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Episode10.便利屋セルフィ、声を聴く



 扉の前で、セリフィーヌは一度だけ深く息を吸った。

 中にいる人物は、もしかしたら犯人かもしれない。けれど――その可能性を否定したい自分も、確かに存在していた。


 扉を軽く叩くと、エリオスの声が返ってくる。


「入れ」


 セリフィーヌは入室し、静かに問う。


「少しだけ、お時間をいただけますか」

「構わない。何か進展でもあったか?」


 エリオスは椅子に腰かけたまま、腕を組んでこちらを見た。

 今日は上着も脱いでおり、随分と飾り気のない姿だ。


(……まるでいつも通りだわ。でも……)


「いくつか殿下にお尋ねしたいことがございます。先ほど、記録係から宝物庫の鍵の履歴を見せていただきました。過去三ヵ月分です」

「三ヵ月? 随分広げたな」

「ええ。その中で少し気になる点がありました。 殿下は事件の三日前まで、定期的に宝物庫を訪れていた。ところが――事件以降、一度も記録が残っていません。どうしてですか?」


 エリオスは少しだけ眉を動かす。けれど、返す言葉は落ち着いていた。


「それは当然だ。俺の目的は、"首飾り"を見ることだったのだから。首飾りが紛失したため、通う必要がなくなった」

「――!」


(やはり、目的は首飾りだった)


 セリフィーヌは言葉を続ける。


「それは、亡き王妃様の形見だからですか? 他にも何か理由があるのではないですか?」

「どういう意味だ」

「実は、記録係から教えていただいたのです。あの首飾りは、"王位継承者が婚約者に渡す証"でもある、と」


 瞬間、彼の指先が無意識に拳を握った。


「……ああ、確かに。そういう意味もあるな。取るに足らない、古い慣習だ」


(“取るに足らない”? なら、どうしてそんな辛そうな顔をするの?)


 記録係は言っていた。

 

 紛失した首飾りは、側妃の子である第一王子セディリオではなく、正妃の子、第二王子エリオスが、婚約者となる女性に贈るべきものであったこと。

 そして、エリオスはその慣習に不満を抱いていたことを。


 更に、エリオスは今現在、重臣たちから隣国の王女との縁談を薦められており、その縁談がまとまれば、慣習に従い、婚約の証として"首飾り"を贈ることになっていたことを。


 だが、その首飾りが紛失してしまったため、縁談は保留になっていると言うのだ。



(国王陛下とエリオス殿下の亡きお母上は政略結婚だった。それは国民中が知る事実。陛下が王妃様より、側妃様を愛されていたことも……)


 それは、エリオスよりも先に、セディリオが生まれたことからも明らかだ。


 つまり、エリオスは政略結婚の相手に、どうしても首飾りを渡したくなかった。だから、つい盗んでしまったのではないか。


 ――それが、セリフィーヌの出した答えだった。



 セリフィーヌはしばらく沈黙したのち、静かに問いかける。



「少し、お手を拝借しても?」


「……手?」


 エリオスの瞳がわずかに揺れる。

 だが、差し出した手は跳ね除けられることなく、少しの迷いと共に受け入れられた。


 その瞬間――触れた感覚よりも早く、流れ込んでくる心の声。


『名もなき記憶が、掌の上で形を成す。あの日拾われた光は、確かにここにあったのだと。だからこそ、私は願ってやまぬのだ――この罪に、君の瞳が汚されぬことを』


「……っ」


 掌越しに伝わる心の声に、セリフィーヌは思わず息を止めた。

 その詩には、恋にも似た感情と――何か、遠ざけようとする思いが混ざっていた。


(これって……)


 彼女はそっと、指先に力を込める。


「正直に答えてください。殿下は、本当に首飾りが見つかってほしいと思っていますか? “見つからない方がいい”と――心の底では、そう思っているのではないですか?」


 するとエリオスは少しだけ視線を逸らし、そして、再びセリフィーヌを見つめた。


「おかしなことを聞くな。見つかってほしいに決まっているだろう」


 けれど、静寂の中で、もうひとつの声が響く。


『わからない。俺にも、わからないんだ。だが、このままではいけないということだけは……わかっている』



 それは、セリフィーヌが初めて聞いた、叙情詩ではないエリオスの声だった。


 セリフィーヌは戸惑いを覚えつつも、最後の糸口に手を伸ばす。


「エリオス殿下……あなたは、事件発覚二日前・・・の夜、どこで、何をしていましたか?」


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