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高山植物を愛でるとか、岩山に立ち向かうとか――

 高山植物を愛でるとか、岩山に立ち向かうとか、そういう趣味のない人にとって、山はただの罰ゲームである。

 ソウヘイとエミーリオは走っているのか転がり落ちているのか分からない身ごなしで、急斜面を下っていた。

 渓谷にガラガラと落石の硬音を響かせながら、逃げるふたりの頭から地雷のことが離れなかった。

 もし、アルテマが地雷を埋めていたら。

 夜の斜面を転がり逃げるのに、地雷を見極めるほどの時間はないし、そもそも自分が踏まなくても、転がる石がぶつかれば、信管は作動する。

 ゾンビ作戦は敵の士気にうまく作用させた奇策だったが、そこから先のことを何も考えていなかったことに気づいたのは、最初の地雷に石がぶつかって、火柱を上げたときのことだった。

 このまま転がっていたら命にかかわると思い、なんとか体を上げて、斜面の岩場に踏ん張って、地雷の上をくるくる宙返りしながら飛び越えるのは楽しいが、着地した自分のブーツの十センチ横に地雷の信管が顔を出しているのを見つけたときは、ふたりとも背骨から震えた。

 このとき、使われている地雷はバウンジング・ベティと呼ばれる地雷だった。

 地雷の下にバネが仕込んであって、これを踏むと、地雷は人の肩くらいの高さに飛び上がってから爆発する。

 地雷というのは古来、人間の足を狙うものだが、このバウンジング・ベティは人間の頭、顔、胸、そして首を狙える画期的な発明だった。

 それをアルテマは渓谷に埋めまくっていた。

 ふたりの命はベティの信管に仕掛けられた時間差装置のコンマ一秒の奇跡でかろうじてつながっていた。

 谷底まで、五体満足に到着できたときは、きっと寿命か幸運、あるいはその両方を三十年分くらい前借したんだろなとマイナスな考え方が抜けなかった。

「生きてることを喜ぶぞ」

「でも、きっと何か――」

「うるさいぞ、くそったれリミテッド。先生と旅すれば、こんなこと日常茶飯事だ」

 谷底から見上げると、鳥人間の像の巨大さはよりはっきりとわかる。工兵たちは像の翼を覆う巨石をサイコロ型に切り抜いていた。左右に揺れるサーチライトが時々、ケーブルで運ばれる石塊の滑らかな断面を照らし出すと、反射した光が谷底の労働者用テントへと滑り落ちた。

 数十本のケーブルが巨大なサイコロ石を岩肌からもぎ取り、破砕機の巨大なローラーが粉々に砕いていた。労働者たちはそれを延々と手押し車で運び出していたのだが、サイコロひとつ分の砂を運んで捨てているあいだにサイコロ三つ分の砂が山となっていて、いまではいったいどのくらいの砂を運ばないといけないのか、見当がつかなかった。

「おい」

 と、呼ばれた。

 見ると、オーバーオールのポケットに手を突っ込んだ老人が立っていた。

 忍びの黒装束と騎兵中佐の礼服。それを着たまま、斜面を転がり抜いたふたりがどんなふうに見えるのかは考えたくないが――。

「おれも考えたくない。まあ、来いよ。突き出すつもりはない」

 ソウヘイとエミーリオはややもすると蔑み合いになりがちなアイコンタクトをとった後、とりあえず、老人の後ろをついていくことにした。

 道の脇には壊れた機械が片づけられずに放置されていた。同じように手足を失った労働者たちも放置されていて、小さなハンマーで石を砕いていた。

「働かざるもの食うべからずってわけだよ」老人が自嘲気味に言った。「上の連中は何して働いてるか知らんがな」

 老人が上を見た。そこには監視係の将校がゆで卵置きに似た形の飛行機械に乗っていて、疲れて作業効率が落ちた労働者へ向けて、電気ショック銃を撃っていた。

「安心しろ。やつら、ここまではこれねえ。そんな度胸もねえよ」

 老人は大きな岩の塊を指差した。

「あれはクレーンから落ちたんだ。あの下でまだ作業監督が潰れてる。()()()()。まあ、横柄なクソ野郎だったんだよ。あいつがメタメタに弱った労働者を死ぬまで鞭打ったのを見たことがある。まったく()()()()()()()()

