十六 、なせばなるんだ
電気屋の道路に面したショーウィンドウには何台ものテレビが並んでいる。
僕はその目の前にいた。
どのテレビにも同じ映像が映っていて、画面の左上には『生中継』という文字が表示されている。
テレビの中では、あず美がしるこ銀座でインタビューを受けていた。『上原あず美、思い出の場所で語る』というワイドショーの企画だ。
振り返ると、そこにはテレビの映像と同じ風景があった。あず美とインタビュアー、そして撮影スタッフがいる。
あず美が僕のことを横目で見て密かに微笑んだ。僕は他人の振りをして再びテレビ画面を見つめた。
「……はい。次回作も順調に撮影が進んでいます。前回の『奇跡のしるこ』に引き続き、シルコさんと共演しているんです。皆さんも知っているでしょうけど、今度の作品は『一杯のしるこ』っていうお話です。シルコさんはしるこ屋の店主役で、わたしは貧しい家族の長女役をやらせて貰っています……」
映画の告知を笑顔でするあず美。彼女の周りには人だかりが出来ていた
しばらくすると、ふと人だかりの中から一人の青年がおぼつかない足取りで前へ出て、あず美とインタビュアーにぶつかった。ただし、スタッフの一人が一瞬怪訝そうな顔をしただけで、他は誰も気にしなかった。
テレビにはあず美のアップが映っている。相変わらずの笑顔だ。
しかし次の瞬間、その笑顔は怯えの表情に変わった。同時に野次馬達が騒めく。
僕は急いで振り返った。見ると、インタビュアーのマイクを持つ腕が不自然な方向に曲がっていた。
その腕は次第に垂れ下がり、程なくして地面に転げ落ちた。カメラマンはカメラの首を振り、インタビュアーの姿を映した。インタビュアー自身も何が起きたのか分からない様子で、落ちた自身の腕を見下ろしている。
すると、次は目玉がドロリと溶け、地面に流れ落ちた。
野次馬達の騒めきは悲鳴に変わった。
その悲鳴が響く中で、インタビュアーの体はみるみる溶けていった。髪の毛が抜け落ち、皮膚がただれ、骨や内蔵があらわになり、身に付けていた服も溶け、更に骨も溶けだし、やがて全てが、甘い香りのするしるこになった。
あず美は悲鳴をあげた。僕は彼女に駆け寄り、手を引いて抱き締めた。
その時、テレビの画面が目に入った。画面の端の方に先程インタビュアーにぶつかった男の顔が映りこんでいる。見覚えのある顔だ。
それは、夢の中の白いシャツを着た青年だった。
辺りを見渡すと人混みの向こうに青年の後ろ姿があった。撮影現場に向かう人々の流れに逆らって歩いている。
待て。念じるが、青年は人垣の向こう側へ姿を消してしまった。
いったい何者なんだ。
人がしるこになる。その話題は町中に広まった。その時の映像が、モザイクはかけられたものの、連日テレビで放送されていた。
しるこ。しるこ。しるこ。町はしるこ色に染まっていく。
しばらくして、町の一部の人達の間で、こんな話題が持ち上がった。
「人はしるこになれるんだ。努力をすれば人はなりたい自分になれるんだ」
その考えは、旧時代の宗教のように、次第に多くの人を魅了していった。
僕は、しるこになりたくないな。




