Episode9.便利屋セルフィ、真実に迫る
翌朝。
セリフィーヌは書類室を訪れ、記録係の侍従に声をかけた。
「すみません。宝物庫の鍵の使用履歴を、もう一度見せていただけますか。今回は、過去三ヵ月分をお願いしたいのですが」
すると侍従は少し驚いたように眉を上げたが、すぐに頷き、厚みのある記録簿を差し出してくれた。
セリフィーヌはそれを受け取り、ページをめくる。
初日に確認した鍵の使用履歴は、事件発覚前後の数日分だけだった。
だが、エリオスへの疑念が芽生えた今、もっと広い範囲で見直す必要があると感じていた。
(もし殿下が首飾りを盗んだ犯人だとしたら……記録に、何か不自然な点があるはずよ)
そう思いながら、彼女は目を走らせる。
そして、不意に、手を止めた。
第二王子・エリオスの名は、三ヵ月間のうち、事件の三日前まで、ほぼ毎週のように記されていた。
そのことから、彼が定期的に宝物庫を訪れていたことがわかる。
だが――事件当日を境に、ぱったりと記録が途絶えていた。
(……事件以降、殿下は一度も宝物庫に入っていない?)
それまで定期的に訪れていた場所に、突然足を運ばなくなった。
それはつまり――。
(……入る理由が、なくなった?)
それまでエリオスが宝物庫に通っていたのは、何か目的があったから。
頻度からして、ただの巡回や行事の為とは思えない。
となると、その目的はもっと個人的な理由――たとえば、"首飾りを見るため”だったとしたら?
(もし殿下が首飾りを盗んだのだとしたら……それが“なくなった”ことで、宝物庫に入る理由も消えた。そういうこと?)
セリフィーヌは、昨夜の推理が、ぴたりとそこに重なったのを感じた。
けれど、どうしても理由がわからない。
エリオスが犯人だとして、何故首飾りを盗む必要があったのか。どうして調査を依頼してきたのか。
それだけは、いくら考えてもわからなかった。
悩んだ末、セリフィーヌは、記録係に尋ねる。
「あの、一つ、お尋ねしてもよろしいですか?」
「何でしょう?」
「紛失した首飾りは、亡き王妃様の形見だと伺いました。エリオス殿下にとって、とても意味のあるものだと」
「ええ、それは勿論、その通りです」
「ですが、それ以外にも何かありませんか? 母親の形見であるという以外に、エリオス殿下にとって、他にも何か、意味が――」
自分でも何が聞きたいのかわからない。
けれど、きっと何か理由があるはずだ。
そんな思いで、セリフィーヌは問いかける。
すると記録係は不思議そうな顔をしたものの、平然とした様子で口を開いた。
「……そうですね。これは王宮内ではよく知られていることですが、他に意味があるとしたら――」
その言葉を聞いた瞬間、セリフィーヌの目が見開かれる。
(そういう、ことだったのね)
胸の奥に、昨夜の推理が音を立てて崩れ落ちた。
いや、崩れたのではない。もっと深い場所へ、沈んでいったのだ。
セリフィーヌは、記録簿をそっと閉じると、何も言わずに立ち上がる。
(確かめなきゃ。……エリオス殿下に)
その瞳には、確かな決意と、ほんの少しの迷いが宿っていた。




