第百二十九話 両親の愛情
話が結構長くなってしまいました……
申し訳ありません。
修一は酔いが回ってほんのりと顔を赤くしながら、晴翔の作ったつまみに舌鼓を打つ。
そのことを嬉しく思いながら、晴翔は玉ねぎをスライスして、水を張ったボウルに浸けておく。
「そういえば晴翔君。今日のデートは楽しかったかい?」
「はい。水族館は久しぶりだったのですが、想像していた以上に楽しかったです」
「そうかそうか。綾香も楽しんでいただろう? あの子は昔から水族館が好きでね」
修一はゆっくりとグラスを傾けてビールを一口飲むと、昔を思い出すかのように、少し遠い目をする。
「小さい頃はよく連れて行ってあげたものだよ。とくに綾香はイルカが好きだったかな。水槽の中で泳ぐイルカを指差して『イルカさんと泳ぎたい!』ってはしゃいでいたのを今でもハッキリと覚えているよ」
「とても可愛らしいですね」
晴翔は冷蔵庫から卵を取り出しながら、修一の話に耳を傾ける。
「いや本当に、綾香も涼太も私にとっては天使であり、宝物だよ」
砂肝をゆっくりと口に運びながら、しみじみと修一は呟く。
「ただ最近は仕事が忙しくてね。綾香はもう大きくなったから、多少の我慢をお願いしてしまうことも多いが、涼太はまだ幼いからね。できるだけ、寂しい思いはさせたくない」
修一も郁恵も会社経営者である。
その立場上、勤務形態の自由度は普通の会社員よりも高い。しかしその反面、大きな責任も同時に背負っており、時として長期間家を空けたり、今日のように帰りが遅くなったりする。
修一はグイッとビールを煽ったあと、視線を晴翔に向ける。
「君には感謝しているよ。いつも涼太の遊び相手をしてくれて、本当にありがとう」
「いえいえ。涼太君はとても良い子で可愛いので、自分も癒されたり元気をもらっています」
晴翔は卵を割ってボウルに入れながら、修一に言葉を返す。
それを聞いて、修一はパッと表情を輝かせた。
「いやそうなんだよ! 涼太に『お父さんお仕事がんばってね』と見送られると、それだけで1日の活力が漲ってしまうんだ」
彼はもう一口ビールをグイッと飲むと、溶けたような笑みを浮かべる。
「それにね。仕事を終えて家に帰った時に、綾香に『お仕事お疲れ様、パパ』って言われたら、疲れが一瞬で吹き飛んでしまうんだ」
修一は、チーズを被ったナスを食べながら「本当に家族というものは偉大だよ」と呟く。
そんな家族思いの修一の姿に、晴翔は微笑ましげに「そうですね」と相槌を打ちつつ、出汁巻き玉子を焼いていく。
「ところで晴翔君。一つ聞いてもいいかな?」
「はい、なんでしょう?」
不意に質問してくる修一に、晴翔は焼いている卵焼きから視線を上げ彼の方を向く。
「こういう事を聞くのは野暮、かもしれないが……」
一旦前置きを呟いた後、修一は酔いの回った赤い顔で尋ねてくる。
「君は綾香のどこに惚れたのかな?」
修一の質問に、晴翔は一瞬動きを止める。
「……そうですね」
付き合っている彼女の父親に、娘の好きなところを聞かれるという状況に、晴翔は若干の緊張を感じつつ答える。
「俺にとって綾香さんは、本当に全てが魅力的で、どこに惚れたかと言われると、全部に惚れているという答えになってしまうのですが……」
晴翔はふんわりと焼けた出汁巻き玉子を器に移してから、修一の方を真っ直ぐに見て言葉を続ける。
「全てが好きですが、特に魅力を感じるのは、綾香さんの笑顔ですね」
幸せそうに、まるで太陽のように笑う綾香の笑顔。
その笑顔は、晴翔の心を温かく満たし、幸福な気持ちにしてくれる。そんな魔法のような笑顔である。
「綾香さんの笑顔は、俺にとってとても大切で、ずっと見ていたいって、そう思わせてくれるんです」
綾香はとても顔が整っている。学園一の美少女と言われる程に。
しかし、彼女の笑顔の魅力は、そんな優れた外見から生み出されるものではないと晴翔は感じていた。
綾香自身が持っている人間性。
優しく綺麗で思いやりがある心。純粋で無垢な、それでいて少し天然なところ。
