第百三十話 ただのジャージ姿だと? それは違うぞ!!
もう少しでコミカライズの連載が始まる……
∩(・ω・`∩)三(∩´・ω・)∩ソワソワ
週明けの月曜日。
休日が終わったという気怠さも少し抜け始める四時限目。
晴翔と友哉は、更衣室で並んで制服から体操着へと着替える。
「昼飯前の体育ってしんどいよな」
友哉がのんびりとズボンを履き替えながら言う。
「そっか?」
「だって腹減って実力発揮できないじゃん?」
「お前はほうれん草でパワーアップする水兵か」
晴翔の突っ込みに友哉は「わかってねぇなぁ」と首を振る。
「高パフォーマンスを発揮するのに、飯は重要なファクターだぜ?」
「昼飯に菓子パン食ってる奴が言うセリフかよ」
「しょうがねぇじゃん。持ってきてる弁当は朝に無くなっちまうんだからよ?」
「お前ほんと、よくそんなに食って太らないよな」
「意外とバンド活動ってカロリー消費すんだぜ?」
「ほーん」
適当にそんな会話をしながら、晴翔と友哉は着替えを済まして校庭のグランドに移動する。
グランドに集まっている生徒たちを眺めながら、友哉は少しテンション低めに口を開く。
「この時期の体育って、ちょっとダルいよな」
「まぁ、体育祭の練習ばっかりだからな」
晴翔達が通っている高校では、夏休み明けの学力考査が終わると体育祭が開催される。
そのため、この時期の体育の授業はすべて体育祭の練習に切り替わる。
ちなみに、体育祭の種目は、主に陸上競技で構成されている。
短距離走や中距離走、リレーなどのトラック競技と、走り高跳びや砲丸投げなどのフィールド競技が行われる。
それらの競技をクラス対抗という形で競い合う。
体育祭自体は、毎年とても白熱して賑わいを見せているのだが、その練習となると、陸上競技ばかりとなってしまう。その事が友哉には不満らしい。
「うちの体育祭もさ、サッカーとかテニスとか、バスケとかの球技を取り入れてもいいと思うんだよな」
「俺は陸上競技の練習、嫌いじゃないけどな。やっぱチーム戦ともなると運営管理が大変なんじゃないのか? どうしてもやりたいなら生徒会に要望出したらどうだ?」
「う~ん。それはそれでメンドイ」
「なんだよそれ」
苦笑を浮かべる晴翔。
と、そこに二人の話を聞いていた男子生徒が会話に参加してくる。
「おいおい赤城。お前わかってないな」
「ん? なにがだ?」
首を傾げる友哉に、男子生徒がニヤッと笑みを浮かべる。
「いつもの体育だと、男子女子が分かれて授業が行われる。しかし! 体育祭の練習は男女ともに校庭のグランドで行われる。つまり……」
男子生徒は勿体ぶるように間を作る。
ちょうどその時、着替えが終わった女子生徒の集団が校舎から校庭へと出てきた。
その集団をズビシッ! と指さして男子生徒が熱く語る。
「女子達の体操着姿をじっくりと眺める事が出来るんだぞっ!!」
「なっ!?」
男子生徒の言葉に、友哉は雷に打たれたような衝撃を受ける。
「お、お前……天才かッ!!」
「いや、アホだろ」
感動して男子生徒に共感を示す友哉。
そんな親友に、晴翔はあきれた表情と共にツッコミを入れる。
しかし、そんなツッコミは男子生徒の耳に届くはずもなく、彼は慌てたように立ち去っていく。
「時は一刻を争う! 女子を眺めるベストポジを確保しておかねば!」
「健闘を祈る!」
小さくなっていく男子生徒の背中に敬礼を送る友哉に、晴翔は「お前なぁ……」と冷めた視線を送る。
「ただのジャージ姿だろ? そこまで熱くなる事か?」
「ただのジャージ姿だとッ!? それは違うぞハル!」
大して興味を示さない晴翔に、友哉はグワッと詰め寄る。
「よく見てみるんだ! この暑い中、女子達は上着を脱いでTシャツ姿になってるだろうが! さらに! 多くの女子達はハーフパンツになっている! おみ足が見れるんだぞ!?」
「おみ足ってお前、変態か」
「男子高校生はみんな変態だ! 逆に変態じゃないやつこそ変態だ! つまりみんな例外なく変態だ!」
「お、おぉ……思春期男子の真理を突いたかのような、意味不明なアホ発言……」
友哉の力説に晴翔は謎の感心をする。
そこで友哉は、声を落として周りに聞こえないように注意しながら、晴翔を揶揄うように言う。
「そっか、ハルは東條さんと同棲してるから、Tシャツハーフパンツ姿なんかじゃもうなんとも思わないんだな」
「別に、そういうわけじゃねぇけど」
確かに、晴翔は他の男子達と比べると、一緒に暮らしているだけに、様々な綾香の姿を見ている。
夏休み明けから始まった東條家での生活だが、晴翔はいまだにお風呂上がりのしっとりとした彼女の姿にドキドキしていたりもする。
しかし、体育の授業中に、女子達の体操着姿を盗み見るのは失礼なのではないか。
そう晴翔が友哉に言うと、彼は「真面目か!」とツッコミで返してくる。
