37 仮面の恐怖フラッシュバック
雪ちゃんは突然マシュマロ杖を掲げた。顔は恐怖でパッと青ざめていた。
「白狼様!あたしがおとりになるから、早く白キング倒してね!」
二人の白いクイーンは何かに引き寄せられたかのように、黒いキングを追うのをピタリとやめ、雪ちゃんの方へと向かってきた。
冷たい目をした二人のクイーンが雪ちゃんに迫っていくのを見て、俺の心臓はドキッと締め付けられた。道中では二人のプレイヤーがクイーンたちにやられて、地面でのたうち回っていた。
頭の中で二つの選択肢が閃いた——雪ちゃんを守るか、それともキングを倒すチャンスを掴むか。あの子は俺のために危険を冒したんだ、どうすべきだろう?
熱い決断が頭をよぎり、躊躇している暇はなかった。
俺は素早く左側へ回り込み、deadlyなクイーンを避けながら、ナイトの防衛線を突破することにした。二人のナイトが道を塞ぎ、長い槍が俺の急所に向けられていた。
ゲームの経験から、ナイトの攻撃リズムを瞬時に見切った。腰を低くして最初のナイトの槍突きを避け、タイミングを計って横に身をかわした。立ち上がる瞬間、ゴルフクラブはすでにナイトの頭へと力強く振り下ろされていた。
ゴン!
ナイトの大理石の体はバランスを崩し、ドシンと地面に倒れた。
もう一人のナイトの槍が横から突き刺さってきた。俺は前に滑り込むことしかできず、槍が背中をかすめ、ビリビリッと痺れるような衝撃が走った。
前方には…白いキング!ヤツは隅っこで、なんだかオロオロしているように見えた。
俺はクラブを握りしめ、ダッと駆け出した。床を蹴る靴音がギャリッと鳴る。心臓がバクバク跳ね、全身の筋肉がギリギリと引き締まった。
クラブは弧を描いて、白いキングの頭部に正確に捉えた。ドンと!と鈍い音がして、白いキングはドサリと倒れこんだ。
その瞬間、すべての駒が動きを止め、壁のタイマーは「1:47」で停止し、カウントダウンは続かなくなった。
「はぁ…はぁ…」俺は肩で息をし、汗びっしょりになっていた。勝った…!その喜びとともに、一気に疲労感がドッと押し寄せてきた。
俺は周りを見渡し、戦況を確認した。雪ちゃんは腰を抜かしてへたり込み、真っ青な顔で、さっき倒れたクイーンの駒を呆然と見つめ、杖を震えた手でギュッと握りしめていた。
ガチャリ、と音がして、ロビーの前後のドアが同時に開いた。後ろのドアからは、締め出されていたプレイヤーたちがぞろぞろと入ってきた。
「雪ちゃん!」俺は駆け寄って、彼女の前にしゃがみこんだ。「大丈夫か?」
「うぅぅ…白狼様…あ、あたし、もうダメかと思ったよぉ…」雪ちゃんは目を赤くし、声はまだ震えていた。
「誰が急に飛び出して囮になれって言ったんだよ」俺は彼女の頭をクシャクシャと撫でた。「でもマジ見事だったぞ。さっきのプレイはプロ級だったぜ」
「ほ、本当?」褒められて、雪ちゃんは顔をかあっと赤くした。「あ、あたし、目立ちたかったわけじゃないもん…ただ、白狼様が困ってるの、見てられなかったから…」
周りを見回すと、多くのプレイヤーが怪我をしていた。ハンスは腕の青あざをさすりながら、何か不満そうにブツブツと呟いていた。茶色の革ベストを着た男性プレイヤーは骨折したらしく、足を押さえてギリギリと苦しそうに唸っていた。
「こ…これは一体どういうこと?」入ってきたばかりの女性プレイヤーが恐る恐る尋ねた。
「くそったれのチェスゲームだよ」ハンスはイライラした様子で答えた。「駒が全部動き出しやがって、マジで全滅させられるとこだったぜ」
「大谷がいて良かったよ。あのクラブの一撃はマジでタイムリーだった。あと数秒遅れてたら、俺たち全滅してたかもな」壁に寄りかかっていた男が、額の冷や汗を拭いながら、ホッと息をついて言った。
エミリーはそこら中にいる怪我人を見ると、すぐに医療バッグから救急用品を取り出し、テキパキと手当てを始めた。
「みんな、軽い怪我は自分で手当てして! 重傷の人はこっち!」エミリーは手慣れた様子で指示を出した。「そこの足、骨折してる人! 下手に動かないで、今固定するから!」