そんな内面的な魅力が、彼女の笑顔をより一層輝かせている。
そんな感じの事を晴翔が説明すると、修一が大きく頷く。
「いやぁ! 娘の彼氏が君で本当に良かったよ!」
そう言いながら、修一はグラスに残っていたビールを一気に飲み干す。
「もう一杯、飲まれますか?」
「いただこうかな」
赤くなった顔で、上機嫌にグラスを差し出してくる修一。
晴翔は『明日の為にシジミの味噌汁も作っておこうかな?』と考えながら、彼のグラスにビールを注ぐ。
その時、リビングの扉が開き、寝巻き姿の郁恵が姿を現した。
「あら? お帰りなさいあなた。ごめんなさいね、帰ってきたのに気が付かなくて」
そう言いながら、郁恵は晴翔達の方に近付き小さく首を傾げる。
そんな彼女に、修一は手に持っているグラスを軽く掲げて「ただいま」と返事をしてから、今の状況を説明する。
「全然気にしなくて大丈夫だよ。今ね、晴翔君が私の為に料理を振舞ってくれているんだよ」
修一はそう言うと、手に持っているグラスを郁恵の方に掲げ、満面の笑みを浮かべる。
「どうだい? 母さんも一緒に居酒屋ハルトを楽しむかい?」
「あらあら。あなたったら、物凄くご機嫌ね。もしかして今日のお仕事、上手くいったのかしら?」
「そうなんだよ。無事にあの案件は取れそうだよ」
「まぁ! それはお祝いしなきゃいけないわね」
郁恵はにっこりと手を合わせると、晴翔の方に目を向ける。
「晴翔君。こんな夜遅くに申し訳ないのだけど、私もお邪魔していいかしら?」
「もちろんです。郁恵さんも飲まれますか?」
晴翔が尋ねると、修一の隣のカウンター席に腰を下ろした郁恵が頷く。
「頂いちゃおうかしら? あなた、いい?」
「もちろんだとも! 一緒に祝杯を上げようじゃないか!」
修一は完全に出来上がった様子で、グラスを高々と掲げる。
「ふふっ、じゃあ私も飲んじゃお」
ほんのりと弾むような声音で言う郁恵。
「郁恵さんもビールですか?」
「えぇ、お願いしてもいいの?」
「はい。郁恵さんは座ったままでいてください」
晴翔は自分でビールを取りに行こうとした郁恵を制止する。そして、グラスを彼女に手渡すと晴翔が冷蔵庫から缶ビールを取り出して、郁恵のグラスに注ぐ。
「ありがとう晴翔君。それじゃあ、あなた。乾杯」
「乾杯!」
郁恵は両手でグラスを包み込むように持ち、小さく掲げて修一と乾杯を交わし、コクコクとビールを飲む。
「うふふ。晴翔君の注いでくれたビール、とってもおいしいわ」
郁恵が幸せそうに微笑む。
晴翔は小さく会釈で返すと、冷蔵庫にストックしてある出し汁を鍋に移し、温めながら醤油とみりんを加える。
「母さん。晴翔君が作ってくれたつまみが絶品だから、ぜひ食べてみてくれ。ビールに合いすぎて大変なんだよ」
修一はそう言って、自分の前に置いてあった料理を郁恵の前に差し出す。
「あら、どれも美味しそうね」
郁恵は手に持っているグラスを一旦カウンターに置くと、箸に持ち替えて砂肝のネギ塩レモンを一口頬張る。
「んん~、さすが晴翔君ね」
「ありがとうございます」
郁恵の称賛に、晴翔は嬉しそうにしながら、味付けした出汁を先に焼いていた卵焼きにかける。最後にその上からねぎを散らしてから、修一と郁恵の前に出す。
「出汁巻き玉子の出汁漬けです」
「お? 今度は優しい系を出してきたね」
ほくほく顔で玉子焼きに手を伸ばす修一は、一口食べると「ほほぉ」と相好を崩す。
「コッテリと攻めてきた後にこの優しさ、やるじゃあないか晴翔君!」
完全に酔っ払い口調になっている修一に、郁恵が「あなたったら」と笑みを浮かべつつ、彼女も玉子焼きを口に運ぶ。
「お出汁の味が良い感じねぇ」
晴翔の料理に満足しながら、東條夫妻はビールを飲む。
二人の楽しげな様子を感じながら、晴翔は水にさらしていた玉ねぎを取り出し、油を切ってほぐした缶詰のツナと混ぜ合わせる。そこにマヨネーズとニンニク、塩コショウで味付けをして、器に盛りつけると、出汁漬け卵焼きの隣に置く。
