実世界に帰ったことによって現実世界の体力をそのままこっちの世界に持ち込んでしまったのだ。つまり、今の僕は歩くのもやっとだ。
言い出すタイミングを逃してしまった。申し訳ないが、機を見て逃げよう。母に会うのが先決だ。
宴の最中、『マドンナ』の持っている無線機から音が鳴った。彼女は唇に人差し指をあてがい、「シッ」と言って、皆を黙らせた。
(ジジ……こちら『黒猫』。親衛隊がそっちに向かっている。かなりの大集団だ。隊長の鉢巻以外は全てゾンビだ。やつら本気だぞ。俺もすぐそっちに向かう)
全員が真剣な面持ちになる。そして、おたまを握り、慌しく外へ出て行った。
今のうちに逃げよう。
外に出ると日が傾き始めていた。
ここは町の東端だ。僕の家に辿り着くのはこの足では深夜だな。急ごう。
その時、後ろから『マドンナ』に声を掛けられた。
「太郎様。どこへ行くのですか?」
「……すみません…………逃げます。僕はしるこ太郎ではありません。それに、信じて貰えないと思いますが、異世界から来た影響で今は体が思うように動かないのです」
「どうして最初から体調が悪いと言ってくれなかったのですか?」
「え? あ、本当にすみません」
「その足では捕まってしまいます。私の家の床に貯蔵庫があります。一人なら十分隠れることが出来るでしょう。太郎様は私達の希望です。どうかこちらに」
抵抗する力さえなく、『マドンナ』に無理矢理家に引き戻された。
彼女は誰も見ていないことを確認すると、床の蓋を開け、バスタブ程のスペースに僕を押し込んだ。
「戦いが終わりましたら、迎えに来ます。それまで大人しくしていて下さい」
そう言って彼女は蓋を閉め、外に走っていった。蓋は重く、持ち上げられない。
しばらくすると、多くの足音が聞こえ、拡声器による警告が聞こえてきた。
「神のお告げにより、ここに反体制テロリストがいることは分かっているしるこ。投降せよ……」
直後に、こるし屋達の雄叫びが聞こえた。走り回る音や何かを殴る音などが聞こえる。
はじめのうちは歓声があがることもあったが、次第に湿った音が目立ち始めた。
何度も聞いたことがある。地面にしるこが散る音だ。
やがて悲鳴や僕のことを探す声が聞こえだした。
「太郎様はどこだ!」
「助けてくれ。足が溶けた」
「いやだぁー」
「目が、目が」
僕は何をしているんだ? どうして隠れている。すぐそこで人々が溶かされている。夢の中の人だから放っておいて良いのか。過去に恋人や仲間が殺されたこともどうでも良いのか。しかし、助ける力がない。
僕は、無力な自分を呪い、黒い憤りを募らせた。その瞬間、しるこ力が全身を駆け巡った。軽く叩いただけで貯蔵庫の蓋が吹き飛ぶ。
しるこの神親衛隊? 全て泥団子にしてやる。




