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4 異常ログイン

「痛っ!」


首の後ろにズキッと痛みが走って、思わず悪態をつきそうになった。視界の端っこに赤い警告メッセージがチラチラして、なんか歪んで見えた。


俺はパーカーの袖を引っ張ってみた。手首で布が擦れる感覚が、ありえないくらいリアルだった――二年着てるこの仮想アバター、いつから縫い目みたいな細かい感触まで再現するようになったんだ?


これ絶対バグだろ…


袖口をゴシゴシ擦ってみると、やけにはっきりした足音が聞こえてきた。左、三メートルくらい先を誰かが下駄で歩いてて、「カッカッカッ」って音がする。それに、なんだこの匂い?汗と体臭と革が混じったような…こんなの、『インフィニティ』の感覚データにあるはずないだろ!


「なにこれ…」


耳元で低いささやきが聞こえ、すぐ横の空気がぐにゃりと歪んだ。猫耳カチューシャをつけた少女が「バタン!」と俺の足元に転がり込んできた。金属のブーツが地面を擦って火花を散らし、キィィ!って耳障りな音がする。ログイン時の正座ポーズのまま、ピンク色の目をまん丸に見開いてる――これ、普通のログイン演出じゃない。まるで生身の体を転送してきたみたいだ!


「Hey! Move!」


誰かに肩を押された。振り返ると、緑のモヒカン頭で唇にピアスをじゃらじゃらつけた男だった。去年のハロウィン限定だったスケルトンナイト装備を着てるけど、肩当ての傷とか、妙にリアルだ。


「うわっ、人多すぎだろ!」


つま先立ちしてロビーを見渡してみた。日本サーバーで三年やってるけど、こんなに外人プレイヤーが多いのは初めてだ。パーカー着たやつが自分の頭をガンガン殴ってるし、ヘソ出しルックの金髪ギャルはずっと服の裾を下に引っ張ってるし、宇宙服のデブは地面にへたり込んでる。


いつもは多くても二千人くらいなのに、今は少なくとも倍以上いるぞ!サーバーが落ちてないのが奇跡だ…


もっと変なのは、プレイヤーの頭上に何も表示されてないことだ。いつもはキラキラしたIDがあったのに全部消えてるし、NPCの受付嬢も見当たらない。それに、壁のLEDスクリーンも真っ暗だ。もしかして、これってエイプリルフールのイベントか何か?


「システム…」


空中でメニュー呼び出しのジェスチャーをしてみたけど、何も出てこない。通りすがりのプレイヤーの服の裾に触れただけだった。そいつのジャケットに、白いバラのマークが一瞬キラッと光った――普通のゲーム素材じゃないな、これ。


「ステータス表示!」諦めきれずに日本語で叫んでみたけど、隣にいた魔法使いローブのやつにジロリと白い目で見られただけだった。「Crazy Japanese…」


チッ、音声コマンドもダメかよ?


壁際をそろりそろりと移動して、バンドが演奏するステージエリアに向かった。途中、何度もいろんなジェスチャーを試した。普段なら念じるだけでコントロールパネルが出るのに、今はどんなジェスチャーも効かない。ドラムセットにはうっすらと埃が積もっていて、手を伸ばして触ろうとしたけど、ためらって止めた――ディテールがリアルすぎる。ちょっと触っただけで、何かが変わりそうな気がした。


「Excuse me!」


不意に誰かが俺の袖を掴んだ。そばかすだらけの茶髪の少年が大げさに口を開けて叫ぶ。「Exit? How?」


俺が眉をひそめると、彼は胸の前で×のジェスチャー作ってみせた。こいつ、初心者アバターだけど、胸の『インフィニティ』のロゴが剣と炎のマークに変えられてる――典型的な中二病プレイヤーだな。


「No…」俺が首を横に振った途端、手首を掴まれた。肌が触れる感覚がやけにはっきりしてる――サーバー間接続の時にありがちなラグが全くない。手のひらの冷たさがダイレクトに伝わってきた。この奇妙なシンクロ感は、昔、科学の本で読んだ量子もつれってやつを思い出す。


少年が突然、上を指さした。見上げると、天井の星空プロジェクションが、チカチカ点滅する大量の文字化けに変わっていた――強制ログインの時の警告シグナルと全く同じだ!


ただのバグじゃないな、これは…


壁を触りながら歩くと、石材のリアルな質感がはっきりと伝わってきた。前方の二階へ続くエスカレーターは止まっているようで、いつもみたいに動いていない。


エスカレーターがメンテで停止中?ゲームの中だぞ、おい!運営の頭、沸いてんのか?


