十三 、しるこ町演義
この町には言い伝えがある。
その言い伝えが記された古文書は、白玉総一朗が管理する『しるこ神社』に収められている。しるこ神社の歴史は白玉家が誕生するよりも遥かに古いのだが、白玉がしるこヶ丘一帯の土地を購入するにあたり、丘の中腹にある神社の権利も一緒に購入し、今に至る。
古文書の内容、言い伝えの内容は、この町の住人であれば誰でも知っているだろう。
『しるこ伝説』、それは、こんな話だ。
初めに小豆があった。そこに水が加えられた。
やがて砂糖と少量の塩が加わり、しるこは生まれた。
しるこは溶岩のように煮えたぎり、辺りに広がった。
しるこの中から、ただ一つの存在として、しるこの神は顕われた。
上も下もない無限のしるこの中に浮かぶ神。
目を開けようと、目を閉じようと、そこにあるのは暗闇のみ。一瞬と永遠は同等の価値を持ち、思考という能力は苦しみだけを生んだ。
ある時、どこからか女が顕われた。
「私は月の世界からやって参りました。しるこの神様、お一人では寂しいでしょう? 私が新たな世界を創って差し上げましょう」
そう述べると、女は左手を振りかざした。すると、しるこから大地が生まれた。
再び手を振りかざすと、しるこから空が生まれた。
やがて、海が生まれ、森が生まれ、羊が生まれ、そして、人が生まれた。
「しるこの神様、ここはあなたの世界です。あなたのための世界です。そして私もあなたのための存在です。しるこに光あれ!」
女は人混みの中に姿を消した。
しるこの神は世界を見つめた。
人々は神を尊んだ。知恵を身に付けた。町を作った。町は次第に発展し、安定した平和な世界が築かれた。
しるこは、光に満ちたのだった
ところが、長い時の中で、人々は、自らに流れるしるこの血のことを忘れてしまった。
ある時、一人の老婆がしるこを作っていた。すると、しるこの鍋の中から男の子が顕われた。老婆はその子をしるこ太郎と名付け、育てることにした。
その様子を見て、しるこの神は思った。
「おお、これはどういうことだろう。女の力を借りずにしるこから命が生まれるとは。世界は安定を失いつつある。作り直さなければならない」
そして、神は人々をしるこに戻していった。
「お婆さん、僕がしるこの神様と戦いましょう」
そう言って、しるこ太郎は旅立った。
戦いは幾日も続いた。
やがて、地上から天へ星が流れた時、しるこ太郎はしるこの神を巨大な鍋に封印した。
人々は思った。
神様は私達がしるこのことを忘れたからお怒りになったに違いない。今一度、神様を尊ぼう。
こうして、しるこ神社は建造され、しるこの神は鍋のまま祀られたのだった。




