第百九十四話 より魅力的に
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昼休みも終わりに近づき、晴翔達は中庭から教室に戻る。
綾香と咲は自分達の席に向かい、他の女子生徒達と談笑を始める。それを遠目に見ながら、晴翔は自分の席に腰を下ろし、午後の授業の準備をする。
「いやぁ、それにしても同じ教室に嫁がいるってスゲェよな」
晴翔の机に腰掛けた友哉は、にこやかな笑顔で友人と話している綾香を眺めて言う。
「まだ正式なものじゃないけどな」
「お前ら二人に正式とか予定とかは、今更関係無いだろ? 同棲して、親公認で、両家の顔合わせも済んでるようなもんだろ?」
「…………確かに」
「だろ?」
認めざるを得ない親友の言葉に、晴翔は苦笑と共に頷く。
そこに、近くにいた男子生徒が話し掛けてきた。
「なぁなぁ、大槻。お前先週休んでたじゃん?」
「あぁ」
「東條さんも同じタイミングで休んでたけど、二人でなんかしてたんか?」
その質問がされた瞬間、晴翔の周りにいた男子達が一斉にピクッと反応を示した。
「え? 大槻もしかして東條さんと一緒に休んでたのか?」
「なになに? 二人でズル休みデートかよ」
「大槻お前ぇ……羨ましいぞっ! 詳細を報告しろ!」
複数の男子生徒達が、好奇心で瞳を爛々と輝かせて晴翔の席に迫ってきた。
なんとも暑苦しい圧力を感じつつ、晴翔は彼らの誤解を解こうと口を開く。
「違う違う。先週休んでたのは、俺のばあちゃんが倒れたからだよ」
「え? そうだったのか、変な勘違いして悪かった」
最初に質問を投げ掛けてきた男子が、少しバツの悪い顔で頭を下げる。
「いや、ばあちゃんも無事に回復したし、大丈夫だよ」
「そっか、それは良かった。じゃあ、東條さんが一緒に休んでたのは……」
「あぁ、それは前にも説明したけど、俺のばあちゃんは今、綾香の家で働いてて――」
以前、晴翔と綾香の恋人関係を学校でも公にしようとした時、綾香が大自爆を起こして彼と一緒に暮らしていることを暴露してしまった。
そのカミングアウトによって生じた騒動を落ち着かせるために、クラスメイト達には清子が東條家の家政婦として働いていることを説明していた。
晴翔の説明を聞いた男子生徒は「なるほどなぁ」と頷く。
「色々と大変だったんだな。てかさ、東條さんの家族もめっちゃ良い人達なんだな」
「そうだね。綾香の家族は本当に温かくて、最高の家庭だと思うよ」
クラスメイトに綾香の家族が褒められて嬉しくなる晴翔。
そこに、友哉がニヤッと笑みを浮かべて囁いた。
「お前もその家族の一員になったんだけどな」
「…………」
親友の揶揄いを取り敢えず晴翔はスルーしておく。
「てかさ、東條さんの家族についてなんだけど……」
また別の男子が晴翔を見て質問を投げかけてくる。
「東條さんの母ちゃんってさ、やっぱり美人なのか?」
その言葉によって、晴翔には男子生徒達の『興味津々です!』といった視線がまた押し寄せる。
「綾香のお母さんは、めちゃくちゃ美人だな」
「おぉ! やっぱりそうなのか!」
晴翔の返答にざわめく男子達。
「写真! 写真は無いのか大槻!」
「それは無い」
「なんで無いんだよ!」
興奮から一転して絶望の声を上げる男子。
「普通、彼女の母親の写真は撮らないだろ?」
「撮れよ! 美人なら撮れよ! 将来お義母様になるかもしれない御方だぞ!」
「もうなってるけどな」
「ん? 赤城なんか言ったか?」
「いやなんにも?」
ボソッと小さく呟いた友哉に反応を示した男子生徒は、質問の矛先を晴翔から変更する。
「そういや、赤城も前に東條さんの家に行ってたよな? 勉強会とかなんとかで」
「おう、行って来たぜ」
「その時に東條さんのお母様は見てないのか?」
「バッチリ見たぜ」
「じゃあ写――」
「写真は無い」
男子の言葉を途中で遮る友哉。
周りからは「お前もかぁー!」っと再び絶望の声が上がる。
「ここに東條さんのお母様の御写真が無いことは、お前たちにとって幸運なことである」
「は? なんだそれ? どういうことだよ赤城!」
真面目な表情と厳かな声音で話す友哉に、男子の一人が噛み付く。
その男子に、友哉は諭すように言う。
「東條さんのお母様、もとい郁恵さんは超ド級の美人だ」
「は? なんだよ自慢かよ!」
「違う。俺はお前たちの未来の心配をしているのだ」
友哉はまるで教祖にでもなったかのように、周りに集まっている男子達に切々と説く。