修一は早速オニオンサラダに箸を伸ばす。
「こういうシンプルなのもありがたいね」
そう言って頷く修一は、グラスに残っていたビールを一気に飲み干す。
「そういえば、あなた。今回の綾香のテストの話は聞いたかしら?」
郁恵が韓国のりのキャベツ和えをつまみながら修一に言うと、晴翔に新しくビールを注いでもらっていた彼は、首を傾げる。
「いや、聞いていないと思う。何かあったのかい?」
「綾香ね、今回のテストの結果が今までのテストの中で一番良かったのよ。あの子ったら、よっぽど嬉しかったのか、答案用紙を私に見せて自慢してきたわ」
その時の綾香の様子を思い出したのか、郁恵は「ふふ」と小さく笑いを溢す。
「それは凄いじゃないか! 勉強を頑張るのは良い事だよ!」
修一はビールを注いでくれた晴翔に「ありがとう」と礼を言うと、娘の頑張りを知って嬉しそうにビールを仰ぐ。
それに合わせて郁恵もビールを一口飲んだ後に、視線を晴翔の方に向けた。
「あの子があんなにいい結果をテストで出せたのは、晴翔君のお陰ね」
「いいえ、あれは綾香さんが自分自身で頑張った結果ですよ。俺は少し勉強を教えただけです」
晴翔がそう言って謙遜すると、グラスをカウンターに置いた修一が真剣な眼差しで晴翔を見る。
「晴翔君。娘のためにありがとう」
深々と頭を下げる修一に、晴翔は少し慌てたように両手を振る。
「お、大袈裟ですよ修一さん! 頭を上げて下さい!」
「いやいや、大袈裟ではないよ」
修一は首を横に振ると、再び手にグラスを持ち、ビールを一口飲んでから語りだす。
「晴翔君。学校での勉強はね、社会に出たらほとんど意味がない。高校でのテストで百点を取ろうが赤点を取ろうが、そんな事は社会人になってしまえば、飲み会の時の話題程度にしかならないんだよ」
修一はさらにビールを一口飲んだ後に「だけどね」と続ける。
「テストで良い結果を出すという目標を立てて、その目標に向けて努力をする。そして、目標を見事達成してみせる。この過程、成功体験というのは、とても価値あるものなんだよ。社会人というのは、君達の想像以上に自由で、理不尽なんだ。人生の壁なんてそこら中に沢山ある」
グラスの中で弾ける泡を眺めながら、修一はしみじみと言う。
「そんな厳しい社会の中で、努力をして、それがちゃんと報われるという経験は確かな自信になる。それがとても大切な事なんだよ。うちの娘は晴翔君のおかげで、その貴重な経験をする事が出来た。本当にありがとう」
再度晴翔に向けて頭を下げる修一は、頭を上げた後にハッとした表情になる。
「こりゃいかん。つい説教じみたことを言ってしまったよ! すまないね晴翔君」
「いえいえ。とてもためになる話でした」
「こらこら、晴翔君。酔っぱらいを甘やかしたら調子に乗ってしまうよ?」
晴翔の言葉に、修一は上機嫌にビールを飲みほした。
そこに郁恵が首を傾げて晴翔に尋ねる。
「そういえば、晴翔君はテストの結果どうだったのかしら?」
「あ、えっと、今回のテストの結果も、学年一位でした」
少し照れて伝える晴翔。
彼のテストの成績に、郁恵はパチパチと小さく拍手を送る。
「凄いじゃない!」
「ありがとうございます」
晴翔は気恥ずかしさを隠すようにペコっと頭を下げる。
そこに修一が笑顔で言う。
「これはお祝いしないとだね! ビール……はまだ飲めないから」
修一は晴翔のお祝いについて、顎に手を添えて考え込む。
「あの、お気持ちだけで十分嬉しいですので、特にお祝いとかは申し訳ないです」
「あらあら。遠慮なんてしちゃダメよ晴翔君。学年一位はとっても凄い事なのよ? なんたって学年一位は学年で一人しかなれないのよ?」
「え? あ、まぁ……そう、ですね?」
至極当たり前の事を名言のように言い放つ郁恵に、晴翔は若干戸惑いを見せる。
まったくの同点ならばその限りではないが、基本的に学年一位は一人が当たり前である。
もしかして、郁恵さんも酔ってきてるのかな?
