第五十七話 大槻遥です!
友哉は若干の戸惑いと多分な好奇心の混ざった眼差しで、晴翔と綾香を交互に見る。
「え? え? 2人とも随分と仲良さそうだけど?」
「あ、いや、これは……」
友哉のニヤついた表情から、彼が何を考えているのか手に取るように分かる晴翔は、どうやって誤解を解こうか頭を悩ます。
そこに綾香がチョンチョンと晴翔の服を摘む。
「晴翔君……」
少しだけ不安そうな表情で見上げてくる綾香に、取り敢えず晴翔は目の前の親友を紹介する。
「こいつは俺の親友の赤城友哉。一応、俺たちと同じクラスなんだけど」
「赤城君……あ! あの、こんにちわ」
晴翔の紹介に、綾香は少し視線を上に向け記憶を辿る。そして、友哉のことを思い出したのかペコリと頭を下げる。
「どうも〜、いやぁ私服姿の東條さんはめちゃ可愛いね!」
「あ、あの……どうもありがとう」
陽気な感じで褒めてくる友哉に、綾香は少し反応に困った様子を見せる。
「ねぇ東條さん、ちょっとだけハルを借りていいかな? ほんの一瞬だけだから」
「え? う、うん……」
綾香が躊躇いがちに小さく頷くのを見て、友哉は晴翔の肩に腕を回して彼女から少し距離を取る。
「おいハル! 東條さんと付き合い始めたなんて聞いてねぇぞ!?」
綾香に背を向け、話を聞かれないように声を落とした友哉が、晴翔に顔を近付けて言う。
「なんで教えてくれないんだよ、俺ら親友だろ? おいおい」
「脇腹突くんじゃねぇ、それに綾香とは付き合ってるわけじゃ……ない」
「は? そんなわけあるかよ? あんな仲睦まじいのを見せつけられてさ。それにハルだって東條さんの事“綾香”って呼んでるじゃん?」
「それは……まぁ、色々とあって」
晴翔は友哉の追及から逃れるように視線を逸らす。
そんな彼の様子に、友哉は更にニヤニヤとした表情を浮かべる。
「付き合ってないとしても、好き合ってはいるだろ? 絶対に」
「そんなの、わかんねぇだろ。俺はともかく、彼女の気持ちは」
確信めいて言う友哉に、晴翔は消え入りそうな声で返す。
彼の自信無さげな声音に、友哉は「ほほ〜ん?」と何かを察したような表情をする。
晴翔は親友のその表情に堪えきれなくなり、肩に回されている友哉の腕を振り払う。
「つーか、お前は何しに駅前まで来たんだよ? 1人か?」
「いんや、俺は遙の買い物に付き合わされて…」
「ハルにぃ〜ッ!!」
友哉の話は、突如としてハイテンションな叫び声によって遮られる。
声のする方に晴翔が目を向けると、遠くから友哉の妹、遥が走って来た勢いそのままに晴翔の腕に抱き着いてきた。
「こんな所でハルにぃに会えるなんて! 今日の星座占い一位で良かった!」
「ちょ、遥ちゃん」
晴翔の腕をつかんだままピョンピョンと跳ねる遥に、晴翔が戸惑う。
「人目があるからそんなにくっ付かない方が……」
「えぇ~! 久しぶりにハルにぃに会ったから、しっかり補給をしとかないと」
「補給って何を?」
若干引き攣った笑みを浮かべる晴翔。
そんな彼の背中に、戸惑いがちに声が掛かる。
「あ、あの……晴翔君?」
その声に晴翔が振り返ると、綾香が遥と晴翔の間で何度も視線を往復させていた。
その表情はどこか焦りの色が色濃く滲み出ている気がする。
「えと……その子は……その……」
「あ、ごめん。この子は友哉のいも…」
「ハルにぃの妹の遥です!」
「あ! そうだったんだ」
本当は友哉の妹であるはずなのに、しれっと嘘をつく遥。
しかし、それが嘘だと気づく筈も無い綾香は、どこか安心したような表情で遥に対して頭を下げる。
「初めまして、お兄さんと同じクラスの東條綾香です」
「いつも兄がお世話になってます! 妹の大槻遥です!」
「なんでやねん!」
思わず突っ込みと同時に、晴翔は遥のおでこに軽く手刀を入れてしまう。
遥は「あたっ」とおでこを両手で覆う。
「え? 晴翔君どうしたの?」
「ごめん綾香、この子は俺の妹じゃなくて、友哉の妹」
「え? え? 赤城君の?」
晴翔が暴走する遥の対応に頭を抱えながら、友哉を指差す。
対する綾香は、かなり混乱しているらしく、晴翔と友哉そして遥の三人を忙しなく何度も見る。
「えぇ! 私ハルにぃの妹だもん!! こんなのよりも断然ハルにぃの方が良い!」
「おい、実の兄に向って“こんなの”とはなんだ。兄、傷つくぞ?」
抗議の声を上げる友哉に、遥は「べー」と舌を出す。
そのやり取りを見ていた綾香が、いまだに混乱しつつも、遥が晴翔の妹では無い事は何となく理解する。