「郁恵さんの魅力は、お前達には強すぎる。想像してみろ。あの学園のアイドル東條さんをこの現世にお産みになった御方だぞ? なのに、その美貌は東條さんの姉と見違ってしまう程の若々しさだ」
「東條さんのお母様はそんなにも若々しいのか!?」
「あぁ。それだけじゃないぞ? 郁恵さんの大人の女性としての余裕ある落ち着いた魅力。二児の母である深い母性。まるで不老であるかのような少女の輝き。その全てを兼ね備えておられる」
「そ、それほどまでに……」
友哉が言葉にする郁恵の魅力に、男子達はゴクリと唾を飲み込む。
「だが悲しいかな。郁恵さんは人妻だ。どんなにお前達が魅了されようとも、決して手が届かないまさしく高嶺の花」
同情するかのように悲しい声で言う友哉に、男子達も肩を落とす。
「それは夏夜に燃える美しい炎だ。そして、その炎に魅了されて近づいたが最期、お前達はたちまち羽虫の如く焼き尽くされて地に落ちるであろう」
友哉は近くにいた男子の肩をポンと叩く。
「郁恵さんの御写真を見て、この先の人生を棒に振りたくないだろ? 俺達はまだ若いんだ」
「赤城……」
「周りをみろ。このクラスには魅力的な女子がたくさんいるじゃないか」
友哉は手を大きく広げて教室を見渡す。
「彼女たちは、共に歩む可能性を秘めた女性たちだ。俺達若輩者に、人妻の魅力は危険すぎるぜ」
友哉の演説が終わると、周りの男子達は受け入れるしかない現実に項垂れる。
「人妻……なんて魅力的な響きなんだ……くそッ! でもそこに飛び込む勇気が出ない!」
「夏夜の炎に焦がされてみたい……だけど、怖い……」
「東條さんを超える程の魅力を兼ね備えた人妻……うおぉぉ! 俺にもっと根性と度胸があれば!」
「いや、どんなに根性と度胸があってもダメだろ」
晴翔が苦悶の表情を浮かべている男子達に冷静にツッコミを入れる。
このクラスの男子達は皆、頭のネジが2,3本吹き飛んでるのかも知れない。
そんなことを考えていると、別の男子から話を振られた。
「人妻といえば東條さんってさ、大槻と付き合ってからさらに可愛くなったよな?」
「あ! それ俺も思った! なんつーか雰囲気が柔らかくなったというか、壁を感じなくなったというか」
「あぁ、それわかるわ。今までは男子は絶対拒否! って感じがしてたけど、今はなんか親しみが持てるというか、距離を前ほど感じなくなったよな」
「これって、人妻ってわけじゃないが、大槻の彼女になったからこその魅力ってことなのか?」
「いや、それを俺に聞かれても困るんだが……」
晴翔は困った顔で首を傾げる。
「そんなに綾香の可愛さって付き合う前と後で違うのか?」
晴翔にとって、彼女の可愛さは随分と昔に上限を振り切ってしまっているため、男子達が言うような変化をいまいち感じ取ることができない。
そこに、また別の男子が会話の輪に加わってきた。
「東條さんの可愛さが最近増したのは確かだと思うよ」
そう言ってきたのは、かつて晴翔を貶し綾香の地雷を踏み抜いた佐藤であった。
「今朝、廊下で別のクラスの男子どもが話しているのを聞いたんだ。大槻が彼氏になれるんなら、俺でもイケんじゃね? って話しているのを」
佐藤のその言葉に友哉がピクッと眉を揺らす。
「それマジか?」
「あぁ、だから俺がそいつらに教えてやったよ。大槻がどれだけすごい奴なのかをな! 東條さんに相応しい男は、この世に大槻しかいないんだよ!」
そう言うと、佐藤は爛々と輝く瞳を晴翔に向ける。
綾香の地雷を踏み抜いた彼は、その後散々晴翔の凄さを彼女に吹き込まれ、今ではすっかり敬虔な晴翔信者となってしまっている。
晴翔は自身に向けられる眩しい光を避けながら「ありがとう佐藤」と小さくお礼を返す。
佐藤は、まるでヒーローと握手を交わした少年のように表情を輝かせる。
「東條さんを大槻から奪おうなんて奴は頭が沸騰してると俺は思う。けど、そんな沸騰野郎が結構多いかもしれないから、気を付けた方がいいよ」
佐藤がそう告げたところで、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴る。
晴翔の周りに集まっていた男子生徒達は解散して自分の席に戻っていく。
周りに人がいなくなって開けた視界で、彼は綾香の方に視線を向けた。すると、友達との談笑を切り上げた綾香と目が合う。
彼女は小さく微笑むと、軽く手を振ってきた。晴翔もそれに片手を上げて応えつつ思う。
綾香の魅力は、今も昔もずっと最高だと思うんだが、と。