 老人はにやりと笑い、細かい鉱物まみれの真っ黒な手を差し出した。

「ドイルだ」

「ソウヘイ。こっちはエミーリオだ」

 老人の手を握る力は強かった。

「これでも二十四なんだ。信じられないだろ? ここじゃみんな、ジジイみたいになっちまう」

 ドイルの顔は煤の溜まった深い皺に刻まれていて、髪は灰色、おそらく白髪になって、そこに煤が混じってこの色になったのだろう。

「なぜ、僕たちを通報しない?」

「逆にどうしておれたちがお前らを上に売らなきゃいけない? ビールが一杯ご褒美で飲めるからか? ここにいるのはみんな懲役を食らった連中だ。おれはスリ専門だったが、一日じゅう、ハンマーふるって石をぶっ叩いていたら、この通り、タコだらけになった。もう、スリじゃ食ってけねえ。でも、おれの心はまだ悪党だ。そっちの兄ちゃんは心得がある顔してるから分かるだろ? 懲役には懲役の仁義がある。だから、おれはお前らを売らない。それにお前らにはおれたちが失ったものを持っている」

「なんだい?」

「アルテマどもをぶっ潰してやるって気概だよ」

エミーリオ(こいつ)はそうかもしれないけど、おれはそんなデカいもんじゃない」

「じゃあ、なんだ?」

「女の子を探してる」

「〈動力〉のことか」

「動力?」

「やつらがそう呼んでいるのをきいたことがある。ここには女は他にいねえ。だから、その娘は〈動力〉のことだよ」

 リーベルがいなくなった途端に落ちた空中戦艦、そして、円盤。

 リーベル・アスカノンはやつらにとって〈動力〉なのだ。

 だが、何をするために?

「まあ」と、ドイルはちびた煙草を取り出して、火をつけた。「助けになりそうなやつがひとりいる」


 先生ドクは本当に老人だった。 

 国家反逆罪で三十年の刑を食らっていた。

 ドクの仕事場は化石掘りだった。いまも数千万年前の石をいじっている。

「そのせいか、ちょっとオツムがな」

 発電機がうなり、その灯の下で刷毛と小刀を代わる代わる使ううちに、小さな魚の骨の形が浮かび上がってきた。

「それで、ドイル」と、ドクが言った。「アッハハ。その子どもらに何を期待する?」

「なに、大したことじゃない。アルテマを全部吹っ飛ばしてくれればいい。あとは冷たいビールを一杯くれりゃあ御の字かな」

 ドクが顔を上げた。丸いヒビの入った眼鏡の奥の小さな目はソウヘイたち、というよりはその後ろにあるものを見ようとしているようだった。

「アッハ、アッハ。お前、〈動力〉と会話をしたな?」と、ドクはソウヘイに言った。

「は?」

「ちょっとこの眼鏡をかけてみろ」

 なかば無理やり、ヒビが入り、ホコリまみれの眼鏡をかけると、ドクは小さな鏡をソウヘイに見せた。鏡のなかのソウヘイの後ろに青く薄ぼんやりと光が点っていた。

「眼鏡を返してくれ。よし。この通り、〈動力〉と接すれば、跡が残る。ビンタ食らったみたいにな。アッハ」

「なあ、じいさん。あんた、なんの先生だったんだ?」

「大学でお前らは馬鹿だと教えていた。細かいことは省くが、アルテマの向かうところは破滅だ」

「そりゃ、ろくなもんじゃないだろ。いままでさんざん、やつらに悪さされたわけだし」

 ドクは首をふった。

「お前は誤解しているぞ。アルテマとは独裁者のかゆいところに手が届く都合のいい小道具じゃない。きみらが思っているようなぶっ潰さなきゃいけない陰謀団でもない。〈動力〉は〈動力〉だが、ガソリンじゃない。世界で一番最初に動くボール。それが〈動力〉。アッハ。そんでな、お前。それに気づいたやつがふたり。アッハ。アッハ。アッハもふたつ。わしとディンウィック・スミスで――」

「ちょっと待ってくれ。ディンウィック・スミスって、まさか、こいつか?」

 ソウヘイがアルテマおひさま孤児院院長の名刺を出す。

 ドクの顔から血の気が引いた。

「あいつは子どもを集めているのか?」

「さあ? 実際に孤児院を見たことはない」

「ちょっと待っていてくれ」

 ドクは小屋の奥へ行き、テーブルの上の小物を一切合切乱暴にどかしたような音を立ててから、二枚のローブを持って戻ってきた。

「上級信者用の衣装だ。これを着ていれば、ボディチェックは受けない。これを着て、上のフロアに行け。今日、やつらはリーベル・アスカノンについての、ひどく見当違いな儀式をする。そこに昇るには修理用戦車を運ぶ足場がある。これがその鍵だ」

「ちょっと待ってくれ。なあ、あんた、急に頭がよくなったみたいだけど、ディンウィック・スミスってのはそんなに――」

「いいか。一度しか言わない。ディンウィック・スミスの狙いは、リーベル・アスカノンを使って、世界を再編成することだ。純粋な子どもたちだけの世界。翼人アルテマの世界に」

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