第百四十四話 土曜日の予定
更新が遅くなってしまい申し訳ございません。
教室内に浮かれた雰囲気が充満する金曜日の放課後。
天気予報によると、土日は天気が優れないとなっているが、それでも多くの生徒達は、休日を目の前にして友人達と楽しく雑談している。
そんなワイワイと賑わうなか、咲が綾香の席にやって来る。
「綾香~、ほいこれ前に貸すって言ってたドラマ」
「ありがとう咲」
咲が差し出す手提げ袋を受け取りながら綾香がニッコリとお礼を言う。
「これめっちゃ面白くて、観始めたらマジで止まらないから」
「ふふ、観るの楽しみ」
「でもこれホラー要素も結構あるけど、大丈夫?」
「え⁉ そうだったの?」
「だってこれゾンビものだし」
ホラーだと聞いて驚く綾香に、咲が「タイトルにデッドってついてんじゃん」と少し呆れた顔で言う。
「ゾンビが出てくるのは知ってたけど……でも、人間ドラマが面白いって……」
「それは、パンデミックで崩壊した世界で、生き残りをかけて戦う生存者達の争いがメインのドラマだからね。普通にゾンビに襲われるシーンはメチャ怖いよ?」
咲の説明に綾香は少しだけビビった様子を見せる。
そこに晴翔が鞄を肩にかけてやってきた。そして、綾香が持っている手提げ袋に入った海外ドラマを見て「あっ」と嬉しそうに軽く目を見開く。
「綾香が藍沢さんから借りる海外ドラマってこれのことだったんだ。このドラマ、まえから気になってたんだよね」
「そうだったの? でもこれホラーで怖いらしいよ? 晴翔はそういうの平気?」
「まぁ、所詮ドラマや映画はフィクションだしね。特に怖くはないかな」
怯える綾香に晴翔は平然とした様子で答える。
そんな二人を見た咲がニヤッと笑みを浮かべた。
「綾香、怖かったら大槻君に抱き着いて観ればいいじゃん。どうせ二人で一緒に見るんでしょ?」
「あ、や、それは……」
綾香は顔を赤くしながら、チラチラと晴翔の方を見る。
「晴翔が見づらくなっちゃうし……」
上目遣いでそんなことを言う彼女に、晴翔もなんだか照れ臭くなってしまって、首の後ろを片手で掻きながら小さな言葉で返す。
「別に俺は、その……大丈夫だよ……」
「そ、そっか……じゃあ、怖いシーンになったら……かな?」
「うん……」
お互いに頬を染めて照れ合う晴翔と綾香に、咲がやれやれと肩をすくめる。
「まったく、急にイチャ付きだすんだから……」
「べ、別に今のはイチャついてないじゃん」
「はいはい、そうね」
呆れ顔の咲に綾香が言い訳っぽく反論するが、それは軽く受け流されてしまう。
そんなやり取りをしていると、帰り支度をした友哉がやって来て、綾香の持っている手提げ袋に視線を向ける。
「おっ! 『ハイキングデッド』じゃん! 東條さんの?それ」
「ううん、これは咲から借りたの」
綾香の言葉に、友哉は咲を見る。
「藍沢さんはこれ全部見た?」
「もちろん」
「最終話の博士の台詞さ、あれ衝撃じゃなかった?」
「あぁ! あれね! いやぁ、まさかあの――」
「ちょちょちょっ! いま盛大なネタバレしようとしてない?」
綾香が慌てて咲の話を遮る。
「あ、ごめんごめん。でもこれ本当に面白いから」
「ちなみに俺は、シーズン1はほぼ徹夜で見た」
そう言って親指を立てる友哉に、晴翔が苦笑を浮かべた。
「さすがに徹夜は無理だな……次の日の予定もあるし」
土曜日は雫と石蔵を含めた6人で、東條家に集まりお菓子作りをする予定になっている。
そのため、あまり寝不足にならないように気を付けないといけない。
そう晴翔が思っていると、咲が神妙な顔付で頷く。
「確かに。大槻君には最高のブラウニーを作ってもらわないとね。寝惚けて砂糖と塩を間違われたら一大事だわ」
「さすがに、どんなに寝惚けてても砂糖と塩は間違わないよ」
「ほほう。さすが料理男子、自信満々ですな」
「料理してなくてもそこは間違えないでしょ。ね、綾香」
「へぁ!? あ、う、うん、そうだね……」
同意を求める晴翔に、綾香は視線を泳がせる。
怪しい反応を見せる彼女に、晴翔がジッと視線を向け続けると、ボソボソと小さな声で綾香が白状する。
「そ、その……昨日お弁当に入れた卵焼き……砂糖と塩を間違えちゃったんだよね……それを清子さんが味を修正してくれて……」
「あぁ……なるほど」
綾香は甘い卵焼きを作ろうとしていたらしいのだが、間違えてしょっぱい卵焼きにしてしまったらしい。そこを清子がカバーしたようだ。
晴翔は昨日の弁当の卵焼きの味を思い出す。
やたらと白米が進む味付けだったのは、そういう訳か。
そう一人で納得して頷く晴翔に、友哉が明日について訊いてくる。
