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Episode12.便利屋セルフィ、手紙を残す



 翌朝、まだ日も昇りきらぬ頃。

 第二王子エリオスの私室に、荒々しい足音が響いた。


「殿下……! 急報です!」


 緊張した声に、エリオスはベッドから飛び起きる。

 と同時に、衛兵がひとり駆け込んできた。


「何事だ!?」

「首飾りが戻っているのです! 今朝の巡回で、宝物庫の定位置に、確かに……!」

「――!」


 瞬間、エリオスは打たれたように立ち上がった。

 上着を乱暴に掴んで羽織り、部屋を飛び出していく。



* * *



 宝物庫の前には、多くの衛兵が待機していた。

 衛兵たちは、エリオスを見て敬礼する。


「殿下。鍵は開いております。中には宮務長と侍女長が」


 エリオスは一つ頷き、宝物庫の中へ踏み込んだ。

 祭礼用の棚がずらりと並んだ実内の奥に、二人の姿があった。


 宮務長と侍女長。どちらも、硬い顔でエリオスに駆け寄ってくる。


「一体どういうことだ?」


 エリオスが宮務長に声を落とす。


「我々にも、何が何だか。ですが――」


 宮務長は、手で奥を示した。


「まずは、ご確認いただければと」


 促されるまま、エリオスは宮務長から白い手袋を受け取り、両手にはめながら、宝物庫の奥へと歩を進めた。

 案内もいらない。


 記憶の通り、最奥の棚。そこに、見慣れた黒檀の箱が置かれている。


(まさか……本当に?)


 エリオスは緊張した面持ちで、蓋を持ち上げた。

 するとそこには、失われた筈の銀の首飾りが、まるで何事もなかったかのように、静かに息を潜めていた。


「……間違いない、本物だ。だが、どうして」


 刹那、エリオスの脳裏に、昨日のセルフィの声が蘇る。



『殿下は事件発覚二日前の夜、どこで、何をしていましたか?』



 気付かれたかと思った。あの時確かに、エリオスは罪が明るみになることを覚悟した。


 けれど結局、セルフィはエリオスが答えるよりも早く、執務室を出ていったのだ。


 それなのに、何故……。



(まさか……いや、そんなはずは……。だが――)



 瞬間、はっきりと蘇る幼い日の記憶。


 市井の路地で、目に涙を溜め、必死に探していた銀の指輪。

 それを探し出してくれた少女。


 あれは、ただの推理ではなかったのだ。



(……セルフィ)



 エリオスはぐっと拳を握りしめると、身を翻し、宝物庫を後にした。



* * *



 エリオスが向かったのは、セルフィに貸し与えた部屋だった。



「セルフィ、いるか――!」


 けれど、部屋はもぬけの殻だった。

 ベッドは整い、衣装棚も空っぽ。 どこにも彼女の気配はない。


 ただ一つ、机の上に、花瓶が置かれていた。


 そこに挿さるのは、一昨日彼女に渡したはずの、アルビナ・セレス。

 透き通るような白い花弁が、窓から吹くそよ風に揺れている。


 その傍らには、一通の手紙。


 封を開けると、柔らかな筆跡で、こう綴られていた。


『エリオス殿下へ


 ご挨拶もせずに立ち去る形となり、申し訳ございません。

 首飾りは、元の場所に戻しておきました。

 報酬の十万ギールは、いつか取りに伺いますので、差し支えなければ、それまで預かっていてくださると助かります。


 アルビナ・セレスは、お返しします。

 今の私には、まだ、それを受け取る資格がないと判断しました。なぜなら、私は殿下に大きな嘘をついているからです。

 もし次にお会いしたとき、殿下のお心が変わっていなければ、その時こそ、もう一度、私にこの花を贈ってください。


 便利屋セルフィより


 追伸:失くし物にはお気をつけて』



 手紙はそこで終わっていた。

 けれど、その余白は、何より多くを物語っていた。


 エリオスは、アルビナ・セレスに視線を落とす。


 長らく探し続けた想いの所在。

 目の前にあるこの花が、ようやくそれを指し示した気がした。



(……セルフィ。やはり、あのときの少女は君だったんだな)



 やっと会えたと思ったら、また、彼女は姿を消してしまった。



 エリオスは、手紙の文字を何度もなぞりながら、アルビナ・セレスに視線を落とす。


 次に会えたなら、今度こそ、彼女の名前を呼ぶのだと。そう、心に固く誓って。


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