第八十三話 東條綾香の恋⑨
すみません、ちょっと話が短いです。
晴翔君の言葉を聞いた瞬間、私は彼から目が離せなくなった。
瞬きすらも忘れて、ただただ見つめ続ける。
晴翔君は、柔らかくて優しくて、まるで包み込む様な眼差しを向けてくれる。
「だからさ、これからも君の笑顔の為に、無茶や無理をするのを許してくれないかな?」
その言葉に、私は心を奪われてしまった。
想われている。
大切にされている。
それを晴翔君の言葉で実感した私は、好きな人から大切にされるという事が、これ程にまで嬉しい事だったんだって、初めて知る。
今の私は、完全に晴翔君の虜になっちゃってる……。
視線を奪われ、心を奪われ、私のすべてが晴翔君を求めているみたい。
その時、私は咲に言われた言葉を思い出した。
ーーこれからは、時間を掛けて大槻君の事を見極めていく時期だからね
咲は、恋愛は付き合い始めてからが本番だって言ってた。
恋人として、一緒の時を重ねて、晴翔君が私にとって運命の人なのかどうか、それを見極めていく時期だって。
でも……もう、分かっちゃったかも……。
だって、さっきから私の感情が、何度も叫んでるんだもん。
“この人だ! この人なんだ!”って。
心が痛い位に、私の胸の内側から訴えかけてくる。
晴翔君は私にとって初恋の人で、他に好きになった人はいなくて。
そんなので、運命の人なのかどうかなんて、判断できるのか? って、私の中の冷静な部分が疑問に思う。
それと同時に、ここまで大好きだって思える人が、この先の人生で出会えるのかっていう思いも湧き上がってくる。
今の私は、もうどうしようもない位に大槻晴翔という男の子に、夢中になっちゃってる。
こんなにも素敵で魅力的で、私の事を大切に思ってくれて、そして何より、私自身が大好きだって思える人。
後にも先にも、そんな人は晴翔君だけだと思う。
咲がバーベキューをやって家に泊まりに来てくれた時、もし家事代行で来た男子が晴翔君とは別の男子だったら惚れていたかって話をした時。
あの時の私は、好きにはならないって咲に話したけど、正直自信がなかった。
晴翔君以外の人が家事代行で来るイメージが出来なくて、惚れないって答えたけど……。
もし、晴翔君みたいに優しくて気遣いが出来て、家事力の高い人だったら。
その人を好きになっちゃってた可能性を完全には否定できなかった。
でも、今ならはっきり言える。
私は、晴翔君だったから好きになったんだって。
他の人なんて考えられない。
私が好きなのは、世界でただ一人。晴翔君だけだって。
私はこの気持ちをこの胸が張り裂けてしまいそうな程に大きく膨らんだ気持ちを彼に伝えたくて、晴翔君に抱き着く腕に力を込める。
「私も……晴翔君の事、大好きなんだよ?」
本当は“大好き”なんて言葉じゃ、私の胸の中の感情のほんの一部しか伝えられてない。
だけど、この気持ちを完璧に表す言葉を私は知らなくて、だからできる限りの言葉と、彼に抱き着く強さでこの気持ちを精一杯、晴翔君に届ける。
「だから、私も晴翔君には笑顔でいて欲しいの。無理も無茶もして欲しくないよ」
晴翔君が私の為に頑張ってくれるのは、とても嬉しい。もう幸せ過ぎておかしくなっちゃいそうなくらい嬉しい。
けど、そのために無理なんてして欲しくない。
というより、むしろ私が晴翔君を笑顔にしたい、そばで……ずっと尽くしていたい。
私の言葉に、晴翔君は少し困った笑みで見下ろしてくる。
「う~ん、それは困ったなぁ」
「私だって、晴翔君が思っている以上に、君の事を好きになってるんだから」
そう言うと、晴翔君は少し照れた様に顔を赤くして笑う。
もう、その反応を見ただけで、私の心は天にも昇ってしまいそうなほど高鳴る。
彼に対しての愛おしいって気持ちが溢れ出そうになる。
もしかして、これが恋に落ちた瞬間ってやつなのかな?
夏休みが始まって、晴翔君と出会って。家事代行を通して私は彼に惹かれた。
そして、咲に相談して晴翔君への気持ちを自覚した時。私は一つ納得できない事があった。それは、恋に落ちた瞬間が分からなかった事。
でも咲に、現実の恋はそんなもんだって言われて、私も現実の恋ってそうなんだって、自分を納得させた。
現実の恋は、そこまでロマンチックじゃない。気が付いたら好きになっちゃってる事が殆どだって。
でも今の私は、それこそ漫画のヒロインみたいに、晴翔君にときめいちゃってる。胸がドキドキ高鳴って、心奪われてる。
これが恋に落ちた瞬間なんだ。
いままでの私も、晴翔君に恋をしていたと思う。
彼の事が好きだって自信を持って言えるし、晴翔君に対してちゃんと魅力を感じて惹かれていた。
けど、心のどこかで少し、私は浮かれた様な気持ちもあったかもしれない。
晴翔君に恋をしている自分に、ちょっと陶酔していたところがあったと思う。
恋に恋しちゃってたかもしれない。
だけど、今は違う。
私は晴翔君に対して、本当に純粋な気持ちで恋をしていると思う。
自分の事なんかどうでもいい。
晴翔君が幸せなら、それだけで私も幸せになれると思う。
「晴翔君」
「ん?」
「一つお願いしてもいい?」
「何なりと」
すぐに頷いてくれる彼に、私は若干の恥ずかしさを感じながら、晴翔君にお願いをする。
「ギュって、して欲しいな」
「いいよ」
微笑みながら言葉を返してくれた晴翔君は、緩く私の背中に回していた腕に力を込めてくれる。
温かく包み込むように優しく、だけど力強く。
晴翔君にギュって抱き締められて、私は彼の胸に顔を埋める。
晴翔君と本当の恋人になってから、何度か抱き締められてる。
その度に、私は全身が幸せに包まれて、恥ずかしさと嬉しさで体が熱くなる。
そこに今は、圧倒的な安心感も加わる。
彼の腕の中にいると、なんだか守られてる様で、心が落ち着いて安らぐ。
その時、私は気が付いた。
今の私の気持ちを表してくれる言葉がある事に。
その言葉でも、まだまだ不十分だけど、それでも“大好き”よりは今の私の感情を晴翔君に届けてくれる気がする。
私は晴翔君の事を“好き”じゃなくなってるんだ……。
もう、そんな言葉で済まされるような感情じゃ、なくなっちゃってる。
夏休みと同時に始まった私の恋。
大事な大事な、私の初めての恋。
それは、ただの初恋なんかじゃなかったのかもしれない……。
彼の胸の中で、私はそっと顔を上げて愛しい人の顔を見詰める。
そして、今の私の気持ちを一番沢山届けてくれる言葉をそっと囁いた。
「晴翔君……愛してるよ」
人生で初めて、心を込めて、自分の感情を載せて口にした言葉。
その初めての相手が、晴翔君で本当に良かった……。
綾香の晴翔に対する意気込み:運命の人は、君じゃなきゃイヤ……。
この話を書いているとき、ふと『うれしい!たのしい!大好き!』という曲を思い出しました。
綾香の心情って、この曲の歌詞みたいな感じなのかなぁと。