「そういえば、明日は13時頃に東條さんの家に集合で良いんだよな?」
「あぁ、また皆で集合してから来る感じか?」
「かな? どうする藍沢さん? また駅前とかで集まってから行く?」
「う~ん。私はそれで構わないけど、赤城君と雫ちゃんは遠回りにならない?」
友哉の提案に、咲は顎に手を添えて少し気を遣うように言う。
「俺は全然遠回りにならないよ。雫ちゃんはどうだったかな?」
雫の家の場所をハッキリと把握していない友哉が、晴翔に目を向ける。
「あ~、雫とカズ先輩は駅経由で綾香の家に向かうと遠回りになるかな?」
友哉の質問に、晴翔は少し視線を上に向け、脳内に地図を広げながら答える。
「そっか、じゃあどうする? 和明先輩は東條さんの家の位置を知らないから、一人では無理だし」
腕を組みながらそういう友哉。
ちょうどその時、タイミングよく雫が晴翔達の教室にやって来た。
「雫ちゃん登場です。週末は定時ダッシュですよ? さっさと帰りましょう先輩方」
無表情のまま、晴翔達に帰宅を促す雫に、晴翔が問いかける。
「雫、明日13時に綾香の家に集合だけど、どうする?」
「む? どうするとは? アヤ先輩の襲撃方法の相談ですか? じゃあ、咲先輩がアヤ先輩を後ろから羽交い絞めにして、私が脇をくすぐり倒してやります」
「おっけ」
「やめて!? 咲も『おっけ』じゃないから!!」
雫は、まるで手術を開始する外科医のように両手を胸の前に上げて「ゴッドハンド雫です」と怪し気に呟く。咲も悪ノリして片手でOKサインを作る。
それに対して、綾香がギョッとした表情で即行で抗議した。
女子達のやり取りに、友哉は笑いながら話を軌道修正する。
「あははは、雫ちゃん違う違う。どうやって東條さんの家に集合するかって話だよ。前みたいに駅前に集まるかどうかってこと」
友哉は、石蔵は東條家の場所を知らないので、だれかと一緒じゃないといけないことや、皆で駅前集合にすると雫と石蔵が遠回りになってしまうことを説明する。
「なるほど、そういう事ですか」
友哉の説明に、雫はフムフムと頷く。
「ならこうしましょう。私がカズ先輩と一緒にアヤ先輩の家に向かうので、トモ先輩は咲先輩と一緒に駅で待ち合わせして来るといいです」
「まぁ、それが一番無難か。藍沢さんはそれでいい?」
「うん、いいよ~」
「じゃ、そんな感じで行くんで、土曜日はよろしく!」
そう言って友哉が片手を上げると、綾香も頷いて「待ってるね」と言葉を返す。
「では、話も一段落したところで、さっさと帰りましょう。週末の貴重な時間は一秒たりとも無駄には出来ませんよ」
雫に促されて、晴翔達は教室を後にした。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
友哉達と別れた晴翔と綾香は、二人で家の近くのスーパーに寄る。
「ねぇ晴翔。やっぱりドラマ鑑賞のお供はポップコーンかな?」
「定番だよね。なんの味にする?」
お菓子コーナーの棚の前で、ドラマを観ながらつまめるお菓子を吟味する晴翔。
彼は塩味のものを手に取って綾香に見せる。
「やっぱりシンプル?」
「う~ん、でもこっちも気になる」
そう言って綾香はキャラメル味のポップコーンをジッと見詰める。
「でも、飽きが来ないのは晴翔のやつだよね……あ、待って、醤油バターとハニーバターもあるよ?」
バリエーション豊かなポップコーンたちに、綾香は次々と目移りしている。
そんな彼女に、晴翔は笑いながら提案をする。
「じゃあ、三つ買っちゃう?」
「え? そんな贅沢許されるのかな?」
甘美な誘惑に尻込みした様子を見せる綾香に、晴翔は思わず「ふふ」と笑い声を漏らしてしまった。
綾香は、両親が共に会社経営者というだけあって、かなり裕福な家庭で育っている。にもかかわらず、彼女の価値観はいたって普通である。
「許されるんじゃない? テストを頑張ったんだし、なんたって今日は華金だし」
「そ、そっか……でも待って、醤油バターとハニーバターはバターが被ってるから、どっちかにする!」
「ん、じゃあどっちにする?」
晴翔は二つの味の袋を手に持って、綾香の前に持ってくる。
それを彼女は真剣な眼差しで見比べると、おもむろにハニーバターの方を指差した。
「……こっちにします」
「後悔はない?」
「うぅ……ない!」
色々な煩悩を断ち切るかのように大きく頷く綾香。
晴翔は彼女の表情を見て笑みを浮かべつつ、塩味とハニーバター味のポップコーンを手に持ってレジに向かった。
「楽しみだねドラマ鑑賞」
「だね」
にこやかな笑みを浮かべながら、晴翔と綾香は家路を急いだ。