止まったエスカレーターを歩いて上った。中ほどまで来た時、床に白いバラの模様がうっすらと浮かび上がっているのに気づいた。一歩踏み出すごとに、ほのかに光を放つ。こんなマーク、ゲーム内で見たことないぞ。もしかして新イベントの予告か?


二階の廊下は不気味なくらい静まり返っていて、いつもは賑やかな店が全部シャッターを下ろしていた。カフェのガラス窓に「はぁー」っと息を吹きかけると、なんと水滴がくっついた!


これ、絶対アプデ告知にはなかったよな…


映画館のドアをそっと押してみた。ドアノブがザラザラしていて、木のささくれが指に刺さった。


痛って!誰だよ、痛覚パラメータいじったやつは!?


ふと、三年前、ゲームでスライムに飲み込まれた時のバーチャルな痛みを思い出した――あの時はまだ、『ダメージ吸収中』って柔らかい青い光の表示が出たのに。今回の痛みは、リアルすぎてもう笑うしかないレベルだ。


振り返ると三階へのエスカレーターがあったので、上ってみようとした。すると、「ドン!」と透明な壁にぶつかって、おでこがジンジン痛んだ。視界の隅に、赤い警告「Connection Error」が浮かび上がるのが見えた。


マジかよ!探索もさせない気か?


一階の南側出口に戻ると、人だかりができていた。目を凝らしてよく見ると――革ジャンを着たやつが、目の前の霧の壁に頭突きを繰り返していた。ドンドンぶつかるたびに、首輪からバチバチ火花が散っていた。


「おい、頭痛くないの?」思わず声をかけた。突然「バン!」と音がして、そいつは弾き飛ばされて、靴が空中をクルクル回転した。


「へぇ、面白いじゃん…」俺は数歩下がって助走をつけ、霧の壁に体当たりしてみた。ぶつかった時の反動で、全身がビリビリ痺れた。そのまま弾き飛ばされて、地面にドシンと尻もちをついた。


くそっ、外に出させないってか?ふざけんな!


痛む尻をさすりながら立ち上がると、ふと靴紐がほどけているのに気づいた――システムがこんな細かいとこまで再現するなんて、ありえない。


俺はロビーの北側へ向かった。北のバンドステージエリアはシンと静まり返っていた。と、けたたましい金属が断裂するような音と共に、イブニングドレスを着たプレイヤーがグランドピアノの後ろから飛び出してきた。


「キモ……」


彼女は悲鳴を上げて逃げていき、スカートの裾が地面をかすめると、赤いデータがチラッと流れた。ピアノ椅子の足元には半分ちぎれたポスターが落ちていて、文字はぐちゃぐちゃで読めないけど、隅にある白いバラのマークだけはやけにはっきり見えた。


一体何のネットミームだよ、これ?おい——


二階から突然、悲鳴が聞こえた。見上げると、メイド服のプレイヤーが手すりを乗り越えて飛び降りてきた。スカートがひらりと宙を舞い、周りからどよめきが起こる。


「Oh my god!」「マジで!?」「¡Dios mío!」


メイド服のプレイヤーはふわりと着地し、無傷で立っていた。カウボーイ姿のやつが震える指で上を指さした。「She jumped from six meters!」


「ありえねぇ…」俺はつぶやいた。普通、あんな高さから飛び降りたら最低でも硬直するはずなのに、あいつは何事もなかったかのようにスカートの埃をパンパンと払っていた。足元からは、蒸発する水蒸気みたいに、ピクセルっぽい粒子がチラチラと消えていくのが見えた。


その時だった。ロビーにある数十個のLEDスクリーンが一斉に点灯し、三階の方からクリアな女の声が響いた。「プレイヤーの皆さん、こんにちは」


顔を上げると、銀白色のロングヘアの女性が突然、高台に現れた。黒いスーツにタイトスカート、S字ラインを強調したボディ、黒ストッキングに包まれた長い脚がハイヒールを履いていて、俺は一瞬で見とれてしまった。


うおっ…このボディライン、エロゲからモデリングしたんじゃねーの?


思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。完璧な顔立ちのサファイアのような青い瞳が妙に目を引き、全てのLEDスクリーンには彼女のアップが映し出されていた。


「初めまして」女性は無表情で口を開いた。その声は、アナウンサー級のキレイな日本語だった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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