そんなことを考える晴翔に、郁恵が良い事を思い付いたようにパンッと手を合わせて、にっこりと微笑む。
「晴翔君、ちょっとこっちに来てもらってもいいかしら?」
「はい、わかりました」
郁恵はくいくいっと晴翔を手招きする。
呼ばれた晴翔は、僅かに首を傾げながらも、彼女に言う通りにキッチンを回ってカウンターの方へ向かう。
郁恵はニコニコとした表情のまま、近くに来た晴翔に言う。
「はい、じゃあここに立ってね」
「?」
郁恵はちょうど自分と修一の間に立つように、晴翔を誘導する。
「あの……いったい何を?」
そう尋ねようとした晴翔の頭を郁恵が優しく撫で始める。
「っ!? い、郁恵さん!?」
「よーしよし、晴翔君はよく頑張りました。えらいえらい」
郁恵はまるで我が子を褒めるかの如く、晴翔の頭を撫でながら彼のことを褒めちぎる。
そんな彼女の行動に、晴翔は顔を赤くする。
「あ、あの……もう俺も高校生なので、ちょっとこれは、子供っぽくて恥ずかしいのですが……」
さすがに郁恵の手を払いのける事ができない晴翔が、消え入るような声で言う。
しかし、郁恵はにっこりと彼の言葉を跳ね除ける。
「高校生もまだまだ十分子供よ? そして、子供の特権は親に甘える事なの」
郁恵はそう言うと、晴翔と目を合わせる。
「晴翔君は、すこし大人び過ぎてるわ。子供時代は短いんだから、その間に目一杯親に甘えないと」
「で、ですが……郁恵さんは……」
「あら晴翔君。今なんか寂しい事言おうとしていない?」
そういいながら、郁恵は有無を言わせないニッコリ顔で晴翔を見る。
彼女の圧に、晴翔は思わず視線を逸らす。そして、その逸らした視線の先に、空になった郁恵のグラスがあった。
東條家最強の存在である郁恵に、晴翔が圧されていると、何本目かのビールを飲み干した修一が、晴翔の肩をポンと叩く。
「晴翔君! 水臭い事を言わずに、これからは私の事をお義父さんと呼んでくれても良いんだよ?」
「あら。じゃあ私のこともお義母さんでお願いね」
「あ、あの……」
お酒の力で、普段よりパワーアップしている東條夫妻に、晴翔はタジタジとなる。
「晴翔君!」
「晴翔君?」
ぐいぐいと来る東條夫妻に、晴翔は完全に逃げ道を失い、小さな声でボソッと言う。
「義父さん……義母さん……」
晴翔のその言葉を聞いた瞬間、東條夫妻は盛大に彼の事を褒め始める。
「うむ晴翔君! テストよく頑張ったね! 私は鼻が高いよ!」
「晴翔君凄いわね。それにこんなに美味しいご飯も作ってくれて。本当にありがとうね」
修一と郁恵の賞賛に、晴翔は今までに感じた事が無いほどに、体が熱くなってしまう。
修一は、晴翔と出会ってから一番の笑顔で告げる。
「よーっし! 今日はとことん飲もう!」
「そうだあなた。確かとってもいいワインがあったはずよ?」
「おぉ! じゃあそれいこうか!」
盛り上がる東條夫妻に、晴翔は顔を赤くしたまま、キッチンへと一旦避難した。
「えと、ワインに合う料理、作りますね」
「ありがとう晴翔君!」
「ありがとうね晴翔君」
その後、居酒屋ハルトは日を跨いでも賑わい続けた。
ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー…ー
宴が終了し、晴翔が布団に入る頃には、あと数時間で夜が明ける時間になっていた。