「お前は何しに高校に来てるんだよ。女子を見る為だろ? 違うか?」
「違うわ! 逆にお前は何しに学校に来てんだよ! まったく……」
体育の授業が始まる前に何回呆れるんだと、晴翔が疲れたよう溜息を吐く。
そこに友哉が「お!」と声を上げた。
「東條さんのお出ましだぜハル」
その言葉に晴翔が視線を女子生徒の集団に向けると、そこにはハーフパンツとTシャツに身を包んだ綾香が、グランドに向かって咲と並んで歩いていた。
その姿を視界にとらえた瞬間。晴翔の鼓動が少し高鳴る。
視線を逸らそうにも、まるで強力磁石のように瞳は彼女に吸い寄せられてしまう。さらに、友哉の言う『おみ足』もジッと凝視してしまう。
「友哉すまん。俺が間違っていた」
「だろ?」
素直に自分の過ちを認める晴翔は、小さく呟く。
「体育祭の練習、最高かもしれない」
「しれないじゃねぇよ。最高だろ」
男子らしいアホな会話を交わしながら、晴翔と友哉はグランドへと向かう。
その後始まった体育の授業。
今日は、男子がフィールド競技の練習で、女子がトラック競技の練習を行うようだ。
走り高跳びの順番待ちをしている晴翔に、隣に立つ友哉がトラックを走っている女子達を眺めながら話しかけてくる。
「なぁハルさんや」
「なんでしょう友哉君」
「いま東條さん、トラック走ってるじゃん?」
「走っていますね」
「ヤバくね?」
「ヤバいので、見ないで下さい」
「いや無理だろそれは」
「では、目潰しの刑に処します」
晴翔はそう言うと、人差し指と中指を友哉の眼球目掛け突き出す。
「あぶなッ! 本気か!」
「本気だ」
「やめろっ!!」
抗議の声を上げる友哉と、それを無視して襲い掛かる晴翔。
現在女子生徒たちは中距離の練習中らしく、トラックを周回している。
その姿をフィールド競技の練習をしている男子たちが眺めているわけだが、その中でも特に熱烈な視線を集めているのが、学園一の美少女と名高い『学園のアイドル』こと東條綾香であった。
彼女はスタイルが良い。
そのため、走るとどうしても目立ってしまう。あからさまな訳では無いのだが、それでも思春期男子どもの視線を集めるには、十分な揺れであった。
上に着ているのがTシャツだけというのも、男子の視線を奪う一因であろう。
「あれに視線が行くのは、もはや不可抗力だろ!」
「うっせ! 見るな!」
「無理だ!!」
晴翔は友哉の顎を掴むと、無理やり顔の向きを明後日の方向に向ける。
友哉は「ぐへぇ、首がぁ!」と悲痛な声を上げた。
晴翔はしょうがなく友哉を解放すると「はぁ」と溜息を吐く。
彼氏としては、綾香に上のジャージも着るようにお願いしたいところである。しかし、この暑さでそんな恰好をして走ったら、最悪熱中症になりかねない。
だが、たとえ暑さが問題ないとしても、綾香との恋人関係を秘密にしている晴翔にとって、声をかけることは叶わない事である。
男子たちの注目を集めている事に気付いているのか、気づいていないのか。
晴翔の最愛の恋人は、友人と並走し何やら話しながら走っている。
その表情は、疲れからなのか少し苦しそうに見えた。
晴翔は再度「はぁ」と溜息を吐く。すると、友哉が勘違いをして「わかったよ」と渋々頷く。
「もう東條さんを見るのは止めるよ」
そう言うと、友哉は煩悩を打ち消すためなのか、雑草を引っこ抜いてそれをブチブチと細かく千切り始める。
そんな親友の様子に晴翔が苦笑を浮かべていると、不意に友哉が話しかけてくる。
「なぁハル」
「ん?」
「……藍沢さんの走る姿、綺麗だな」
周りに聞こえないようになのか、少し声を落として話す友哉。
晴翔はそんな親友の姿を横目に見る。
「確かにな。陸上経験者なのかも」
現在の咲は、電車通学をしている。
その通学時間が長いことから、部活動には参加していない。というような事を綾香から聞いた事がある。
そのことを友哉に伝えると、彼は「そうなのか……」と呟く。
咲は綾香から半周ほど進んだところを走っている。
走るフォームは無駄がなく、軽快なリズムで足が回転している。そのスピードは、他の女子生徒達よりも幾分か早いように感じられる。
彼女の走る姿をぼーっと眺める友哉。
晴翔は友哉の様子に「ふ~ん」と意味深な頷きをする。
それに気が付いた友哉が、眉を顰める。
「なんだよ?」
「別に」
晴翔はニヤけてしまいそうになる頬を引き締めて、友哉から顔を逸らす。
その時、晴翔の耳に小さく「きゃっ」という悲鳴が聞こえてきた。
その後すぐに、周りがざわつき出す。
晴翔が悲鳴のした方に目を向けると、そこには倒れ込んでいる綾香の姿があった。
「綾香!?」
晴翔は彼女の名前を呼ぶと、考えるよりも先に、体が動き出していた。
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