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48 馬鹿!死亡フラグを立てるな!

外の廊下はしんとしていた。さっきまでのロビーの喧騒と違い、冷たい石材、青白い月明かり、息が詰まるような静けさだけがあった。


約束の場所へ向かうと、すぐ廊下の端に小さな人影が見えた。雪ちゃんだ。


俺に背を向け、外の真っ暗な空を見上げ、右手にはペンみたいなものを握っていた。


足音を忍ばせ近づいたが、数歩手前で足を止めた。かすかに、途切れ途切れの、泣きそうな声。


「うぅ…明日のボス…本当に勝てるかなぁ…もし、死んじゃったら…うぅ…ほんとに、やだなぁ…」


えっ?


「どうしよう…失敗したら…わたし…ほんとに怖いよぉ…」


これは…?


崩れ落ちそうな声に、俺の心臓もギュッと締めつけられた。昼間は元気なフリをする彼女だが、一人のときは、やはり絶望感に押しつぶされそうになるのだろう。可惡。


「雪ちゃん?何してるんだ?」平然を装って声をかけた。


「ひゃっ?!」雪ちゃんはビクッと小動物みたいに振り返ると、慌てて手の中のものをポケットに押し込んだ。「な、なんでもないっ!なにもしてないよぉ!」ぶんぶん首を振って、視線がキョロキョロ泳いでる。俺の顔を見て、「あ!白狼様、来てくれたんだ?」と付け加えた。


「ああ、今来た」もう少し近づいた。月明かりの下、目元が赤くなっているのが見える気がした。「もしかして…怖いのか?ここで…死ぬかもしれないって、思ってる?」


俺の言葉は、ストレートすぎたかもしれない。雪ちゃんの肩が小さく震え、ゆっくりとうつむいた。消え入りそうな声。「うん…そう、だよ…」


少し間を置いて、意を決したように顔を上げた。「ごめん、なさい…やっぱり…すごく怖くて…」声が震えてる。「実はね…さっき…『今日の遺言』を、録ってたの…」


今日の…遺言?


その言葉が、ガンッと俺の胸を打った。そういうことだったのか…一見無邪気な女の子が、もう最悪の事態を覚悟して…こんな恐怖を、ずっと一人で抱えてたなんて…


喉が、きゅっと詰まる。何か慰めの言葉をかけてやりたいのに、一文字だって出てこない。こんな時、どんな言葉も空々しく響くだけだ。


「考えすぎるなって。俺たち、ここまで来れたんだ。最後の関門だって…きっと、なんとかなるさ」自分でもほとんど信じちゃいない言葉を、なんとか絞り出した。


雪ちゃんが顔を上げた。瞳はうるうるなのに、口元にかすかな笑みが浮かんでる。


「うん…」雪ちゃんは鼻をすんっとすすった。「でもね…白狼様…本当は、白狼様も怖がってるでしょう?雪ちゃん…わかる、よ?」


ぐっ…!


見抜かれてる…?いままで無理して張りつめていた何かが、プツンと切れた気がした。急に目頭が熱くなって、視界が滲む…くそ、なんだよこれ…


「う…ああ…そうだ…」俺の声は、抑えられないくらい震えて、涙声になっていた。「こんなクソみたいな場所…怖くないやつなんて、いるわけねぇだろ…!うぅ…」


「うん…わかる、よ…」雪ちゃんは、こくりと頷いた。瞳はすごく優しい。でも、すぐに何かを思い出したみたいに、ぱっと瞳を輝かせた。


「でもねっ!雪ちゃん、知ってるんですよ!白狼様は、本当はすっごく強いんですもん!攻略動画、いーっぱい見たもん!いつだって、神がかってた!だからね、こんな怖いゲームの中でも、白狼様なら、きっと、絶対みんなをクリアまで連れてってくれるって、信じてるんですね!」


雪ちゃんの言葉には、嘘偽りのない信頼がこもっていた。真っ直ぐな、キラキラした瞳…あーあ、もう…なんか、胸の奥がじんわりと暖かくなった。


「…ありがとな、雪ちゃん」なんとか笑顔を作って、込み上げてくる涙をぐっと堪えた。こんな風に信じてもらえるのって…うん、悪くない。


「えへへ…」雪ちゃんも、それで少し緊張が解けたみたい。でも、すぐにまた俯いて、声が小さくなる。「でも…やっぱり白狼様みたいに強くないから…万が一…雪ちゃんが本当にダメになっちゃったら…お願い、できませんか…?これを…」そう言って、さっきのピンク色のペンレコーダーを、そっと俺に差し出した。「パパとママに…届けて…ほしい、なって…?」


ふざけんなっ!!


カッと頭に血が上った。チクショウ!こんな土壇場で死亡フラグ立ててんじゃねえよ!しかもこれ、ゲームの中から現実世界に持ち出せるわけねーだろ!?考えなくてもわかるだろうがっ?!


