四十七、祭りは終わる
「今だ!」
僕は叫んだ。
しかし、ロープを切るはずだったシルコはしるこを持っていない。神が鍋の縁に手を掛けている。早く蓋を閉めなければ。誰か。
(良くやったのう)
声が聞こえた。
直後、しるこババアが手刀でロープを切断した。鍋の蓋が落ちる。
これで勝ちだ。
そう思った時、落とし穴の周りの土が液化し、巨大な鍋が急激に浮き上がって傾いた。落ちてきた蓋は鍋の縁にぶつかり、金属の擦れる音を鳴らしながら斜めに滑り落ちた。
僕達は、呆然と傾いた鍋を見つめた。
鍋からしるこの神が、馴染みの飲み屋の扉を通るかのように暖簾を捲る仕草をして、出てくる。神の脇腹の傷は修復されつつあった。
「今の、あぶなかた。おまえら、なまいき。やっぱ、みんな、とかす。にげろよ。おいかけて、おいかけて、グチュグチュのブジュブジュにしてやる」
最悪だ。
恐怖に耐えられなくなった臙脂色が、僅かに残ったゆで小豆を握り、叫んだ。
「鍋はお前の家だろ。大人しく帰っててくれよ! 頼むよ!」
そして、腕を振り上げた。
「おそい」
しるこの神は一瞬で間合いを詰め、撫でるように臙脂色に触れた。
しるこが、散る。
「てめえぇ! 何してくれてんだよぉ!」
赤褐色と錆色が叫んだ。
二人は銛のような箸を握り、撹乱させるように横にステップしながら神に近付いた。赤褐色が箸を突き出す。神は体を右に傾けて避ける。赤褐色は更に一歩踏み出し、瞬時に箸を逆手に持ち替えて振り下ろした。箸が神の頬を掠め、しるこが垂れる。神は赤褐色の首めがけて手を振った。
瞬間、頭を失った肉体が膝を付いて地面に崩れた。
同時に鈍い音がする。錆色の握った箸が神のみぞおちに刺さっていた。
「このまま鍋まで一緒に行こうか。みんな、俺達が鍋に入ったら蓋をしてくれ!」
そう言って錆色は箸を握る手に力を込めた。ところが、箸の先端が溶けた。箸は刺さっていなかった。刺さったように見えただけだった。錆色が動揺した隙を突いて、神は彼の腹に腕を差し込んだ。
なぜ溶けた? 錆色が箸の柄を見つめる。僕達も凝視する。そこには、『著』と書かれていた。『箸』という字の竹冠が草冠になっていたのだ。
「漢字を間違えた……」
それが錆色の最期の言葉だった。彼は、あんこ状の人形に成り果てた。
しるこの神は、そのあんこ人形をゴミでも捨てるかのように崖から投げた。
しばらくして海に落ちた音がすると、海が真っ黒に染まった。海全体が、しるこになっていた。しるこの海は荒れ、巨大な波が崖を打ち、轟音を響かせる。
しるこババアが呟いた。
「これほどの力を持っているとは……」
しるこの神は、声を出して笑っていた。