「改めて紹介するよ。この子は赤城遥。俺じゃなくて友哉の妹」
「そうだったんだ……でも、晴翔君と遥ちゃん、本当の兄妹みたいだね?」
「あ~それはまぁ、友哉とは幼馴染だから必然的に遥ちゃんとも昔からの仲で」
「一緒にお風呂にも入る程の仲です!」
何故か遥は勝ち誇ったように胸を張る。
彼女の言葉を聞いた綾香は、かなり引き攣った表情を浮かべる。
「へ、へぇ……一緒に、お風呂……? えッ!? お風呂!?」
「いやいや! 昔の話だからね? 幼稚園児とか小学校上がりたて位の時の話だから!」
「そ、そっか! そうだよね!」
晴翔の必死の弁解に、綾香もホッと胸を撫で下ろす。
そこに、遥が綾香に視線を向けて言う。
「綾香さんでしたっけ? ハルにぃとはどういうご関係で?」
どこか問いただす様な、若干圧を感じさせる雰囲気に、綾香は言葉を詰まらせる。
「えと……」
「ただのクラスメイトにしては、やけに仲睦まじい雰囲気を感じるのですが?」
遥は「むむむっ」と綾香に詰め寄る。
「もしかしてハルにぃの彼女ですか? もしそうなら、妹として綾香さんがハルにぃにふさわしいかどうか判断を…」
「馬鹿な事言ってねぇで、さっさと買い物に行くぞ」
話の途中で友哉が割り込み、妹の首根っこを摑まえる。
「ちょ! おにぃ! 邪魔しないで!」
「邪魔なのはお前だよ。じゃあ、俺らはもう行くわ。またなハル、それと東條さんも」
友哉は遥を捕まえたまま、彼女を引きずる様に連行していく。彼は去り際に晴翔の肩をポンと叩き「後で詳しく聞かせろよ?」と言い残して去っていく。
嵐の様に過ぎ去っていった赤城兄妹に、綾香は呆然とした様子で立ち尽くす。
友哉に引っ張られている間、遥は「妹としての責務が!」などと騒ぎ、それに実の兄である友哉が「お前の兄は俺だ!」と突っ込んでいた。
「えと……赤城君の妹さん、面白い子だね?」
「うん……ちょっと個性的ではあるのかな?」
少し言葉を選ぶ様に言う綾香に、晴翔は苦笑で返す。
「でも、遥ちゃんだっけ? なんか晴翔君の本当の妹さんみたいだったね。私、晴翔君が一人っ子だったって忘れちゃってたよ」
「それは、まぁ……赤ん坊の頃から知ってるから、実の妹みたいな存在なのは認めるよ」
幼馴染である赤城兄妹とは、本当の家族の様に接してきた。
だから、遥が晴翔にとって実の妹の様な存在になっているのは、彼自身も自覚している。
「そっか……遥ちゃん、凄く可愛かったね?」
「え? あぁ、赤城兄妹は顔が良いからね」
これを言うと、遥はともかく友哉は直ぐに調子に乗るため、本人達を前にして、晴翔はなるべく口にしない様にしている。しかし、友哉と遥が美男美女の兄妹であるのは事実である。
それを認めるような晴翔の発言に、綾香は「ふーん」と小さく漏らす。その表情はどことなく拗ねている様に見えなくもない。
「……晴翔君にとって遥ちゃんは、妹みたいな子?」
「そうだね」
「そっか……」
やたらと遥について言及してくる綾香に、晴翔は胸の奥がむず痒くなる。
晴翔に親しく接してくる遥に対して、彼女が嫉妬しているのなら、それは
彼が綾香に抱く感情と、彼女が晴翔に抱く感情が同じである可能性が高い。
そう思うと、晴翔の鼓動は勝手に速まり、顔が熱くなってくる。
晴翔は口元が緩くなってしまいそうになるのを必死に堪えて、さり気なく綾香の表情を窺う。
視線の先の彼女は、何やら真剣な顔付で考え込んでいた。
「……綾香?」
「あ、ごめんね晴翔君」
名前を呼ぶ晴翔の声に、綾香はニコっと笑みを浮かべる。
「じゃあ、私達も、デートの続きしよっか」
なんとも可愛らしく魅力的な笑顔を浮かべる彼女は、何故だか『デート』という単語を強調しながら言う。
そんな綾香から、晴翔は若干の圧を感じながら頷く。
「そ、そうだね。次の店に行こうか」
「うん!」
晴翔が返事をすると、綾香は笑みを浮かべて頷く。それと同時に抱き着く様な形で晴翔の腕を抱え込み、その手をギュッと握ってくる。
「綾香?」
「今は恋人の練習中だからね。ちゃんと彼女に見える様に振舞わないと」
密着度の高い綾香に、晴翔が動揺する。
そんな彼に、綾香は気合十分といった様子で、恋人の練習に対する高い意気込みを見せる。
十分すぎる程に彼女なんですけど……。
そんな内心の想いを秘めながら、晴翔は綾香を連れて歩き出した。
次の場所で、限定味のアイスが見つからない事を秘かに願いながら。
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