約20分の休憩の後、俺たちは前進を続けた。チェス盤のロビーを抜けると、曲がりくねった長い廊下があり、壁には様々な形のジョーカーの仮面がびっしりと貼られていて、薄暗い照明に照らされて、めちゃくちゃ不気味だった。
これらの仮面を見ていると、俺の心はゾクッとして、何とも言えない不安感がムクムクと湧き上がってきた。
「白狼様…この仮面…怖いよぉ…」雪ちゃんは俺の近くに寄り、小さな手で俺の服の端をギュッと掴んだ。
その時、壁のジョーカー仮面が、全部ウネウネと動き始め、口角が上がり、不気味な笑みを浮かべた。
「きゃあ——」後ろで誰かの悲鳴が上がった。
俺の視界がぼやけ始め、頭の中に突然ある光景が浮かんできた…
…俺はベッドに座り、隣ではセーラー服を着た女の子が足をぶらぶらさせながら絵本を読んでいた。
「お兄ちゃん、今日、一緒に遊べる?」女の子は期待に満ちた目で俺を見つめていた。
「もちろんだよ、優子」俺は無意識に答えていた。
外はポカポカと陽が差していて、窓際には何鉢かの観葉植物が置かれていた。すごく普通で…平和な光景だ。俺たちはパズルで遊び、母が軽食を運んできて、父は別の部屋で仕事をしていた…
なんでこんなにハッキリ覚えてるんだ?そうか、これが俺の日常だったんだ…
突然、家全体がグラグラと激しく揺れ、天井の照明がバシャンと床に落ちた。
「地震だ!」
ゴゴゴゴッ!と轟音が響き、目の前の地面に大きな亀裂が走り、妹の恐怖に満ちた顔が向こう側へと遠ざかっていった。手を伸ばしても、届かない。亀裂は無情にも広がっていくのを、ただ見ているしかなかった。
「お兄ちゃん!助けて!」彼女は叫び、涙がポロポロと頬を伝って流れた。
次の瞬間、温かい液体が俺の顔にビシャッと飛び散り、妹の叫び声が途切れた。見えない何かの力で、妹の体が…ぐちゃぐちゃに引き裂かれ、血肉が飛び散った…
待てよ…なんか、おかしいぞ。「優子」って…誰だ?俺の妹?あああ、頭が…ガンガンする…!
記憶の断片が突然閃いた。ジョーカーの仮面、チェス、デスゲーム、マリアン…
違う!これは現実じゃない!俺には妹なんていない!俺はデスゲームの中にいるんだ!これはジョーカー仮面の罠だ!
俺は必死にもがき、意識を現実に引き戻そうとした。体がビクン!と感電したように激しく震え、ハッと幻覚から抜け出した。
シュッ!
目の前がパッと明るくなり、俺は長い廊下の真ん中に立っていることに気づいた。目の前、1メートルもない距離に、数枚のジョーカーの仮面が顔めがけて高速で飛んでいた!
「くそっ!」俺は本能的にクラブを振り回し、空中に銀色の光の筋を描いた。「パン!」「パン!」クラブは次々と仮面を打ち、それらはバラバラに飛び散り、破片が床に落ちてカラカラと鋭い音を立てた。
「仮面を見るな!走れ!」俺は後ろのプレイヤーたちに向かって叫んだ。緊張で声がかすれていた。
皆はハッと夢から覚めたように、一斉に走り出し、飛んでくるジョーカー仮面を避けようとした。
「白狼様…うぅ…」雪ちゃんは息をハアハアと切らしながら俺の後ろについてきた。顔は青ざめ、大きな目には恐怖の涙がキラキラと光っていた。「あ、あたし、さっき、すっごく怖いもの見ちゃった…真っ暗な地下室に閉じ込められて、血だらけで、何かにずっと追いかけられて…」
「あの仮面は幻覚を見せるんだ」俺は走りながら言った。「そんなこと考えるな、とにかく前に走れ!」
後ろから突然キャーという悲鳴が聞こえた。俺は思わず振り返ると、白いスーツを着た男性プレイヤーの顔にジョーカー仮面が直撃していた。
仮面が張り付いた瞬間、そのプレイヤーはピタリと動きを止め、次にガクガクと激しく震え始めた。彼の体はみるみる歪んでいき、頭部が不自然にユラユラと揺れ動いていた。
「来るな!父さん!やめろぉっ!」男が突然、恐怖に歪んだ声で叫び出した。「お願いだ! もうママを殴らないでくれ!」
次の瞬間、男は腰からゆっくりと大きなスプーンを取り出すと、ケタケタケタ!と獣のような奇声を発した。
「アアアアアアアアア!クルナ!クルナァ!」彼は狂ったようにスプーンをブンブンと振り回し、一番近くにいた女性プレイヤーに飛びかかった。