さすがに強い眠気を感じ始めている晴翔。
彼は、その眠気さの中に、温かさを感じながらそっと瞼を閉じる。
「もし……もしも父さんと母さんが生きていたら、こんな風に褒められてたのかな……」
彼は幼少の頃に、交通事故で両親を亡くしている。
しかし、愛情を知らずに育ったわけではない。
亡くなった両親の代わりに育ててくれた祖父母は、しっかりと愛情を注いで育ててくれた。それは晴翔自身も、しっかりと感じ取っているし、深く感謝もしている。
だが、両親を亡くしたという心の穴が完全に埋まる事は無かった。
穴を覆い隠してくれるが、やはりその穴は空いたまま。
しかし、今日の東條夫妻と触れ合って、晴翔はその穴に温かいものが流れ込んでくるのを感じた。
両親を亡くしたという心の穴は開いたまま、その穴をそっと優しく埋めるように、愛情が詰まっていくような気がした。
「修一さんも、郁恵さんも、涼太君も、綾香も……みんな、温かいな……」
晴翔は、今までないほどに心の温もりを感じながら、眠りに落ちていった。
~おまけ~
いつもよりも大分遅い時間にベッドから這い出る修一と郁恵。
「ウゥ……」
「んん……」
二人は生ける屍のようにノロノロとリビングに向かう。
「あ、パパママおはよう。珍しいね二人して寝坊なんて」
キッチンで何やら作っていた綾香が二人に声をかける。
「あぁ、ちょっと昨日飲んでいてね。深酒をしてしまった……」
呻くように修一が答えると、綾香が少しむくれた表情をする。
「晴翔から聞いたよ。パパとママだけ晴翔の料理食べるとかズルい……」
綾香がそういうと、リビングで玩具を広げて遊んでいた涼太が、姉同様に抗議の声を上げる。
「お父さんお母さんズルいっ!! 僕もおにいちゃんのご飯食べたかったっ!!!!」
「ッ……ご、ごめんなさいね。また今度、晴翔君にお願いしましょうね」
涼太の大声が、二日酔いの頭に響くらしく、郁恵は側頭部を片手で抑えながら、プンスカモードの涼太をなだめる。
修一はダイニングテーブルに座りながら、キッチンに立つ綾香のほうを見る。
「晴翔君と清子さんは?」
「日曜日だから、もう帰ったよ?」
「そうか」
東條家の家政婦として働く清子は、日曜日は休みとなっており、晴翔と二人で大槻家で過ごす事になっている。
「ご飯は? 食べる?」
「いや……すまないが今は……」
「ママも?」
「えぇ、ちょっと……」
夫婦揃って苦笑を浮かべるのを見て、綾香は呆れた表情を浮かべる。
「もう、二人してどんだけ飲んだのよ」
そう言うと、彼女はダイニングテーブルに座る修一と郁恵の前にお椀を出す。
そのお椀の中を覗いて、修一が呟く。
「これは……」
「シジミの味噌汁だよ。晴翔が、二人が起きてきたらこれを出してあげてって」
「まぁ、晴翔君ったら本当に気遣い上手ね」
郁恵は感心したように言いながら、みそ汁を一口飲む。
「はぁ~美味し……」
二日酔いの気持ち悪さの間を縫うように染み込む優しい味に、郁恵は表情を綻ばせる。
そしてもう一口飲んだ後に、ジッと綾香のほうを見詰める。
「ん? なにママ?」
「綾香、晴翔君のこと、大切にするのよ?」
郁恵に便乗するように修一も大きく頷く。
「綾香、絶対だよ?」
「え? う、うん」
いつもより、親の圧力を強く感じる綾香であった。