「断る!!」思わず怒鳴っていた。


「えぇっ?!な、なんで…?」雪ちゃんは完全にビビって、ペンレコーダーを持った手が宙で固まった。


「んな弱気なこと言ってんじゃねぇ!」俺は雪ちゃんの手を乱暴に振り払った。「自分が強くない、だと?!モンスターのタゲ取ったのは誰だよ?!メリーゴーランドのルールを見つけたのは?!ここまで来れたのは、雪ちゃんだって大事な戦力だろうが!勝手に諦めてんじゃねーぞ、このバカ!」


俺の声は、たぶん、デカすぎた。口調も、かなりキツかったと思う。


「うぅ…ご、ごめんなさ…」雪ちゃんの目尻がまた赤くなった。でも、俺の言葉で少しは目が覚めたみたいで、しょんぼりとペンレコーダーを引っ込めた。


ふぅ…まったく、もう。


「よしっ!もうメソメソ考えるのは止めだ!」大きく息を吸って、無理やり自分を落ち着かせると、頭をポンポンと軽く叩いた。「時間は貴重なんだ。特訓、するんだろ?始めるぞ!」


「あ…うん!わかった!」雪ちゃんは慌ててこくこくと頷いた。


「いいか…雪ちゃんにとって一番大事なのは、『避ける』かだ!生き残らなきゃ、話にならないからな!」そう言いながら、腰に提げていたゴルフクラブを抜き、しっかりと握りしめた。


雪ちゃんもそれを見て、自分のマシュマロ杖を取り出す。ファンシーな見た目は…まあ、いいか。


「よし、雪ちゃん。その杖で、俺に攻撃してこい」


「えぇっ?攻撃、ですか?白狼様に?そ、そんな、いいんですか…?」雪ちゃんはためらっている。


「問題ない。遠慮なく、かかってこい!」


「うぅ…はいっ!」


雪ちゃんはすーっと息を吸い込むと、意を決したように、えいっ!と気合を入れた。そして——ぎゅっと目を瞑り、両手で杖を握りしめ、まっすぐ俺に向かって突っ込んできた!動きがカチコチで、めちゃくちゃぎこちない。


俺はひらりと身をかわし、余裕でそれをいなす。


「きゃあっ!」雪ちゃんは勢いを殺しきれず、前のめりによろけて、危うく転びそうになる。


「おっと!危ねぇ!」咄嗟に雪ちゃんを支える。「見たか?今の避け方。相手の攻撃の軌道をよく見て、その隙間にスッと移動するんだ」


「え?今のは、速すぎて…あんまり、よく見えなかった、です…」雪ちゃんは体勢を立て直すと、気まずそうに言った。


うーん…やっぱり、口で言うだけじゃダメか。


「もう一回だ!今度はもっとよく見てろよ!」


「はいっ!」


雪ちゃんは再び気合を入れて、マシュマロ杖を振り回しながら突っ込んでくる。ん…さっきより、ほんの少しだけ勢いがついた…か?でも、やっぱり動きが正直すぎる。


ヒョイッと、俺はまたしてもそれをかわす。


「どうだ?今度は見えたか?」


「うん…たぶん…ほんのちょっとだけ…白狼様が、横に…シュッて…」雪ちゃんはこてんと首を傾げて、手で曖昧な動きを再現してみせた。


「そう!それだ!」少しでも進歩があればいい。「なんとなく、コツは掴めてきたか?よし、今度は雪ちゃんが避ける番だ!」


「えぇっ?!わたしが、ですか?!」雪ちゃんの顔がさあっと青ざめる。「わたしに…できる、かなぁ…?」


「大丈夫だって。手加減するし、怪我はさせねぇよ」そう言ったものの、内心じゃ全然自信がなかった。こういうのは、やっぱり実践で慣れるしかない。


「うぅ…わかり、ました…」雪ちゃんはこくりと頷くと、マシュマロ杖をぎゅっと握りしめ、カチコチの防御姿勢をとった。体中から「緊張してます!」ってオーラがダダ漏れだ。


よし、力加減は…と。まずはゆっくりめのフェイントで、動きに慣れさせるか…


俺はグッと一歩踏み込み、体勢を低くして、手に持ったゴルフクラブを雪ちゃんに向かって薙ぎ払う!狙いは斜め前方のスペース。スピードもパワーも、かなり抑えめにしたはずだ!


だが——


「ひぃぃぃぃぃいいいーーーーっ!!!」


金切り声のような悲鳴と同時に、その場で固まるか、せいぜいちょこちょこ後退するだけだと思っていた小さな影が、まったく予想だにしない反応を見せた——!


まるで怯えたウサギみたいに、ぴょんっと左斜め後ろに飛び退いたのだ!一瞬で、とんでもない距離を!

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