Episode11.便利屋セルフィ、忍び込む
その日の深夜――。
王城の明かりはほとんど落ち、衛兵以外は寝静まる王宮内で、セリフィーヌは一人、庭園の奥へと向かっていた。
今では誰も足を踏み入れない、亡き王妃が住んでいたという離宮。
その場所へ、月明りだけが照らす石畳の上を、セリフィーヌは足音一つ立てず、歩みを進めていた。
――「今夜、私を離宮に入れるようにしてください。首飾りを取り戻してきます。ですから、あなたは――」
侍女長との交渉は、予想よりもすんなり終わった。
昼間――エリオスと別れたセリフィーヌは、その足で侍女長に会いに行った。
そしてアルビナ・セレスの花びらを見せると、侍女長は顔を真っ青にして、「何が望みなの?」と、自ら罪を告白したのだ。
けれど、セリフィーヌの目的は、“暴く”ことではなかった。
だから彼女は、取引を持ちかけた。
離宮の扉は、侍女長の手配によって、今夜だけ施錠が解かれている。
何かあれば、責任は侍女長が引き受ける。――そういう約束だ。
静かに扉を押し開けると、柔らかな埃の匂いが鼻腔をくすぐる。
廊下の先には、亡き王妃が生前、祈りの場として大切にしていたという小さな聖堂があった。
(エリオス殿下が、最後に宝物庫に入った日。その夜、彼が向かった場所。……きっと、そこに)
誰もいない聖堂。古びた窓から、月明かりが静かに差し込んでいる。
奥の祭壇には、白い布が掛けられた小さな祈祷台と、像がひとつ、佇んでいた。
祈りのポーズをとった、美しい女性の像。聖母のような微笑みを浮かべたこの像は、おそらく、王妃の祖国で崇拝されていた、愛と豊穣の女神・アスタルテだろう。
セリフィーヌは像に近づき、台座に手を添えた。
石の彫刻にしては、どこか不自然な継ぎ目。
指を滑らせながら探っていくと、小さな引き出しのような段差を見つける。
薄く息を吐き、ゆっくりとそれを押し込んだ。
すると――“カチリ”と音を立てて、台座の一部がわずかに持ち上がった。
セリフィーヌはそっと蓋を開ける。
そこには、真新しい布に包まれた、黒い小箱が収められていた。
布をめくる。
その瞬間、月光が反射するように、淡く輝く銀の輪が露になった。
(やはり……殿下だったのですね)
推理は正しかった。
首飾りは事件発覚の前夜ではなく、その二日前には既に盗まれていたのだ。
宝物庫に最後に入った、エリオスの手によって。
発覚当日に花びらが落ちていたのは、宝物庫の様子が気になったエリオスが、現場に戻ったからだろう。多くの犯人が、現場に戻るのと同じように。
セリフィーヌは、ゆっくりと箱に手を伸ばす。
台座から箱を取り出して、胸の中に、大切に、大切に抱き締める。
「見つけましたよ……殿下。あなたの、心を」
微かに震えるその声は、誰にも聞かれることなく、月明りの注ぐ下、静かに闇に溶けていった。




