六十二、故人は伝説として語られる
「しるこ太郎様。どうぞ、しるこをお召し上がり下さい」
老婆のように見えた女性『マドンナ』は、新たなこるし屋の一員だった。
彼女は実は僕の母よりも若かった。ただ、全身に火傷を負っていて肌が皺だらけのように見える。
「……娘がしるこの神に殺されたのです。そのことを非難したら神の信棒者から熱いしるこを浴びせられ、ご覧の通りです。その時、シルコ・ザ・グレートさんが助けてくれまして、信棒者達を倒し、私を、いえ、私達をこの東町に逃がしてくれたのです……」
申し訳ない気持ちでいっぱいだった。『マドンナ』は僕の家の近所に住んでいた消防士にしるこを浴びせられた女性だった。
僕は何も言えず、黙ってしるこを飲んだ。
「……でも、救世主シルコさんが行方不明になり、町は荒れ果ててしまいました。もはやお金も紙切れ。町議会による一家庭一しるこ屋計画推進により、流通業も生産業も機能していないのです。私も初めは白玉総一郎を支持していましたが、ほぼ内需で完結しているしるこ町経済において、住人全員が同じ職業に就くなんて無理があったのですよ。ただ、幸い、至る所にしるこだけはあるので食い繋いではいます。そのしるこも元々は人……」
それ以上聞きたくないと思った時、数人の男達が家に駆け込んできた。
「マドンナ! しるこ太郎が顕われたっていうのは本当か!」
僕が軽く会釈をすると、男達は露骨に落ち込んだ顔をした。頼りなく見えたのだろう。
僕は自分の名前は『小太郎』だということを改めて『マドンナ』に伝え、過度の期待はしないように説明をした。
しかし、彼女は納得しなかった。
「いえ、あなたは間違いなくしるこ太郎様です。鍋から出てきたではないですか。それに、もうすぐ親衛隊による攻撃があるという時に顕われるなんて、タイミングが良過ぎます」
「はあ……で、その親衛隊っていうのは何なんですか?」
説得することは諦め、現況を把握するために話を聞くことにした。
『マドンナ』の話によると、『しるこの神親衛隊』は、元々は熱心な神信棒者による有志団体だったが、町議会から公認を受けて現在は反体制派の粛清を行っている組織だそうだ。
脅威なのは、彼らが神の使い『しるこゾンビ』を何匹も従えていることだった。親衛隊に歯向かうと、その化け物によってしるこにされてしまう。
「……しるこゾンビは神と同じ力があるのですか?」
「物や人をしるこにする力はありますが、神ほど恐ろしくはないです。おたまで袋叩きにすれば、倒すことも出来ます。実際、何匹か倒していますし。でも、数が多くて……」
「そうだ。どうして、おたまが武器になることを知っているんですか。それに、羊羹型の無線機を使っていますよね?」
「え? どうして無線機のことを。これは海沿い公園で入手したのです。海がしるこになった日、雲を貫く槍が見えました。しるこ伝説の一説にある『地上から天に流れる星』だと思い、公園を見に行ったら、武器と思われるおたまと無線機があって、それで……」
「あ、たぶん雲を貫いたのは僕の放ったしるこの槍ですね……」
その発言を聞いて、周りの人達が騒めいた。




